「ほぼ無音の“空飛ぶクルマ”は実現するか:ラリー・ペイジのスタートアップ、大きく進歩した試作機を披露」の写真・リンク付きの記事はこちら

グーグルの創業者ラリー・ペイジが出資する“空飛ぶタクシー”を開発するキティホーク(Kitty Hawk)が、このほど新たなコンセプトモデルを発表した。前進翼をもつ斬新なスタイルの8モーター搭載機で、従来型のヘリコプターに比べて100倍の静音性を誇るというものだ。

カリフォルニア州マウンテンヴューを本拠地とするキティホークは、この新型機を「Heaviside」と名付けた。20世紀初頭に数学や電気工学、通信の分野で多彩な理論を展開し、革新の先頭に立った著名な物理学者であり、電気技師でもあったオリヴァー・ヘヴィサイドにちなんだ名である。

着実に進化した技術

Heavisideの登場を最初に報じた「TechCrunch」によると、この新型機の開発には2年に及ぶ月日が費やされたという。短い動画で披露されている飛行高度や飛び方を見る限り、キティホークの技術はかなり進歩したようだ。「空飛ぶクルマ」の異名をもつ電動式のほかの垂直離着陸機(VTOL)に比べて、明らかに性能がアップしている。

同社はこれまでさまざまなコンセプトや試作機を発表してきたが、飛行高度の点でHeavisideに勝るものはない。キティホークの広報担当者によると、これまでのところ遠隔操作によるHeavisideの試験飛行はすべて成功しているという。

キティホークが自社の航空機を公開するのは今回が3回目となる。1機目の「Flyer」は、地上3〜10フィート(91〜305cm)をホヴァリング飛行できる1人乗りのレクリエーション用小型機だった。それより大型でニュージーランドでテスト飛行中の「Cora」は、10基のローターを備え、Uberに代表される空飛ぶタクシー(エアタクシー)の市場をターゲットとしている。

Heavisideにはどんなゴールが設定されているのか、キティホークはほとんど説明していない。しかし、この機の洗練された外観と戦略的に備えられた高度な静音機能のおかげで、同社はアーバンモビリティの王座を狙う有力候補になりつつあるようだ。

騒音問題が鍵を握る

ペイジの出資によって創業したキティホークは、現在はセバスチャン・スランが指揮をとっている。スランはグーグルで「Google X」を立ち上げたほか、Waymoとして分社化した自律走行車の開発事業に携わった経験をもつ。スランは音の特性を非常に重視している。都市部において空の交通が一般の支持を得るには、騒音が最大の課題となるのは確実だからだ。

動画からもわかるように、上空1,500フィート(約460m)を飛行するHeavisideが発する音は、かろうじて38デシベルといったところだ。これに対して同じ高度を飛ぶ従来型のヘリコプターは、60デシベルもの騒音を発する。

19年4月にスランが『WIRED』US版に語ったところによると、彼の描く最終的なヴィジョンは「交通渋滞のない世界」だ。その実現は技術の進歩にもよるが、それと同じくらい社会がHeavisideのような航空機を騒音問題も含めて受け入れるか否かにかかっている。「この10年ほど問われ続けてきた問題です」と、スランは言う。

Heavisideは両翼に6基、前方の小翼に2基、計8基のモーターを搭載している。プロペラを下に向けて垂直に浮かび上がり、後方に向けることで水平方向への推進力を得る仕組みだ。翼が水平飛行中の揚力の大部分を生み出し、プロペラはローターの回転速度の相対差によって低速飛行中のスピードをコントロールしながら、機体の縦横の揺れと傾きを制御する。

キティホークの並々ならぬ意欲

キティホークは前進翼を採用した理由を明かしていないが、おそらくこのタイプの翼を用いることで翼の前のスペースにゆとりができ、操縦しやすくなるためと思われる。これは過去の数々の飛行実験からも考えられることだ。

なかでも知られているのは、1980年代に実施されたグラマンの「Grumman X-29」戦闘機の試作機を使った実験である。グラマンが自社機に取り入れた前進翼の技術は、航空力学的にも安定性の面でも課題を含んでいたが、Heavisideに搭載されているモーターはこうした問題を克服できたようだ。

電動のエアタクシーについては、これまでに数十もの開発プロジェクトが進行している。キティホークはこれまでずっと、競合するBeta Technologies、Joby、Lilium Aviationと並んで業界のフロントランナーと目されてきた。飛行中の機体を実際に撮影した映像は少ない。それだけに今回公開された動画からは、「空飛ぶタクシー」構想の実現に向けたキティホークの並々ならぬ意欲が見てとれる。

「空飛ぶクルマ」の時代がやってくるという話はあまりにクレイジーだといぶかる向きには、Wikipedia英語版にあるオリヴァー・ヘヴィサイドのページをご覧いただきたい。そこにはペイジとスランが喜びそうな一文がある。

「人生の大半を科学分野の大御所たちとの対立に費やしながらも、ヘヴィサイドはのちの世の電気通信、数学、科学を一変させたのだった」

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