三軒茶屋にある薬酒Bar「TradGras Cafe×薬酒」では、約100種類の薬酒メニューを提供している(筆者撮影)

三軒茶屋、猫の通り道のような細い路地が入り組む怪しげな一角に、ひっそりとたたずむバーがある。知らなければ見落としてしまうような店のドアを開けると、やっと5人ほどが並べるぐらいのカウンターを備えた店内となっている。

その店の売りは、美容・健康効果をねらった薬酒。

現在、都内を中心に千葉、名古屋、大阪、沖縄など27店舗を展開する「薬酒Bar」が2006年にオープンした第1号店だ。

自分に合う「薬酒」をバーで楽しむ

薬酒Barでは、身近な野菜やハーブから、漢方薬局が扱うような珍しい薬草・動物性素材など、さまざまな薬効のある材料からつくる「薬酒」を楽しむことができる。

客にとっての大きなメリットは、薬酒の知識をもったバーテンに、人間関係や仕事、健康など、気にかかっていることをあれこれ話しながら、自分に合う薬酒をすすめてもらえることだ。


HAREMUNE代表取締役の桑江夢孝氏。芸人、アパレル会社の社長、アーティストのプロモーションマネジャーなどユニークな経歴をもち、経営や企画を一通り経験。このことが、バーの開業にあたっても役立ったそうだ(筆者撮影)

薬酒Barを展開するのは、HAREMUNEの社長・桑江夢孝氏。奥様の病気を治療したいと、中国、東南アジア、中南米をめぐった時期がある。世界のさまざまな生薬についての知識を身に付けるとともに、最終的に中医学を基本とする健康法にたどり着いたそうだ。

中医学の考え方では、体質や症状・季節によって、食物との相性が異なる。日々の食事で相性のよいものをとっていくことで体調を整え、病気を防ぐという。

桑江氏は中医学の教えにのっとり、妻とともに食事や生活習慣を整え、体を冷やさないよう心がけた。また、妻にはラズベリーリーフ、ネトルといった妊活によいという成分を始め、体質や季節に合う素材を配合した手作りの薬酒を飲ませていたという。

「脳内にできた腫瘍のため、医師には子どもは諦めるよう言われていました。しかし薬酒などの食事療法を始めて5年目に、子どもを授かりました。この薬酒の効能を広く知ってもらいたい。その思いが、薬酒Barを開業した大きな理由です」(桑江氏)

このとき、医師に止められつつも無事出産しただけでなく、その後も2人目を妊娠・出産。中医学にのっとった食事や生活を家族で続けているそうだ。

なお、こうした奥様の治療に関わるストーリーを含め、半生をつづった『僕の人生を変えた薬酒の話』という書籍が発刊されている。こちらでは、83種の薬酒のレシピも掲載されており、参照することで「二日酔い」「風邪予防」など、体の状態にあった薬酒を自分で作ることができる。

それにしても、薬酒といえば真っ先に思い浮かぶのが「養命酒」。「毎日朝晩に1杯ずつ」というイメージがあり、大人空間のバーとはそぐわない。それでも、桑江氏はバーという形態にこだわった。


ショウガや秋ウコンなど6種類の薬草を配合した薬酒ビール「MUGIZEN」(1200円)。ベルギービールのような味わいだ(筆者撮影)

「生活習慣病などの病気の原因はいろいろありますが、大きなものが体の冷えとストレスだと考えています。『バーテンダーは医師であり、精神科医であり、心理学者である』という、ある有名なバーテンダーの言葉があるのですが、ストレスを癒やす場として、やはりバーが最適だと思いました」(桑江氏)

アルコールは肝臓に負担をかけるため、飲み過ぎはもちろんよくないが、酒にはそもそも健康によい効能があるそうだ。医の旧字体に「酒」を意味する「西」が入っていることからもわかるように、治療に酒を用いていた歴史もある。何より、体によい成分を、ストレスを解消しながら、おいしく楽しく取り入れられるのが、薬酒のよいところだという。

また、中医学の考えをルーツとする薬酒において大切なのが、素材との相性だという。バーではいろいろな薬酒を試して、自分と相性のよい素材を探すことができる。

目的・効能別に約100種類の薬種メニュー

薬酒Barで扱う素材・食材は、アジア・アフリカ・ヨーロッパ・南米の4大陸から集められたもの。アルコールにも「漢方酒」「複合酒」「果実酒」「強壮酒」の4つの種類があり、素材とアルコールの組み合わせでほぼ無限にメニューを考え出すことができるそうだ。

また薬草というとまずい、苦いという印象がある。実際、口に合いにくい味のものも多い。薬酒ではそれを、炭酸やジンジャエール、果実などで和らげて、おいしく飲むことができる。

メニューはエネルギー補給やアンチエイジング、風邪予防など、目的・効能別に構成。店によっては約100種類の薬酒メニューを並べているところもある。


薬酒ワイン「LIBIDO」(グラス800円)。外国産のブレンドワインにクコの実、蓮の実、ローズペタル、マカなど6種類の薬草を配合したもの。まろやかで飲みやすい(筆者撮影)

また、薬酒Barで開発したオリジナル商品である、薬酒ビール、薬酒ワイン、ハーブコーヒーなども注文できる。価格は店やメニューによって異なるが、カクテルならだいたい1杯800〜1000円ぐらいだ。

「ワインは『リビドー(本能)』という商品名なのですが、女性の強壮の効能があるハーブを配合しています。『肉食系』になるといいますか(笑)」(桑江氏)

男性の強壮系によいといわれる薬草は多いが、女性への効果があるものは珍しい。桑江氏によると、ホルモンバランスを調整する生薬も配合されているそうだ。

さて、5坪ほどの小さなバーから出発した薬膳Bar。開店当時はまったくと言っていいほどはやらなかった。桑江氏自身「“薬”とついている時点で、飲食店としてはNG」と評価している。

それでも、桑江氏の友人など最初の客から、少しずつ、口コミで客が来るようになっていったという。何らかの難しい病気を抱えていて、わらにもすがる思いで訪れた客も少なからずいるそうだ。2店舗目、3店舗目を名古屋と出店を続け、27店舗まで拡大。同じ三軒茶屋では3店舗を出店している。

「三軒の茶屋から始まったという土地のルーツにちなんだわけではないのですが、3店舗の薬酒Barが三軒茶屋にあることになります(笑)」(桑江氏)

加盟店は、フランチャイズというよりはボランタリーに近い契約で増やしているという。やはり薬酒の効能や「薬酒を広めたい」という桑江氏の理想に感じ入るところがあり、開業する人が多いそうだ。開業する場合は一定の初期費用+月々ののれん代が必要となる。薬酒についての基礎知識も、既存店舗での実務研修を積んで身に付ける。

薬酒Barの経営におけるメリットとは

現在、桑江氏はバーテンダーとして店に立つことはほぼしていない。2号店や3号店も事業パートナーに譲り、自身は講演活動や加盟店希望者への研修などを担当している。

「事業としてはかつかつ」と自身では表現するものの、それぞれの薬酒Barの経営は順調といってもいいようだ。

新規参入の7〜8割が3年以内に潰れるという厳しい飲食の業界にあって、薬酒Bar加盟店27のうち5店舗は10年超えとなっている。

店舗の場所や広さによって異なるものの、10坪前後の店で日に30〜40人の客が訪れ、月に300万〜500万円の売上げがある。大きな店では1000万〜2000万円を売り上げるそうだ。また店舗形態やメニューもオーナーの個性を反映してさまざま。おつまみだけでなくしっかりした食事を提供するほか、ランチ営業をしているところもあるそうだ。

なかにはウェディング事業を行い、乾杯を薬酒で行うという店も。人気店のポイントとなるのはやはり、客対応とのことだ。

薬酒Barの経営におけるメリットの1つとして、「低原価・高単価」が挙げられる。薬酒のベースとなるのは、主にホワイトリキュール。高いお酒を使うと、クセが強すぎてかえって薬草と合わないのだそうだ。薬草の原価はもちろんピンからキリまであるが、例えばショウガや、みかんの皮からつくられる陳皮のように、身近な食べ物も立派な薬酒になる。

また近年、健康への関心が非情に高まっている。薬酒Barという店名のインパクトに対しての注目度も昔とは変わってきており、マスコミに取り上げられることも多くなっている。

当面の目標は、3年以内に100店舗まで増やすことだそうだ。

「この事業を通じて目標としている理念があります。それをかなえるために、まずは資本力をつける、そして信用力を上げることが重要だと考えています」(桑江氏)

薬酒・薬膳酒の普及など、さまざまな活動も行っている

その理念とは、「ふるさとの伝統と文化に貢献すること、家族・社会・世界の健康に寄与すること」。健康関連の事業で、医療機関でない場合はどうしてもうさんくさく見えてしまう。公的機関との関係をつくり、信用度を上げることがまず重要だと考えているそうだ。

そのための第一歩として、桑江氏は2016年に一般社団法人薬酒・薬膳酒協会を設立。講演活動や、薬草園などの運営、薬酒アドバイザー技能士の研修および技能検定に関する事業といった、薬酒・薬膳酒の普及と伝統療法の振興に資するさまざまな活動を行っている。

医師をはじめとして300人が集まる統合医療研修会(一般社団法人日本がん難病サポート協会主催)にも毎年参加している。

自分で自分の健康を守る、予防医学が注目されている。フィトテラピー(植物療法)の知識も、一般的に知られつつある。ハーブやアロマ、おばあちゃんの知恵と呼ばれるような民間薬、野菜なども利用できる。

もちろん現代医学を否定するものではなく、やみくもに自己判断すればいいというものでもないが、おのおのが健康を守るために、知識を身に付けるのは大切だ。薬酒Barもその1つとして、楽しく、おいしく利用できるのではないだろうか。