フォアハンドで放った強打は、乾いた音を立ててネットを叩き、それに続く勝者の「カモーン」が大歓声を切り裂き夜空に響いた。

 うなだれながらネットに歩み寄る大坂なおみの肩を、15歳の勝者が抱く。


まさかの敗戦にショックを隠しきれない大坂なおみ

 コリ・ガウフ(アメリカ)--。

 昨年9月の全米オープンで大坂が圧勝し、試合後には涙にくれる敗者に「一緒にオンコートインタビューを受けようよ」と優しい声を掛けた相手。大坂のその行為は多くの選手仲間や関係者からも絶賛され、ふたりが並んでインタビューを受けるシーンは大会のハイライトのひとつに数えられた。

 それから、4カ月後。両者の足跡は再び、グランドスラムの3回戦で交錯する。

 今大会のドローが決まった瞬間から再戦の可能性はメディアで語られ、実現前から期待と注目を集めたカード。当然のようにセンターコートのナイトマッチに組まれたその一戦で、大坂は1時間7分、3−6、4−6のスコアで敗れた。

「前回の経験は、間違いなく助けになると思う。もうあんなに緊張しないだろうし、攻撃的にいけると思う」

 戦前にそう語っていたガウフは、言葉どおりのプレーを立ち上がりから大坂に見せつけた。

 サーブはコンスタントに180キロ以上を記録し、しかもファーストサーブの確率が高い。ストローク戦でもベースラインから下がることなく、とくにバックハンドでは低い弾道のショットを深く打ち込んだ。

 対する大坂には硬さが見え、バックハンドのミスが目立つ。第1セットの第8ゲームでは3本連続でバックをネットにかけてブレークを許し、そのままセットを失った。

 第2セットでも大坂は、最初のゲームをフォアのミスショットで落とす。この時は、続くゲームを相手のダブルフォルトにも助けられブレークするが、それでも本来のプレーは戻ってこない。

 第7ゲームでは、オープンコートを狙ったバックがネットにかかる。最後もバックをネットにかけてこのゲームを失うと、もはや前年優勝者は勢いに乗る15歳を止める術(すべ)を持たなかった。相手が試合を通じて手にした60ポイント中、半数の30本をエラーで献上した末の敗戦である。


 試合のわずか20分後に会見室に現れた大坂は、落胆を隠せぬ様子ながらも浴びせられる質問に真摯に応じ、問われては答えるプロセスを通じて、自分の内に何が起きたかを解き明かしていくようだった。

「どうすればよかったと思うか?」の問いには、「もっとボールをコートに入れること」と苦笑をこぼす。

「初戦は大丈夫だったけれど、今日の試合はとても硬くなった。もちろん、タイトルを守ることも頭にあったけれど……それ以上に、彼女とは前回の対戦のこともあるし、試合前から過剰に騒がれていたし」

 さらには、コーチ、トレーナー、ヒッティングパートナーら”チーム”の名をひとりひとり挙げながら、「みんなに申し訳ない。みんなの努力を無駄にしてしまった」とまつ毛を伏せる。

「頭ではどうすべきかわかっているのに、それができなかった」

「フィジカルは何も問題ないのに、理由もなくミスしてしまった」

 心と身体が噛み合わないもどかしさを、彼女は素直に吐露していった。

 それら大坂が自らに向けた問いを解くカギは、彼女自身が会見後半に口にした、次の言葉にあるのかもしれない。

「今日は、ナーバスになったというよりも、プレッシャーを感じていた」

 プレッシャーを感じた訳は、「数字上では、私が勝つべきだと思われていたから」だと述べる。”プレッシャー=重圧”とは、自分が置かれた状況を考えた時に、外界から感じるものだ。

 相手が15歳であること。前回の対戦で圧勝し、しかも試合後のやり取りが賞賛を浴びたこと。だからこそ、多くの人が今回も自分の勝利を予想しているだろうこと。負けたらチームの面々や両親が落胆するだろうこと……。

 それらの周辺への考慮が、存在しなかったかもしれない圧力を生み、彼女の身体の自由を奪う。

「まるで、視界に靄がかかっているようだった」

 コート上で陥った状態を、彼女はそのように表現した。

「私には、まだ”チャンピオンのメンタリティ”が備わっていないのだと思う」


 今回の敗因を何より端的に示すのは、彼女のこの言葉かもしれない。

「生まれながらにして持っている人もいるだろうし、人によっては、何度も失敗しながら獲得するのだろう」というそのエレメントを、彼女は今も「探しているところ」だと言った。

 答えに到達するまでの道のりは、まだまだ長いと彼女は見る。

 今回の敗戦も、”チャンピオンのメンタリティ”獲得のために、越えねばならぬ試練のひとつだ。