首都リヤドで開かれたアートイベント(筆者提供)

世界最大級の産油国サウジアラビアの市場規制当局が国営サウジアラムコの上場申請を承認し、株式の一部がサウジの証券取引所タダウルで12月にも取引される見通しとなった。アラムコの新規株式公開(IPO)は、実権を握るムハンマド皇太子が進める脱石油の経済改革計画「ビジョン2030」の目玉。9月に起きたサウジ石油施設攻撃などで再三延期されてきたIPOが、ようやく実現する。

サウジは、女性の労働市場への参加拡大を促すために女性の運転を解禁したり、外国人観光客に門戸を開いたりするなど、急速な経済、社会改革を進めている。昨年10月にトルコ・イスタンブールのサウジ領事館で起きたサウジ人著名ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏殺害事件で国際的な評判を落としたムハンマド皇太子だが、国内的には若者を中心に圧倒的な支持を集めているという。

カショギ氏殺害事件は過去に

首都リヤドでは10月末の3日間、砂漠のダボス会議とも呼ばれる「未来投資イニシアチブ」が開かれた。参加した関係者は「カショギ氏事件で多数が欠席した昨年に比べて出席者も大幅に増えて活気があり、ムハンマド皇太子が自信を深めたことは間違いないだろう」と話す。

日本からは、皇太子と仲のよい孫正義ソフトバンク・グループ会長兼社長らが参加。アメリカからも昨年欠席したムニューシン財務長官やクシュナー大統領上級顧問が出席した。

カショギ氏殺害事件は、トルコのサウジ領事館でサウジ政府関係者の手によってサウジの政策に批判的だったジャーナリストが白昼に殺害される前代未聞の事件だった。強権支配を行うムハンマド皇太子が関知していたとの見方は強いが、責任の所在がうやむやにされたまま事件の幕引きが図られている。アメリカや日本など国際社会は、政治や経済的に重要なサウジとの関係を人権や報道の自由よりも優先させた格好である。

アラムコのIPOにより、ビジョン2030は弾みがつきそうだ。アラムコの昨年の純利益は1110億ドル(約12兆円)。アップルやグーグル親会社アルファベット、エクソンモービル3社の合計を上回る規模で、サウジ政府はその企業価値を2兆ドル(約216兆円)と試算。評価額は引き下げられる見通しだが、サウジ政府は、改革への巨額資金を得ることになる。

在リヤドの実業関係者は「カショギ氏殺害事件はもはや過去のことになりつつある」と話す。ただ、別の実業家は「2017年に起きた王族や有力実業家の一斉拘束のショックが完全に消えたわけではない。今もサウジから資産を海外に移したり、投資を控えたりする動きは少なからずある」と指摘する。

だが、「サウジは脱石油に向けて改革を進めていかざるをえず、過去を振り返る暇がないほどに改革のスピードは速い。政府や実業家の多くは前を向いている」(在リヤドの実業関係者)のが実態だ。

ムハンマド皇太子の改革を圧倒的に支持するのは、人口の7割を占める30歳以下の若者たち。在リヤドの実業関係者は「若者たちは改革の内容やそのスピードに満足している。改革のさらなるスピードアップを望む声もあるぐらいだ。

だが、45歳以上の世代は、あまりにも改革のスピードが速く、もう少し変化の速度を遅くするよう求める人たちもいる。とくに宗教保守層にはそうした声が多いが、今のところは不満が抑え込まれている」という。

「数年後はドバイのように」

ビジョン2030では、労働市場で進むサウジ人政策(外国人労働者の割合を減らす)を強化し、女性の社会参加も促して外国人労働者の国外送金を減らすほか、国内で映画などの娯楽を増やす。女性が運転する光景は当たり前になったほか、リヤド市内だけでも現在十数軒を数える映画館が、年内には30軒に増加するという。

10月末には、アメリカのプロレス団体による女子プロレスがサウジ史上初めて開催された。コンサートでは男女同伴が認められ、「数年後にはドバイと比較しても遜色がないほどの開かれた地域になる」との声もある。

在リヤドのサウジ人は「働く女性を増やす政策は進展しており、あちこちで女性の労働者がみられるようになった。雇用者側も女性を積極的に採用しており、男性にとっては逆差別のような状況になっている」と訴える。

サウジ人政策は、一時的には優秀な外国人を減らしてサウジ人を採用せざるをえない場合もあり、「教育など人材の質が向上していくにはある程度の時間がかかる」(政府関係者)と、過渡期的な問題も生じている。

一方、サウジ政府は観光業も経済の柱として育てることを狙っている。外国人に対して観光ビザも解禁された。最近サウジを訪れた日本人は「決してきれいとは言えなかった空港も見違えるようになり、お土産屋さんもできて、観光地としての魅力は徐々に高まっていくだろう」と評価する。すでに、中国人観光客が大挙して訪れているとの報道もある。

サウジで今、目立つのは若者たちの活気ある姿だ。首都リヤドなどでは、芸術や文化、技術に関する催しが相次いで開催されており、若者たちが自由に表現している。最近、あるイベントを訪れた前出の日本人は「アートのレベルは皆とても高く、別に本業を持ちながら独学でアートをやっている人も多かった」と言い、向上心のある若者も目立っている。

ムハンマド皇太子が設立した 「ミスク財団 」などが若者の活動を積極的に支援していることも、若者たちの意欲を駆り立てる。さらに、「サウジの若い起業家たちは、ITやAI(人工知能)、ロボット技術などの分野に積極的に参入している」(在リヤドの実業家)と言い、石油に代わる産業の芽も出始めているようだ。

ビジョン2030の目標達成は微妙


ムハンマド皇太子をモチーフにしたアート作品も(筆者提供)

もっとも、あまりにも変化のスピードが速く、急激に社会の自由化が進んだため、一部の若者がはしゃぎすぎとの声もある。「女性が(伝統衣装の)アバヤをめくって踊る動画をSNSにアップするなど、顔をしかめさせるような逸脱行動もある」(現地のコンサルタント)との嘆き節も聞こえてくる。

サウジは、メッカやメディナというイスラム教の2大聖地を抱え、伝統や文化もあり、古きよきものを残しながらドバイのような近代都市とは違った、サウジならではの魅力をつくっていけるかどうかが重要になりそうだ。

ビジョン2030の改革目標自体も実現が危ぶまれている。失業率の7%への減少や、中小企業が占める国内総生産(GDP)の割合を20%から35%に引き上げ、女性の労働参加を30%に引き上げることなどを目標に掲げている。だが、このプランの策定に関与した政府関係者は「目標のうち約3割は目標値の50%程度しか達成できないだろう」と認める。

ビジョン2030は、アメリカのコンサルタント会社マッキンゼーが2015年12月に作成した報告書が下敷きになったと言われており、かなり野心的なものだった。ただ、「目標があまりにも高すぎたり、サウジの実情に合っていなかったりするものも多い」(政府関係者)とされ、サウジ王室は「ビジョン2030の実行に向け、外国コンサルを排除してサウジ国内のコンサルを採用するよう通達を出した」(同)という。

ただ、サウジ政財界の間には、改革を進めていくしかサウジが生き残る道はないとの共通認識があるという。現地のコンサルタントも「意欲的に学ぼうとする姿勢がある」と評価する。背景には、自動車の自動運転などの技術進歩や、二酸化炭素排出規制といった脱石油の世界的な変化とサウジも無縁ではないとの事情がある。保守的といわれてきたサウジ社会は、必要に迫られる形で想像を超えた速さで変貌を遂げつつある。