ほかの多くの業界と同様、コロナ危機は、SaaS(サービスとしてのソフトウェア)部門で、持てるものと持たざるものの差を急速に広げつつある。

特にアドテク業界では、多くの企業がこの10年のあいだに、メディアの支出割合に応じてクライアントに料金を課すモデルから、プラットフォームの利用に対して定額制の月額料金を課すモデルへの転換を大急ぎで進めてきた。定額制の月額料金モデルでは通常、広告主の支出の増減がなく、予測可能な継続的な収益を生み出す。そしてSaaSビジネスは、メディアベースの収入に依存するよりも高い価値を引き出す傾向がある。

だが、予測可能性は現在の危機の特性ではない。2020年3月にパンデミックが拡大するにつれ、最高財務責任者(CFO)たちは、まるで解剖をするかのように自社の毎月の支出を隅々まで精査し、入札にかかる支出をその裁量によって切り詰め、現金をできる限り残そうとしはじめた。必要不可欠とはいえないソフトウェア使用料は、景気の落ち込みが迫るなかで、論理的に考えても真っ先に削減されるものだ。WPPを例に取ってみよう。同社は、3月に出した声明で、「当初4億ポンド(約540億円)程度としていた2020年度予算に対し、プロパティとIT資本への支出を1億ポンド(約135億円)以上節約した」と述べている。

基本に立ち返るブランドたち

複数の専門家が米DIGIDAYに対して、SaaS領域にいる企業の多くはいま、新ビジネスのパイプラインが消滅しかかっているところを目の当たりにしていると語った。さらに、販売チームが見込み客を得るための対面での見本市も開催されていない。幹部たちの話によると、チームがリモートワークを余儀なくされることで、一大ブームの様相をみせているコラボレーションツールやビデオ会議ツールは別として、複数年の契約を保持している大手企業は、危機を回避できる最善の立場にいるという。だが、そうした企業でさえ、ビジネスが有給休暇を求め、不可抗力条項を試すような環境ははじめて経験することだ。

アドバイザリーファーム、メディアセンス(MediaSense)で戦略担当マネージングパートナーを務めるライアン・カンギーサー氏は、「大手ブランドは基本に立ち戻ることを強いられている」と語り、企業は契約の固定費だけではなく、ソフトウェアを動かすのに必要な社内リソースも見直していると付け加えた。

「我々が仕事をしているある消費財企業は、(大手ソフトウェアプロバイダーとの)データマネジメントプラットフォーム(DMP)契約を維持し続けるかどうかを検討している。自社がそこに注ぎ込んでいる時間、努力と成果を比べているのだ。成長をもたらす方法はそのプラットフォーム以外にもある」と、カンギーサー氏は話す。

ソリューション企業の対応策

企業のソフトウェアサブスクリプション管理を支援する購入、解析プラットフォームであるクレダラ(Cledara)によると、SaaSの請求の大半(70%)はその月の前半のうちに行われるという。つまり、SaaS部門にとってその後の2週間が重要だということを意味する。見込み客醸成ツールでの支出は2月から3月のあいだにすでに8%減少したとクレダラは述べている。

クレダラの共同創業者で最高執行責任者(COO)のブラッド・ファン・ルーエン氏は、「企業はいま、凍結モードに入っているというのが私の仮説だ」と話す。

SaaS企業は、それに応じて販売アプローチを調整する必要がある。

「核物理学の博士号を持っている人でなければその働きが理解できない、あるいは立ち上げに3カ月も要するようなソリューションを販売している」なら、そうしたオンボーディングプロセスはオーバーホールする必要があると、スタートアップアクセラレーターであるテックスターズ(Techstars)のロンドンオフィスでマネージングディレクターを務めるイーモン・キャリー氏はいう。

「多くのビジネスにとって、バイヤーペルソナがエンジニアリング担当バイスプレジデントや個々の製品責任者からCFOのような職種のレベルに代わってしまった。彼らは『このツールが何をするものかわからない――ウェブサイトに書かれた説明も理解できない』という」と、キャリー氏は付け加える。

混乱――そしてCFOたちからの突然の契約終了通告――の可能性に対応するために、ニッチなポイントソリューションを提供する小規模企業が、もっとよく知られているフルスタックのサービスと競争できる価格帯のバンドル型サブスクリプションを作るために、隣接する分野に位置するほかの企業と手を組み、一連のサービスを生み出すことができるかもしれないと、キャリー氏は話す。

負けるが勝ちということも

それでも、新規ビジネスがかなり逼迫した状況にあるなかで、鍵となるのは顧客保持になるが、それにはクライアント側の余裕と寛容さが必要になるだろう。

ブランド技術グループ、ユー&ミスター・ジョーンズ(You & Mr. Jones)のCEOであるデイビッド・ジョーンズ氏は次のように語る。「もし誰かに、我々は12カ月の契約をしているが、支払いを大幅に減らす、あるいはキャンセルもしくは延期する必要があると言い、もし相手がそれを拒否したら、『あなたとの付き合いは12カ月後に終わる』と伝えるだろう」。

いま値引きに応じているSaaS企業は、のちに長期契約という報酬を得られるかもしれない。

マス・キャピタル(Math Capital)のオペレーティングパートナー、エリック・フランキ氏は、「売り手が価格の割引と引き換えに既存顧客とのより長い合意を確定するチャンスがあると、私は期待している」と話す。

最終的に強いSaaS企業

最終的には、ほかのすべての部門と同じように、信頼できる財務管理をすでに実行していて、強いキャッシュポジションにいるSaaS企業は、危機に直面したとしても、うまく嵐を乗り切れるだろう。

ピュブリシス・メディアEMEA(Publicis Media EMEA)の前CEOで、メディアや広告、技術の分野にいるいくつかの企業の役員会で議長を務めるイアン・ジェイコブ氏は次のように語る。「スケールがない限り、SaaSは実際に本当の地雷源になり得る。多くの小規模企業やスタートアップは販売コストとマーケティングを完全に過小評価し、収入につながるライセンスベースをどれだけ早く成長させられるかということを過大評価している」。

Lara O'Reilly(原文 / 訳:ガリレオ)