埼玉県蓮田市のセイコーアドバンスの工場を視察するティム・クック氏。iPhone 11 Pro向けの新色「ミッドナイトグリーン」の塗料をじっくりと見ていた(筆者撮影)

アップルのティム・クックCEOは12月8日からの3日間、東京を中心に精力的に視察の日程をこなした。

12月8日には直営店「アップル 表参道」で13歳と84歳の2人の日本人女性アプリ開発者と会い(参考記事:アップルのCEOが「表参道」に突如現れたワケ)、その夜はアーティストの星野源氏と居酒屋で夕食をともにした。

12月9日には慶應義塾大学病院の木村雄弘特任講師を訪ねた。Apple Watchでの詳細な体の状態の取得と、医療からエクササイズの情報までを格納するiPhoneのヘルスケアアプリをきっかけに、iPhoneは「安心して健康の情報を預けられる唯一の存在」を目指している。

高いセキュリティを担保に医学研究を行うResearchKitや、病院内での医療ケアアプリを構築するためのCareKitなどの開発環境を整えており、日本でもその活用が期待される。またすでに日本で販売中のApple Watchに内蔵されているECG(心電図)機能の認証を取るべく全力を挙げているという。

その後、身近な人とのカレンダー共有アプリ「TimeTree」のオフィスを訪問し、アップル丸ノ内で行われた立教小学校3年生のフィールドトリップのSwiftの授業に飛び入り参加した。この場には、ティム・クックCEOとともに、アップルのバイスプレジデントで直営店と人事を担当するディアドラ・オブライエン氏も参加した。

セイコーアドバンスを訪れた2つの理由

日程3日目、12月10日の朝は早かった。

早朝まで雨が降っていた火曜日の朝、午前8時に埼玉県蓮田市に現れたクック氏が訪れたのは、セイコーアドバンス。スクリーン印刷インキのトップ企業として「色」をさまざまな素材に与えてきた存在だ。

3年前の来日の際にもクック氏はいくつかのサプライヤーを回ったが、今回セイコーアドバンスを訪れたのには2つの理由があった。

アップルは2018年に同社の世界中のビジネスを100%再生可能エネルギーでまかなうコミットメントを達成した。アメリカや中国と違い、国土の狭い日本では簡単に再生可能エネルギーの発電所を新設するわけにはいかない。そこでビルの屋上を間借りしてソーラーパネルを設置するといった工夫によって、日本でのビジネスは再生可能エネルギーへの転換にこぎ着けた。

しかし「それでは十分ではない」とクック氏は続ける。アップル製品を製造する工場、パーツを提供するサプライヤー、そして製品を充電する際、ユーザーであるわれわれが使う電力にまでフットプリントを取り、これらも再生可能エネルギーに転換することを目指している。

そこでアップル自身がサプライヤーのエネルギー転換をサポートするファンドを作っており、セイコーアドバンスもこのファンドを利用し、再生可能エネルギーへの転換を図ることになった。

「私は気候のためにとても重要だと思います。われわれはサプライヤーチェーンを通してすべての電力を転換することを啓蒙していく必要があるのです。そして、今回この工場に来て、どのように彼らが再生可能エネルギーへの転換を果たしていくのかを聞けてよかった」(クック氏)

セイコーアドバンスが実現した深緑のiPhone

ティム・クック氏は、2019年モデルの新色となるミッドナイトグリーンのiPhone 11 Proをつねにポケットに入れている。しかし自身が画面の見過ぎであることを告白しているせいか、3日間のクック氏を取材しているなかで、筆者は彼がiPhoneを手にする場面を見ることはなかった。


iPhone 11 Pro Max ミッドナイトグリーン。iPhone 11 Proシリーズのカラーリングは、セイコーアドバンスが担当しており、深いコラボレーションによって実現したことをクック氏は明かした(筆者撮影)

しかし唯一、iPhoneを手にした場面を目にした。それは、セイコーアドバンスの工場を見学しているときに、巨大な塗料のバケツを見つけたときだった。そのバケツの中では、iPhone 11 Pro、iPhone 11 Pro Max向けのミッドナイトグリーンのための塗料が攪拌されていたのである。その膨大な量のインクと自分のiPhoneを見比べて、あらためてガラスへのインクの印刷技術の高さを実感していたようだった。

「ミッドナイトグリーンは、高い品質とクラフトマンシップによってのみ、実現できた色です。そして、だからこそ、彼らと一緒にものづくりに取り組むことは、これ以上ないほどワクワクするのです。

われわれは、ものづくりに取り組む際、コラボレーションの原則を非常に重視します。そして優れた人々が一緒になるとき、お互いの会社の違いを忘れて、ただただ本当に優れた製品を作ることに集中して取り組んでいます。

まさにこの工場で起きたことであり、あなたも私もとても気に入り、選ぶだけの品質を可能にしている理由でもあります」(クック氏)

(※筆者は取材中、ミッドナイトグリーンのiPhone 11 Pro Maxで写真を撮ったり、コメントを録音したりしていたため、クック氏がそうコメントした)

アップル社内でサプライヤーのことを「パーツメーカー」と言うと怒られるそうだ。あくまでパートナー、コラボレーションの相手であり、その多くにアップル側から声をかけ、高い品質や新しい技術、実装のアイデアをお互いに出し合う。

一方のサプライヤーからすると、アップルが求める厳しい品質基準を満たす製品作りへ切磋琢磨することによって、「品質に厳しい、うるさい」という他の企業の要件を軽く満たせる技術力がつく。セイコーアドバンスはアップルとの取り引きが売り上げの35%になるが、アップルとの協業を始めた結果、その他のビジネスも2倍に伸びたという。


適度な粘度に混ぜ合わせてできあがった白い塗料(筆者撮影)

ティム・クック氏は、アップル製品における色の重要性を語った。

「色は大切です。われわれ自身の表現手段で、例えばあなたはこの色のシャツにブラウンのジャケットを合わせているように、人々には自分に合った色のiPhoneを選ぶチャンスを得るべきです。そのため、Face IDやAシリーズチップなどの他のあらゆるテクノロジーで革新を起こしたことと同様に、『色』についても、われわれはイノベーションを起こしていきたいのです」(クック氏)

来年は新しい色のiPhoneが登場する?

これまでiPhoneは長らく、白、そして黒の2色展開が続いた。2012年にiPhone 5cでカラフルな展開を実現したが、性能が大きく上回る上位モデルに人気が集まり成功しなかった経緯があった。その失敗の一方で、iPhoneの色についての探求は他の技術と同様に重視されていたことがわかる。


色は大切、と語るティム・クック氏。iPhoneの色は、他の技術と同様のイノベーションを起こす必要性について説いた(筆者撮影)

2016年のiPhone 7ではアルミニウムボディで5色展開を実現。そのアルミニウムへ色を載せる技術をフレームに生かしつつ、2017年iPhone 8とiPhone Xではガラスへの色のプリント技術を用い、背面ガラスながらしっかりと色を深く載せる技術を実現した。ただしiPhone Xは再び黒と白の2色展開に戻ってしまった。

2018年のiPhone XRではガラスの背面を継承しつつ6色展開となり、iPhone 11にも引き継がれた。そして今回、セイコーアドバンスとともに仕上げたのがiPhone 11 Proシリーズの4色展開、ということになる。

クック氏はセイコーアドバンスのカラーサンプルを真剣な眼差しで確かめながら、「来年はもっと楽しみだね」と一言。あるいは、再び新しい色のiPhoneが登場することになるのだろうか。