■コロナ対策優先で種苗法改正は見送り

農水省によると、日本のイチゴ品種を韓国が持ち出し自国で栽培、輸出したため、日本は約220億円を損失したといわれています。そんな中、種苗法改正の今国会での成立が見送られる見通しとなり、大きな話題を呼びました。現在、政府は新型コロナウイルスの対応を優先しています。そのため種苗法改正により農家への負担を増やす可能性が残ってしまう以上、今国会での法改正は難しいと判断したのだと思われます。また、ある著名人の投稿を機にSNS上で農家の負担増について意識が高まったこととも慎重派を後押ししたようです。

写真=iStock.com/Chiemi Kumitani
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Chiemi Kumitani

著名人の投稿には、「このツイートのせいで種苗法改正が見送られた! 今後も海外に日本品種流出が続く!」と猛烈な批判が浴びせられましたが、私としましては、著名人への個人攻撃は正しくないと思います。政府・与党がこの法改正に慎重さが求められると認識しているのは明らかであり、秋に行われる臨時国会での成立を目指しています。決して改正をやめたわけではないのです。そもそもいくら著名だとはいえしょせんは門外漢である人物の投稿で改正見送りを決定するとは考えにくいです。仮にそうであるならば、そのような判断を決定した政府・与党の日和見主義的な姿勢こそが真に問われるべきだと考えます。

■種苗法は青果物における著作権法である

そもそも、種苗法改正とは何でしょうか。簡単に改正できない理由は何があるのでしょうか。種苗法とは青果物における「種」の著作権法に相当します。優れた種の開発者が権利を独占できるようにするためのものです。しかし、従来の法では育成者の権利を完全には守ることができませんでした。実際、日本の農家が取り扱う場合においては、種を栽培し増殖させて翌年の栽培に使用する「自家採種」や株分けで増やす「自家増殖」が可能になっていました。またこれに伴いルートは不明ですが、違法な海外への持ち出しも横行していたのです。

今回の改正で変わるポイントは「保護と規制」です。「保護」については、近隣アジアへの違法な持ち出しを防止する目的があります。近年、日本の優れた果物が現地で栽培され、国際競争におけるイニシアチブを失うという経済的損失が問題視されていました。法改正により、育成者は輸出国や栽培地域を指定できるようになります。違反すれば罰金など刑事罰を課すことが可能になるのです。

そして「規制」という面では、国内の農家も「登録品種」を自家栽培する時に育成者の許諾を求めるようになります。許諾性を導入することで、栽培実態を管理し海外流出の実態把握につなげるという目的があります。しかしながら、反対派の声として「農家の負担増になる」という懸念があります。件の著名人の投稿も「農家の負担を増やしてはならない」と訴えたいという意図があったとみられます。また、技術力と資本力に優れる多国籍アグロバイオ企業が登録品種を増やすことで、日本の農家に種を販売して日本の農家が支配される可能性を心配する声もあがっています。

■種苗法改正による農家負担増は限定的

しかし、この規制が直ちに現場の負担増になるとは言い切れません。農作物は「一般品種」と「登録品種」からなっており、今回の法改正の影響があるのは「登録品種」についてです。農業を営む場合に、「一般品種」を栽培するならこの法改正の影響はありません。「一般品種」は従来栽培している農作物や「登録品種」の育成者権が切れたものが含まれます。もちろん、農作物の種類や栽培地によっても「登録品種」の栽培割合は異なるのですが、「登録品種」は全体でみると1割程度で、影響範囲は限定的と見られます。

また、米国のアグロバイオ企業によって、日本の農業が支配される可能性を訴える声もありますが、日本の大豆の自給率は7%であり輸入全体のうち7割を米国に頼っています(平成29年度)。彼らがわざわざ新品種を持ち込み、ビジネスになりそうにない日本農業相手に種を売って稼ぐインセンティブを持つかは疑問が残ります。

いずれにせよ、この法改正には日本の優れた品種が海外流出防止につながる期待と、登録品種栽培負担増の懸念が交錯し、さまざまな可能性を考慮したうえでの慎重な姿勢が問われるものであるため、一時的な法改正見送りに対して「もう日本の農業は終わりだ」と絶望的な気持ちになる必要はないと感じます。

■新品種開発には膨大な時間とお金が必要

日本国内における新品種の開発には、膨大な時間とお金がかかっています。優れた新品種を栽培するためには、毎年掛け合わせをしてその中から優れたものを選び出す地道な作業を行わなければなりません。新たな品種を生み出すには、品種改良に必要な経費と人件費がコストとしてかさみます。山形県の試算によると、品種改良に必要なものを購入する予算が年間2000万円、1人あたり年間500万円のスタッフが6人いるので、年間3000万円。2000万円と3000万円で年間5000万円がかかります。この費用は税金によって賄われる計算となります。

新たな品種を生み出すには、1年間では難しく、10年かかることも珍しくはありません。そうなると5億円が必要となります。このように、おいしくて見た目に優れる新品種の開発というのは、トライアル・アンド・エラーの泥臭い作業の連続した先にあります。日本国内に優れた品種が数多く存在する理由は、すべて「よりいいものをつくりたい」と願う職人技に近い日本人の意識的コミットメントから生まれていることは明らかです。

■新品種開発における問題点

昨今の事例を挙げると、白いイチゴが人気を博していますが、公設研究機関の「栃木県農業試験場イチゴ研究所」に取材したところによると「偶然できた白いイチゴを使って、交配を重ねて白い見た目と、甘い味を作り出した」といいます。フルーツの世界についていえば、テクノロジーの発達した今でもいいものは人に手によって作られています。

製造業や医学の発展におけるイノベーションと、青果物の種の開発には寸分の違いもありません。あるとすれば、青果物であるためにイノベーションプロセスに記録が残りづらく、苗が流出してもトラッキングが難しい点にあります。それゆえ海外流出をふせぐためにあらゆる取り組みが求められます。そして種苗法改正はその取り組みの1つだといえるでしょう。

■日本の農業を守るために本当にすべきこととは

過去にカーリング娘が「韓国のイチゴはおいしい」と発言したことが話題になりました。詳細は拙記事で取り上げていますが、この時には韓国は日本のイチゴを盗んだ揚げ句、イチャモンレベルの言い訳をして自国産として流通させているのです。

日本の優れたフルーツが海外に流出することの問題点は、日本が国外におけるイニシアチブを失うことにあります。アジア太平洋地域におけるフルーツの存在感は年々、韓国がその勢力を高めています。World’s top exportsによると、2019年における生イチゴ(フローズンでないもの輸出量は韓国が5億2700万ドル、日本は1億9300万ドルと2.7倍もの差をつけられています。過去記事で述べた通り、韓国は日本のイチゴを使って外貨獲得に奔走しており、イチゴの他にも多数の品種を不当に栽培しているとみられます。これ以上、日本の農家の知的財産を流出させつづけてはいけないのです。

海外に流出し、現地で勝手に栽培されてしまうと、もはやロイヤルティの請求はもちろん、取り戻すことなどが極めて困難になります。日本の青果物をやすやすと奪い取られないための施策が求められている時だといえるのではないでしょうか。

(ビジネスジャーナリスト 黒坂 岳央)