ドル円は105円前後で止まってくれるのだろうか。それとも「お盆休みの円高」となるのだろうか(写真:花火:PIXTA)

ドル円相場が重要な局面を迎えています。FRB(米連邦準備制度理事会)のジェローム・パウエル議長が「本格的な利下げ局面入り」を否定したことなどを受け、一時は1ドル=109円32銭をつける(8月1日)など、急速に円安が進みました。しかし、その後は米ドナルド・トランプ大統領が対中関税(第4弾の発動予告)を発表したことで一転、リスクオフの動きになって円高が進行しています。今後、為替相場はどうなるのでしょうか?

市場では「心理的な節目である105円程度が目先のドルの底」との見方も少なくありません。「大幅な円高にならないよう、政府が動くはず」などと行った分析もあり、8月のお盆み(18日くらいまで)を故郷や行楽地でゆっくり過ごそうと計画している日本の投資家も多いと聞きます。しかし、「不意打ち」を食らい、円高になってしまう恐れはないのでしょうか?今回は行動ファイナンスの視点からその可能性を探っていきます。

ドルは本当に反転して上昇するだろうか?

まず行動ファイナンスとは、 金融分野に心理の概念を取り入れたものです。理論と現実のギャップを埋めるため、伝統的なファイナンス理論への対立概念として登場した理論と言われています。行動ファイナンスでは市場は非効率で、株価や為替はマーケット参加者の感情に左右され、合理的とは言えない投資家の意思決定などで適正価格を逸脱したバブルなどが生じると説明します。つまり、「投資家にはなんらかのバイアス(偏見、ゆがみ)がかかってしまう可能性があり、合理的な投資判断を行うことはなかなかむずかしいですよ」と言っています。

このような行動ファイナンスの理論を用い、「日本の投資家が油断してしまっている現状」について見ていきます。

為替に少しでも興味のある方なら、今年の正月(1月3日)に、一瞬で1ドル=104円87銭まで急激に円高が進む「フラッシュ・クラッシュ」という現象が起こったことを覚えていると思います。

正月休みで日本人の参加者が少なく、流動性が低下する中、AIや機械的なアルゴリズム取引に加え、FX取引でレバレッジをかけていた個人投資家によるロスカットの動きなどが一つの原因とも言われています。

そうしたフラッシュ・クラッシュの動きを警戒し、今年初めての大型連休(10連休)前には、急激な為替の変動に気をつけるべきだという投資のプロやメディアなどの警戒コメントをよく見かけました。結局、為替に関しては10連休中には1月のようなフラッシュ・クラッシュは起きませんでした。

個人投資家の中には「なんだ〜。結局、大きな動きは生じなかったじゃないか」とか「まったく、オオカミ少年だな」などと警戒コメントをした人を揶揄(やゆ)するようなツイートも目立ちました。また「FXのレバレッジ取引でこれだけスワップポイントを稼げた」などといった自慢ツイートもありました。

今回も、「滅多に起こらないフラッシュ・クラッシュなんかに遭遇するはずはない」「虎穴に入らずんば虎子を得ず。チキンハートはスワップポイントを稼げない」などと妙な自信を持ったりする人もいます。「短期間で1ドル=105円台に入ったので、常識的に言ってここからの急激な円高はありえない」と自信たっぷりに投資家仲間に熱弁をふるう人もいます。

実際は取引参加者が減り、流動性が低下する局面では、平時と違い、ちょっとした注文の偏りで大きな値動きが生じる確率が高いのです。しかし大型連休中にフラッシュ・クラッシュに遭遇しなかったので、今回もそうした事態は起こらないだろうと高をくくる「過小評価バイアス」に陥っているのかもしれません。さらには「自分は為替のことはよく知っている」といった「自信過剰・過信」や、「小数の法則(表が出過ぎているので次は裏が出るだろう)」などのバイアスも生じているかもしれません。

「1ドル=105円程度で止まる」は本当か?

そもそも「105円」という数字はどこから出てきたのでしょうか?行動ファイナンスの世界では一つの数字がアンカー(基準)となって投資行動が縛られるバイアスのことを「アンカリング」と呼んでいます。

例えば、まさにキリのよい数字としての1ドル=105円がそれにあたります。その数字自体は根拠がないものですが、わかりやすいので数字自体が判断の基準になってしまい、投資の意思決定に使われたりします。前回、正月に起こったフラッシュ・クラッシュの時に下落した水準が1ドル=104円87銭なので、今回もその数字がアンカーとなって1ドル=105円程度で止まるだろうと思っているわけです。

また、「検索容易性」というバイアスもあります。これは、たまたま利用しやすいデータで物事を判断してしまう傾向で、例えば、ネット証券に組み込まれ、自分が使いやすい投資判断ツール(チャートやバリュエーション指標など)だけで容易に判断してしまうことが挙げられます。もっと具体的にいえば「チャートでゴールデンクロスが出た通貨を選択して投資判断を行う」「PER(株価収益率)が低いランキングのみで個別銘柄の投資判断を行う」などです。

では、なぜこうした投資判断の仕方は問題があるのでしょうか?

その答えを探るべく、前述の「アンカリング」「検索容易性」などの投資家のバイアス事例で説明しましょう。

今、ある個人投資家がネット証券でテクニカル分析ツールの一つである「フィボナッチ・リトレースメント」の節目の値を、トレードの判断基準にしていたとします。

フィボナッチ・リトレースメントとはある期間の高値、安値をもとに、戻りのメドや節目をはかる分析手法です。ドル円でいえば、2015年以降のザラ場の円高、円安の水準をそれぞれ安値(2016年6月24日の99円02銭)、高値(2015年6月5日の125円86銭)として節目を計算した場合、50%の水準が112円44銭、38.2%の水準が109円27銭、23.6%の水準が105円35銭、などと計算します。

つい最近までのドル円レートの価格の範囲が109円27銭(38.2%)と105円35銭(23.6%)の間で推移しているので、「105円35銭近辺もしくは、やや行き過ぎたとしても心理的節目の105円程度で止まるので大丈夫だ。フィボナッチ・リトレースメントの考え方は分かりやすいし、結構当たる。だから今回もその投資判断が正しいに違いない」と短絡的に信じ込むことなどがまさに「アンカリング」「検索容易性」「自信過剰・過信」のバイアス例として挙げられます。

もし本当に105円35銭前後で止まるのであれば、良いバイアス、つまり自分に適した投資の判断軸を持って成功した良い「アンカリング」となります。一方、ドル円がその水準で止まらなかった場合は、「思い込み」からリスク管理であるロスカットができなかった投資の失敗例として、悪い「アンカリング」になるわけです。

105円前後で止まるという保証はない


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ここでいいたいことは、投資成果の視点では、利益が上れば「良いバイアス」、損をすれば「悪いバイアス」ということになり、「バイアスを持つ投資家=非合理的な投資家」ということでは必ずしもないと言うことです。

これを筆者と仲の良いFX個人投資家に話をしたら、「なんだ。バイアスを持つ投資家を失敗の典型例のように言っていたわりに、結局は利益を上げれば良いバイアスを持つ合理的な投資家みたいになるわけか。『夏休みに日本人がフラッシュ・クラッシュの円高で損失を拡大させる恐れがあるかもしれない』という見方も、結局は一つのバイアスじゃないか!」と言われました。

もし105円前後を突破すれば、今後は心理的節目の100円や、2015年以降のザラ場の円高水準である99円02銭(2016年6月24日)が視野に入ります。

「己を信じたものだけが救われる。レバレッジを存分にきかせてここからの円高余地の小さいドル円の強気のロング(ドルの買い持ち)あるのみ!」などといって、強気のFXポジションを積み上げていたら・・・。いずれにしても、フィボナッチ分析が有効でも、ドル円が105円前後で止まるという保証はありません。