「なでしこケアでは、日本女子サッカーの未来のために私たち女子選手が、何ができるかを考え、探し、行動していきます。この活動を通して、女子サッカーの価値を高めるとともに、多くの少女たちに『なでしこみたいになりたい』『なでしこを目指したい』と思ってもらえるような、そんな憧れられる存在になりたいです」 ――7月12日、わずかに緊張した面持ちの熊谷紗希(オリンピック・リヨン)のこの言葉から、一般社団法人なでしこケアが第一歩を踏み出した。


なでしこケアの設立イベントに登壇した左から近賀ゆかり、熊谷紗希、大滝麻未

 女子サッカー現役選手による社会活動をはじめ、さまざまな活動の拠点が誕生した。それがなでしこケア、通称”なでケア”である。ここまでゼロから現役アスリートが作り上げた団体があっただろうか。今年6月にFIFA女子ワールドカップを戦い終えたばかりの熊谷が代表理事になり、2011年W杯の優勝メンバーでもある近賀ゆかり(オルカ鴨川FC)が理事に就き、この未知なる道を切り開いていくことになる。

「最初に大滝(麻未)からこの話を聞いたとき、すごくいい活動だと思いました。同じことを思っていても実際にどうすればいいかわからないっていう選手は多かった。海外の選手は自分の将来についてすごく考えているし、発言とか発信力とか誰が見ても引き込まれる。そういう存在に私たちもなれるようにしていきたいし、そういうことをみんなで考える空間に自分も入りたいと思いました」

 こう語っていた熊谷は代表理事を快諾し、積極的に選手たちにこの活動の意義を自ら説いて回った。

「サッカーをずっと続けていく中で、サッカーしか知らない、ほかのことを何も勉強せずにここまで来てしまったという選手のひとり」と自身のことを例にしたのは近賀。アーセナル・レディース(イングランド)、キャンベラ・ユナイテッド(オーストラリア)、杭州女子倶楽部(中国)など、海外でもプレー経験を持つ彼女は海外の選手の行動を目の当たりにしてきた。

「中国の選手はこれだけプロ生活を続ければセカンドキャリアでここに行けるという、ある意味のプロ意識がある。日本の選手よりも次のことを考えて行動している選手は多い」(近賀)。

 だからこそ、なでケアの活動を通して、サッカーを続けてきた自分たちだからこそできることは何かということに向き合っていきたいという。

 この日会場で配布された資料をはじめ、会場設営なども、選手たちとその意志に賛同した有志によってすべて運営された。そこに選手ひとりひとりの意志がなければ、これだけ多くの人たちの協力は得られなかっただろう。設立イベントでは、「公益財団法人 難病の子どもとその家族へ夢を」との協定宣言と調印式も行なわれ、今後の活動への決意を感じさせる1時間だった。
 
「想像以上に選手たちからの反響があって本当にホッとしています」

 設立イベントを終えて、試合を控えていたことで会場に足を運べなかった選手たちから、続々と反響が届いたことに安堵の表情を浮かべたのは、この団体創設のきっかけとなる声を上げた大滝麻未(あみ/ジェフユナイテッド市原・千葉レディース)だ。理事兼事務局長ということになっているが、この団体のすべての部門に精通して働く大黒柱である。

 2015年に現役を引退した大滝がFIFAマスターを習得したのは2017年。同期には世界的プレーヤーであるパク・チソンも名を連ねる。

「FIFAマスターというだけあって、パク・チソンをはじめ、サッカー好きが集まってくる。現役中よりサッカー漬けの一年でした。授業が終わってみんなでサッカーして、サッカーを見て、サッカーのことを話す。男女関係なくチャンピオンズリーグを獲った人としてリスペクトしてくれたり(大滝はリヨン時代に女子CLで優勝)、サッカーの力をすごく感じましたね。同時に現役でいる価値を再認識しました」(大滝)。

 帰国すると現役復帰を決断。そして海外でプレーする選手たちと集まった際に、その経験も含め、選手たちがそれぞれの想いを伝えあった。これがなでケア設立の種になる。その想いを形にするノウハウを学んできたばかりの大滝に火がついた。

「女子サッカーの課題として一番感じていたのがプロ意識。そこが日本の選手には絶対的に欠けていた。それはプロとしてお金をもらっているとかいないとかではなくて、自分が日本のトップリーグでプレーしている責任とか、覚悟とかそういうのが足りない。何となく大学とかから同じ生活リズムなんです。練習前に勉強していたのが仕事になって、生活に変化がないまま、ステージが変わっている感じがしないんだと思う。まずそこを変えていくためのワークショップをやりたいと思った。それが第一歩ですね」(大滝)。

 実はこのなでケアは今からちょうど1年前、正式に立ち上げを視野に入れながら選手のためのワークショップを開催している。国内外で活躍する20数名の選手とOG、サポートスタッフなど50名規模で行なわれたこのワークショップでは、女子サッカーの価値についてのフリーディスカッション、ゲストスピーカーによる講演、自分たちがどんなことをしていきたいのかなど、活発な意見交換がなされた。ところが、ここでぶちあたったのが資金の問題だった。

「自主性を重んじるとは言っても、できれば交通費を出せる位の体制を作っていきたい。でもこの時は、結構交通費とかの経費がかさんで……(苦笑)。スポンサーを探さないといけない!と思って、資料を作っていろいろ回りました。でも、私たちが本当にやりたいことと、企業にとっての魅力的なプロジェクトとのギャップは絶対にある。本当に悩みましたね。団体を立ち上げても資金がなければ何もできないって思っていたんですけど、企業を回ったり、いろんな人と出会って話をしていくうちに、会場などのリソース提供を含めて、いろんなやり方があると気づきました」

 これらの活動を選手の立場で行なうのは困難を極めたが、そこで役立ったのが他でもないFIFAマスターで学んだことだった。

「まず助けられたのがステークホルダーマネジメント。スポーツ団体は、例えば協会、リーグ、クラブ、選手って、関わるステークホルダーが多い。それをいかにつなげていくか。選手団体とは言え、クラブ、協会、リーグともしっかりと関係を築いていかないといけない。これはFIFAマスターで学ばなかったら理解できていなかったと思う。強引に進めていたかもしれないし、そもそもやっていたかどうかもわからない(笑)」

 そしてもうひとつ、大切なブランディングの面でもFIFAマスターで得た知識が大いに役立ったという。

「前は企業のミッションとかビジョンとか気にしたこともなかった。でも、この企業はこういう想いがあって、こういうビジョンを掲げてるんだってすごく気にするようになりました。ブランディングのところは、なでケアとしてどんなビジョンを持っていくのか、ミッションはなんなのかっていうところ、そこがブレないように、関わってくれる人もそうですし、選手もそこをしっかりと共有していかないといけないと思っています」

 このビジョンを貫くためには、選手たちの自主性、自立性を育まなければならない。その点でも大滝はいくつかアイデアを持っている。

「年に10回程度の選手向けのワークショップを考えています。以前のワークショップでもすごく難しく考えている選手も多かったんです。それを明確に理解するには、ワークショップだけでなく実践も大事。そこで女子サッカーの普及の取り組みを提案しようと思っています。サッカースクールなど、選手たちは楽しそうにやってますよね。でも、その意味を理解すれば、取り組み方も変わってくるはずです。合わせて『難病の子どもとその家族へ夢を』と協力した活動も積極的にやっていきたいですね」

 受け身だったこれまでの選手の姿勢を根本的に変え、自立することで自身の価値を理解していくこと、人生のキャリアを充実させる場所を作ること――。長期的な取り組みになるが、継続することに意義がある。多くの選手が賛同することでムーブメントは起きる。それを絶やすことなくつなげていけば、女子サッカーが”文化”として受け入れられている環境が必ず訪れるだろう。