「エール」23話 道化に徹する唐沢寿明の名演「漏れっかよー。オトナだぞー」腹下してトイレに駆け込む

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第5週「愛の狂騒曲」23回〈4月29日 (水) 放送 脚本、演出・吉田照幸 脚本協力・三谷昌登〉



「キャーー」

22回の終わり、裕一(窪田正孝)と音(二階堂ふみ)が祭りを楽しんで帰ってくると、「おかえり」と三郎(唐沢寿明)がにんまり笑って待っていた。22回は場面転換がリズミカルだったが、23回はワンシチュエーションながらテンポのいいコント仕立てで見せた。

関内家の居間で、三郎と裕一、光子(薬師丸ひろ子)と音が向き合ってお見合い状態。でも最初は親のほうが別れさせる気持ちでいることを、居間の外から吟(松井玲奈)と一緒に様子を探っている梅(森七菜)が予想する。


音にだけ返事を書いたと言う裕一に、音は「キャーー」と声をあげる。22回では「エヘ」と声に出して笑っていたし、漫画的な表現である。三郎の「おかえり」や「イテテ イテテ」、23回では「アチチ アチチ」などすべて漫画の書き文字のようだ。漫画がクールジャパンとして日本の文化の先鋒になっているし、2.5次元が人気だし、このアプローチはありであろう。

ただ、時代に合わせているのか、極めて昭和の漫画風味で、それも俳優がうまいことその雰囲気を出しているところはさすがに思う。二階堂ふみの「エヘ」には石ノ森章太郎の「さるとびエッちゃん」を思い出す。

「お嫁にください」

親の考えをまったく意に介さない裕一は、いきなり「お嫁にください」と言う。裕一だったらそう言いそうだが、3人ともびっくり。こっそり聞いていた吟も「先を越された」とがっくり。階段をよろよろと這い上がっていく。梅はどこに行ったんだ?

ここから4人のコントがはじまる。主に三郎と光子のバトル。お互い、別れさせたいという目的は同じなのに、責任をなすりつけあって喧嘩になって、裕一が持ってきた福島名物・薄皮饅頭(Twitterトレンド入り)で光子が三郎の口を塞ぐ。まさ(菊池桃子)と比べて気が強い(ことを表に出す)光子に三郎はカッとなる。

「一見かわいく見えるけど、なれればどこにでもいる顔だ」と小ばかにする三郎に「美醜で判断するな」と対抗する音。光子譲りの負けん気の強さ。このへん、内容としては当たり前のことしか言ってないのだが、俳優の勢いで見せてしまう。俳優力勝負。それはそれで見世物として立派なジャンルなのである。


「漏れっかよー。オトナだぞー」

俳優力はここからが本番。三郎がお腹を下し、「へ〜へっへっへっ」とへんな声をあげ、トイレに駆け込み、光子がお茶を入れに台所に立つ。

ふたりきりになった裕一と音は思い余って接吻。いかにも三郎と光子は、ふたりっきりにさせるために席を立つという目的があって動かされている感いっぱいである。だが、そういうことを考える間を与えないように唐沢寿明が力技で転がしていく。薬師丸ひろ子も負けていない。ベテランのふたりの気合で熱された居間が、裕一と音の熱情に火を付ける。

「お互いにエールおくり合って、音楽の道を極めよう」

普通のドラマだと、このセリフがこの回の肝になりそうなものだが、直後、光子が三郎が目撃しないようにお茶をこぼし、三郎は「アチチアチチ」とひっくり返って、このセリフはトイレの水に流されるようにかき消えてしまうところが狙いなのか、失敗なのか謎である。たぶん、わざとなんだろう。

「汽車は走り出しました」

ドラマ開始から10分、安隆(光石研)の浴衣に着替えて戻ってくると、状況はあっという間にふたりを許すモードに。
三郎は基本的に人の好い設定だから。音は歌をやって裕一を追いかけると言うと、三郎は、女がそういうことをすることに世間は理解を示さないであろう。とくに裕一の養子先の権藤家はそうだと言う。でも、三郎自身は男も女も関係ない「みんな人間だ」という考え方であると言い、音は賛同。光子の心にも変化が。

接吻しているところを見てしまった光子は「汽車は走り出しました。もう止まれません」「頭が駄目って言ってるけど、心がいけって叫ぶの」とがぜん応援モード。三郎に、権藤家を説得してほしいと頼む。ここもまた普通のドラマだとここに重きを置いて感動モードにしそうだけれど、「黒蜜」キャラのへんなセリフとして印象づけられる。

光子のへんなキャラは薬師丸ひろ子の天然っぽさで済まされるが、三郎がそこまで進歩的で、他者の考え方を尊重できる人間であったことが都合いいなあとも思う。だって呉服屋は呉服屋で新しいことなんてやらないとか言う人である。妻まさを三歩下がらせているような男である。だが、そういう疑念も長いこと抱けないほど話が素早く転がってしまうので、そういうものかも……という気持ちになる。

政治や経済など社会的にシビアなことであればこういうふうに勢いでごまかすような流れはよろしくないが、ドラマなので気難しく考えることはない。第一、結婚というハッピーなことであるから。

「まだ一曲しか認められていないひよっこよ」

光子のこれだけものすごく真っ当なセリフだった。裕一、その一曲(竹取物語)だって、楽譜だけだろう(モデルのその曲は現存すらしてない)。なぜ「天才」とか「演奏会」とか持ち上げられているんだろう。謎過ぎる。
(文/木俣冬、タイトルイラスト/おうか)

(これまでの木俣冬の朝ドラレビューはこちらから)


番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月〜土 朝8時〜、再放送 午後0時45分〜
◯BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜、再放送 午後11時〜
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和