iPadで描く漫画家 高河ゆんインタビュー(前編):デジタル移行から20数年、作画環境の遍歴

こんにちは、メーカーCEO兼業ライターの東です。

少女の頃から敬愛してやまない偉大な漫画家である高河ゆん先生に「第7世代iPad」をお試しがてら目の前でイラストを描き下ろしていただく! という僥倖に恵まれました。

高河ゆん先生は、1980年代から第一線で活躍を続けられる漫画界のレジェンド。『アーシアン』『源氏』『LOVELESS』など名作をたくさん生み出しながら同人活動も精力的に続けておられます。また、デジタルへの移行が大変早かった作家でもあります。

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普段、iPad Proと自作PCを使ってお仕事をされている、という高河ゆん先生が、廉価版iPadでも仕事ができるのか!? 憧れの作家が滑らかに走らせるApple Pencilの美しいペンタッチに痺れながら、デジタル移行が早かったゆん先生の、意外と長いパソコン歴やデジタルへ移行したきっかけ、ネームや作画につかっているソフト、iPadって実際どこまで仕事に使えるの? などなど、たくさん質問をしました。

聞きたいことがありすぎてめちゃくちゃ長くなったので、前編、後編、2回に分けてお届けします!前編の今回は高河先生の作画環境について、アナログ時代からデジタル導入、現在の iPad Pro + 自作PCに至るまでの履歴についてお聞きしました。

ー ゆん先生! 今日はどうぞよろしくお願いします!

高河ゆん(以下、高河):よろしくお願いします!

ー 早速ですが! iPadの話の前に、ゆん先生は自作パソコンをつくられることでもファンの間で有名ですよね。そもそものパソコン歴を教えてください!

高河:パソコンを使い始めたのは25年前くらい前かな。

ー えっ! かなりパソコン歴が長いですね。

高河:機種名は忘れたけど、Macintoshの「ピザ筐体」を使ってました。(注:Macintosh LCやPower Macintosh 6100など本体が宅配ピザのパッケージのように薄かったモデル)今はWindowsを使ってますが、入り口はMacです。漫画家仲間がみんなMacだったし、絵を描くんだったらMacだよね、みたいな感じで。本体とモニターとHDDで一式で当時100万円近くしたんじゃないかなぁ。Windowsとは全然値段が違うと思いました。

小説家やライターは『一太郎』などワープロソフトがあったから皆Windowsなんだけど...。Windowsなんてただの黒い箱だよね。絵描きはみんなMacでした。クリエイティブはMac! Macは可愛いよねぇ。白いし。筐体が綺麗だから。かどっこが丸くてガラスになっているのが可愛いとか、グレーで透けてるのとか、可愛いよねぇ。

ー 丸っこくて、透けていて... それは初代iMacの話ですか?

高河:そうそうiMacのボンダイブルーを持ってた! すごく可愛いけどマシンパワー的に絵を描くのは全然キツくて。持ってただけなんだよね(笑)その頃はまだ、パソコンと漫画を描くことが繋がっていなくて、パソコンは「メールやチャットに便利な機械」でした。

Webもまだまだ検索性が低いし、その頃のネットの情報って本当かどうかもわからないし、専門的なことは調べても数ページくらいしか出てこなかったから、それなら何百ページもある専門書をアナログで読んだ方がいいな、という時代でした。

ボンダイブルーの初代iMac Image:Apple

ー デジタルで絵を描きはじめたのはいつ頃ですか?

高河:23〜24年くらい前かな? タワー型のMac買って。たぶんPerformaです。当時は『Painter』で塗るか『Photoshop』で塗るか、くらいしか選択肢がなかったんですが、格ゲー(格闘ゲーム)系の絵を描く「厚塗り」派は主にPainter、ギャルゲ(ギャルゲーム)系の透明感のある絵を描く人は主にPhotoshopを使ってました。

私は自分の絵柄的に透明感を求めてたんだけど、幸いなことに、その頃結婚して(夫は漫画家のたつねこ氏)夫を通してギャルゲ系の男性漫画家との交友関係も広がって。ギャルゲやエロゲ(エロゲーム)を主に制作している「Leaf」というゲーム会社の「みつみ美里」さんや「甘露樹」さんというPhotoshopの良い師匠と巡り会えました。

それまでそのジャンルには興味がなかったんですが、ちょうどエロゲにもストーリー性やキャラクター性に個性が求め始められていた時期で、初期のニトロプラス社の虚淵玄(うろぶち げん)さんのような素晴らしいシナリオライターによる個性豊かなゲームが出てきた頃でした。エルフ社の『下級生』とか大好きだった。Leaf社の『痕(きずあと)』に代表されるようなビジュアルノベルというジャンルが出てきたのもこの頃です。

この頃はまだ、漫画はアナログのみで、16ビットの頃からずっとデジタルが主流のゲーム絵の人と漫画家では、同じ絵を描く職業でも人種が違う感じでした。夫に影響されてプレイヤーとしてゲームをするようになって、ギャルゲの絵も素敵だと思って。エルフの『下級生』シリーズの原画を担当したのが門井亜矢さんという友人の漫画家さんなんですが、彼女の絵も大好きで。で、ハッと気づいたのが、「漫画もデジタルで描いていいんじゃないか、ゲームと漫画の絵に垣根は無いんはいんじゃないか」って。

ヘレン・ケラーの「ウォ、ウォ、ウォーター!」的に! エロゲにはエロゲの歴史があるんだけど、私のデジタル絵の歴史はエロゲの歴史と重なってる! 結婚がきっかけだし、人生とも重なってるよね。



iPad Pro + CLIP STUDIO PAINT で描いたピンナップ用イラストのラフ画を見せていただきました。超お宝!!11月発売の『アニメック ガンダム40周年記念号』に掲載。

ー Macが大好きなのに、なぜ今はWindowsを使ってるんですか?

高河:ひとつは、Macは絵を描くには馬力が足りなかったから。マックは筐体のデザインが大好きで、Windowsなんて「お前なんか黒くてただの四角い箱じゃん」って感じでまるで愛着なかったんだけど(笑)Macは「あけましておめでとう」とかも言ってくれるし! Windowsは可愛くない...。可愛くないけど、拡張性と馬力はあるんだよね。

もうひとつ大きなきっかけは、20年くらい前に『ペイントツール SAI』というWindows専用のお絵描きソフトが出たことです。今は『Procreate』や『CLIP STUDIO PAINT』があるけど、20年前はSAI以外はPhotoshopかPainterくらいしかなかった。

Photoshopは好きだったけど、混色が苦手なソフトなんです。代わりに縦にレイヤーを重ねて色をつくっていく感じ。Painterは一枚のレイヤー上で混色するのが得意なんだけれど、良い師匠に巡り会えなかったのもあって、どうも好きになれなかった。

それでみつみ美里師匠の影響でPhotoshopでどんどんレイヤーを重ねる描き方をするようになって。多いと100枚とか。そうするとPhotoshopは元々そういう絵の描き方をするためのソフトではないからどんどん動きが重くなってくる。

その点SAIは軽かった。Painterのように一枚のレイヤーで綺麗に混色できるし。ソフトとしてはPainter系なんだけれど操作が簡単だし、軽いし、しかも最初はフリーソフトだったから、10万円くらいするPhotoshopやPainterを買えない人や、操作を難しいと思う人たちが飛びつきました。今でもフルパッケージで5000円くらい。安い軽い速い、で、今も使ってます。



主線が入ったところ。強弱にメリハリのある有機的な線が、高河ゆん先生ならではの美しさ

ー 20年前に移行したのならむしろMacよりWindowsのパワーユーザーですよね。いい加減Windowsにも愛着が湧かないですか?(笑)

高河:ない。ないです! 今でも私、Windowsなんてかっこよくないと思ってるから! 私、ほんと、Windowsに対して冷たいわー(笑)

Windowsなんて黒い箱になんか詰ときゃいいわ、お前は絵を描くためだけにいればいいんだよ、って。使うものしか入れてないし、使わないものは挿してないから、スロットも空きまくってるし、タワーなんてどれでもいいよって「PCデポ」で適当な安いタワーを選んで、いるものだけぶっこんだ適当な自作パソコン使ってます。

ばりばり開いて、冷却ファンも自分で挿してる。火を吹いたら困るから。実際、友達のWindowsが火を吹いたことがあって、それで怖くなって、秋葉原に行って中につける扇風機買ってきて。現に熱いし。

Macなんて冷却フィンまでかっこいいじゃない。中についていて見えないのにだよ? なにもかも可愛いし。キーボードも素敵でしょ? Windowsはキーボードも、お前なんか字を叩くだけだけでいい、ファイル名だけ書ければいいよ、安けりゃいい、です。おまえなんかSAIのために存在するだけだ。金をかける気はない、動かなくなったらそれまで!

ー 扱いがひどい(笑)Macは拡張したりしなかったんですか?

高河:...Macは... 素敵すぎて大事すぎて、怖くて開けられなかった。

ー Windows、こんなに貢献してるのにかわいそう(笑)

高河:まあ... 初恋の人と古女房です...。
実際Windowsはよく働いてる。固まったり落ちたり変なソフト入ってきたりしても「おまえはWindowsだからな」って許せるし。まあ、いつも傍にいるのはWindowsですよ。



完成カラー原稿。淡い美しい世界に魂が吸い込まれる...。ただただため息...

ー ギャルゲーきっかけでデジタル作画へ移行したゆん先生ですが、すぐ慣れましたか?

高河:アナログで描いて、スキャンしてPhotoshopに取り込んで色を塗る、ということを始めたのが、タワー型のMacを買った23〜24年前ですが、最初は出版社からすごく嫌がられました。

デジタル画の黎明期「女子は上手じゃない」って言われていて。実際、アナログ手塗りはすごく上手なのにデジタルになるととたんに下手になる女性漫画家は多かったんです。編集部からすると「せっかく上手なのに、なんで下手な原稿を寄越すの?」という感じで。

私もアナログ絵に一定の評価をいただいていたので「デジタルになると下手になる」「本当にやるんですか? アナログで描けるのにわざわざCGにしなくも...」と、編集部の抵抗にあいました。ちょうど『妖精事件』や『超獣伝説ゲシュタルト』を連載していた頃で、途中からカラーをデジタルに切り替えると絵のテイストが変わるので「最後までアナログでやろうよ」と、怒られて。

私は、やりたいってなったら、どうしてもやりたくなっちゃうので「そんなことは知ったことじゃない、今すぐやりたい、別に途中でテイスト変わったっていいじゃないですか!」って押し切って。最終的に「これくらい描けるのならまあいいか」と、絵を見て受け入れてもらいました。

左:『超獣伝説ゲシュタルト』1巻はまだアナログ時代の絵 右:最終巻でデジタル絵に移行した(©高河ゆん/一迅社)

アナログ時代から、絵の具、色鉛筆、カラースクリーントーン、など色んな画材を使って絵を描くのが好きで、デジタルも画材のひとつとして考えていました。いろんな画材を使いたかった。

あと、同人誌の世界はすでにデジタル化が進んでていて「これからはもうCGだな、どうしてもデジタルで描く必要があるな」と思っていて。私は『LOVELESS』あたりからカラーはフルデジタルになりました。今は少女漫画の方もデジタルで描かれていますね。



高河ゆん『LOVELESS』第1〜13巻 発売中(一迅社)



後半に続きます!!

(お詫びと訂正: 作画中イラストのキャプションに誤って「機動戦士ガンダム オリジナル・サウンドトラックAL アナログ復刻シリーズ」用ピンナップとしていましたが、正しくは「アニメック ガンダム40周年記念号」でした。訂正してお詫びいたします。

「機動戦士ガンダム オリジナル・サウンドトラックAL アナログ復刻シリーズ」は安彦良和氏のジャケットで11月3日より販売中です。)