スンダー・ピチャイの仕事は、以前から決して楽ではなかった。47歳のピチャイはグーグルのみならず、親会社であるアルファベットの最高経営責任者(CEO)を兼任している。19年12月にラリー・ペイジがアルファベットのCEOを退任し、ピチャイが後任に選ばれたのだ。

「わたしたちは「ニューノーマル」に適応していく必要がある:スンダー・ピチャイが語るグーグルの現在とこれから(前編)」の写真・リンク付きの記事はこちら

それに彼は、新型コロナウイルスの危機が始まる前から、グーグルの反トラスト法(独占禁止法)違反や企業方針に対する従業員からの抗議といった難題にも取り組んできた。また、ネット検索と広告市場を支配する巨大企業に成長したいま、世界を変えていくイノヴェイションの推進者というグーグルの魅力は失われてしまったという声を耳にすることも多い。

それでもグーグルの舵取りは、危機のなかでもうまくいっているようである。ユーザーはこれまで以上にグーグルのサーヴィスを利用するようになっているし(「Google マップ」は別かもしれない)、感染者の接触履歴の追跡を可能にするシステムでは永遠のライヴァルであるアップルとの協力も実現させた。

ピチャイは新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を機に世界は大きく変化することを理解した上で、今後を見据えている。ただ、以前からの問題が消え去ったわけではない。インタヴューの際、彼は6月6日に開催されたYouTubeのイヴェント「Dear Class 2020」でのスピーチの草稿を書いていて、少しばかり思索的だった(ピチャイはオバマ前大統領夫妻、ビヨンセ、テイラー・スウィフトなどと並んでゲストに選ばれている)。

こうした状況で、ピチャイはカリフォルニア州の自宅から「Google Meet」を使ってインタヴューに応じてくれた。新型コロナウイルスへの対応(マーク・ザッカーバーグが言ったように従業員の半分は在宅勤務が可能だと思うか)、独占禁止法と多様性の問題、グーグルは「グーグルらしさ」を保てているかなど、話は多岐にわたっている。

彼はまた、インドの小さなアパートから市場価値1兆ドル(約108兆円)の企業を率いるようになるまでの旅路についても語った(なお、字数の都合などで全体にある程度の編集を加えている)。

グーグルは「いまこの瞬間」のために構築された

──グーグルは世界で起きていることを、いつもとてもよく把握しています。新型コロナウイルスがわたしたち全員に大きな変化をもたらすと、早い段階から予期していましたか?

香港や台湾、北京のオフィスで何が起きているかについて書かれたメールを興味深く読んでいました。ただ、2月初めの段階で、これが本当にあっという間に世界中に広まり、すべての人に影響を及ぼすと思っていたとは言えないでしょう。事態の推移を観察していて、本当に信じられない気持ちになりました。

──グーグルの対応はどうなると考えていましたか。

予想以上に大変なことになると気づいたとき、ふたつのことを考えました。まず、従業員の安全をどう確保していくか。このためには、世界全体でできる限り早く、分散型の在宅勤務モデルを採用するする必要がありました。

次に、グーグルとアルファベットは、ある意味ではいまこの瞬間のために構築された企業なのだということです。わたしたちは人々が必要とする情報や助けを提供するために存在しています。ですから、製品やサーヴィスを強化するだけでなく、コミュニティーやさまざまな組織を支援することが重要だと改めて認識しました。

──感染者の接触追跡システムではアップルと協力しています。これはどのようにして始まったのでしょう。

はじめはグーグルもアップルも独自に開発を進めていました。ただ、保健当局をサポートするためのこの技術を有効に機能させるには、どのような状況でも利用可能であることが必須条件であることは明白でした。このため両社のチームが自然と互いに連絡をとるようになり、その後のある時点でティム(・クック)と直に話をすることにしたのです。

──ティム・クックとはどのくらいの頻度で話をしますか?

定期的に会っていますよ。アップルとは多くの分野で提携しています。今回のケースでは、ばらばらに仕事をするより協力したほうがいいと感じたのです。

──グーグルとアップルは、いずれも“監視資本主義”と関連づけて語られることがあります。今回の接触追跡システムは個人情報の保護を非常に強く意識しているようですが、ユーザーの合意が必要なオプトイン形式にしたことで、有効性が損なわれるとの指摘もあります。

オプトインはとても重要な基本原則で、ユーザーに対して真の意味でのプライヴァシーを保証することが必要です。接触追跡システムについては、適切なバランスがとれたと考えています。個人情報の利用に合意するユーザーが1〜2割だったとしても、きちんと有意義な影響が現れるはずです。ただ、オプトインを選択する人が多ければ多いほどいいことは確かですね。

──このプロジェクトによって、モバイルOS市場を独占するグーグルとアップルの間にさらなる協力の道が開けるのでしょうか。それとも協業は今回限りになりますか?

社会的なサーヴィスで大企業がともに動くことは、世界にとってプラスになります。今後も機会を探っていくつもりですし、これについてはティムも同意見です。

集まるための物理的な空間は絶対に必要になる

──4月末の決算発表では、コロナ禍が終息しても世界がこれまでと同じように見えることはないだろうと話されていました。これについて、もう少し詳しく説明していただけますか?

パンデミックが長期にわたれば、影響もそれだけ長引きます。ウイルスによって変化を強いられたすべての分野で、それが今後もずっと続くことになるでしょう。例えば、スタンフォード大学の付属病院ではオンライン診療が急増しています。遠隔医療の割合はこれまではせいぜい2〜3パーセント程度だったかもしれませんが、これが70パーセントになれば元に戻ることはありません。

わたしたち人間にとって、体験の共有は必要不可欠です。また音楽のコンサートに行きたい、スタジアムで生のスポーツを観戦したいと、誰もがそう思っているでしょう。ただそれでも、ウイルスによって生じた変化は長期化すると思います。

──マーク・ザッカーバーグは、今後10年かけてフェイスブックの従業員の半分を完全に在宅勤務に移行させる意向を明らかにしました。グーグルも同様の方針でしょうか。

パンデミック以前の状態に戻ることはないでしょうから、「ニューノーマル」に適応していく必要はあります。ただ、どの程度の変化が必要なのか判断するには時期尚早です。初期の段階では対応策が一応は機能しましたが、それはチームメンバーがすでに知り合いで、これまで定期的にやりとりをしてきたという基盤があったからです。向こう3カ月から半年後、新しいことを始めるフェーズになったときにどうなるか興味深いと思います。

──カリフォルニア州マウンテンヴューに建設中の新たなキャンパスや、ニューヨークの新オフィスはどうなるのでしょう。計画の変更を検討していますか?

どのような方向に進もうと、人々が集まるための物理的な空間は絶対に必要になると考えています。今後も事業は拡大していく予定で、軌道修正するにしても既存のオフィスがじゃまになることはなく、間違いなく有効活用できるはずです。新しいオフィスについても完成を楽しみにしています。

変革や制約を強いられるのか

──広告事業では旅行業界などを中心に業績の悪化が見込まれます。人員削減やレイオフを検討しますか?

グーグルは世界経済と無縁ではありませんし、実際すでに影響が出ています。提携先や顧客が打撃を受ければ、それも跳ね返ってくるでしょう。ただ、わたしはこの困難を乗り越えられると確信しています。またビジネスチャンスも生まれていて、ユーザーの利用が拡大している製品やサーヴィスは、これをさらに伸ばす努力をしています。

人員の採用については調整していますが、完全に停止することはありません。ただ効率は度外視するというわけではなく、合理化や簡素化が可能で軌道修正すべき分野がないかは検討していくつもりです。

──反トラスト法違反について質問させてください。司法省や州当局がグーグルの提訴を計画しているとの報道があります。結果として、グーグルは変革や制約を強いられることになるのでしょうか。

グーグルがこうした問題に関して調査を受けることは初めてではありません。大企業に監視の目を向けることは、社会の正しい機能ですから。グーグルはさまざまなエコシステムの一部になっています。例えばデジタル広告のエコシステムでは、中心で消費者、広告主、広告媒体をサポートしています。

わたしは、この役割を建設的に果たしたいと思っています。訴訟になった場合、ユーザーと顧客にとって有益なサーヴィスを提供するという目的に沿って、どのようにビジネスに取り組んできたのか主張していく方針です。

──企業買収で制約を受けていると感じていますか。市場で独占的な地位にあることで、買収を計画しても当局からの承認が下りないのではないかと思うことはありますか。

わたしたちは10年近く同じやり方で事業を運営してきました。もちろん判断を誤った案件もありますが、グーグルがそれほどのシェアを得ておらず、むしろ新興勢力とみなされる分野はいくらでもあるということを覚えておくべきです。つまり、企業買収には可能性を見出していますが、分野によります(後編に続く)。

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