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ベン・ゲーツェル×石井敦 対談(全3回)

(前編)汎用の分散型AIが、30年後の「世界」をつくる(中編)人間はやがて「分散型AIネットワーク」の一部となる(後編)未来の地球は、マシンによって管理された“国立公園”になる?

<前編から続く>

脳との通信が生み出す「心のネットワーク」

石井敦(以下A):AIと同時に進化しているものとして、ユーザーインターフェイスが挙げられます。PCからスマートフォン、スマートスピーカーへ。次は何でしょう?

ベン・ゲーツェル(以下B):すぐにブレイン・コンピューター・インターフェイス(BCI)が実現するでしょうね。

A:脳と直接データ通信するということですか?

B:そう、直接です。

A:その場合、どうやって脳の指令をコントロールするのだと思いますか? 例えば、スマートフォンを操作している場合は、タッチするかどうかを考えて、結論が出たら画面にタッチしますよね。

BCIの場合、考えている状態と意思決定した状態をうまく切り離して判断できるのかに興味があります。例えば、わたしがダイエット中だとして、目の前にケーキがあったら、気持ちは「食べたい」けど、もちろん食べないほうがいいので自分のなかで検討が必要です。どうコントロールできるのでしょうか?

B:BCIは、自分の心理や衝動をコントロールする意味では非常に大きな価値をもつでしょう。わたしは、そもそも自分の脳や体に根底レヴェルのアクセスがない現状がおかしな状況だと思うんです。脳が何か好ましくないことをしていたときに、コードを修正したりできませんよね。

A:われわれは脳を都合よく動かす方法を知らないですからね。

B:われわれは退屈な強化学習と練習をもってしか脳を調整できないんです。でも、一度脳と直接接続できるようになれば、「もうこんなに人を傷つける女性に恋なんてしたくない」「もう糖分をとりたくない」といったときにも、突然興味をなくすことができるようになるでしょう。「これから1カ月間、毎日プログラミングに集中したい」というときも、コードを脳内コンピューターのプラグインにアップロードすることで、脳に調整を施せるようになるわけです。次の瞬間、思った通りに集中できるようになるのです。

いまは不可能に聞こえるでしょうが、結局のところ脳はニューロンとシナプスと電気と化学でできているんです。今後数十年で実現されるでしょうね。

わたしがAIで好きなのは、座ってプログラムをしていれば何かを達成できるところなんです。BCIの実現には倫理的懸念もありますし、人間の頭を開くので実験のスピードは遅いでしょう。でも、イーロン・マスクはニューラリンクに取り組んでいますし、それほど名が知られていない企業やプロジェクトも多数あります。日本と中国はこの分野に長く取り組んでいますよね。

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ただ、そこに到達する前にも、ユーザーインターフェイスでいくつもの革命が起きるでしょう。いまはまだ、複雑な作業に耐えうるほど高度な音声インターフェイスはありません。でも、毎年どんどん性能が向上していくのを見ていると、実現は近い気がするのです。

今後数年で、わたしたちがタイピングする機会はぐんと減り、声を使うようになります。またBCIがなくとも、シンプルなウェアラブルデヴァイスを使って前運動皮質から“心の声”を読み取ることが可能になるでしょう。言わんとすることが声に出す前にわかるのです。この音声革命は、まだ進行中です。

そしてBCIが実現すれば、それはあらゆる物事に変化をもたらします。“脳内SMS”を周りに送ることだってできるようになるんですよ。高校生はみんな脳内SMSで一日中ずっと噂話を続けるでしょうね。オフにすることもできるでしょうが、周りが話す自分の噂話も聞こえなくなるので、そんなことはしないでしょう。

チームで行うプロジェクトでは、脳内メモを回すようになります。これはすごいことですよね。そんななかで接続を切るのは馬鹿げています。インターネットもコンピューターももっていないのと同じ状態になってしまい、なんの情報も入ってこなくなってしまうのですから。

しかし、常に他人にメッセージを送り続けている状態だと、やがて個人の意志や自己といった感覚が失われますよね。すると人は「心の社会」を構築するようになるのです。さらに、AIも脳内メッセージを送るようになるでしょう。人間もまたSingularityNETのような分散型AIネットワークの一部となるわけです。この知能の束が「心のネットワーク」という次のレヴェルへと、われわれを押し上げます。これがわれわれの行く先です。

ニューロサイエンスとインターフェイシング、IoT、AIネットワーキングやチップデザインといった分野をすべて融合させるでしょう。こうした技術の集合体がもつ力を考えると、これらは米国や中国の一部の大企業や軍事組織、諜報機関などではなく、民主的で非中央集権的な方法でコントロールされるべきです。

自分自身のデジタルツインのことを考えてみてください。それは誰が管理するのでしょうか? 自分のデジタルツインをつくるうえで最適な人物、組織は誰なのでしょう? グーグルや米国、中国といった国家の軍事組織などは、おそらく自らのサーヴィスや監視機関を通じてあなたのデジタルツインをつくり、無断で管理するうえで十分な量の情報を集められてしまいます。でも、それはわたしたちが望むことではないはずです。

わたしたちは自分で自分のデータをコントロールでき、自らのデジタルツインを作成するといった具合に、AIによるデータの活用方法を自分で制御できる世界を望んでいます。あなたのデジタルツインは、それが自律できるくらい賢くなるまでは、あなた自身によってコントロールされるべきです。一度自律し始めれば、デジタルツインはコントロールの対象というよりも、友だちや双子のような存在になるでしょう。

ベン・ゲーツェル | BEN GOERTZEL
AI研究者。1966年生まれ。ブロックチェーンを活用したAIプラットフォーム「SingularityNET」のチーフ・サイエンティスト兼最高経営責任者(CEO)として、AI間でさまざまな取引を実行するための非中央集権型マーケットプレイスの構築を目指している。Aidyia HoldingsとHanson Roboticsのチーフ・サイエンティスト。「Artificial General Intelligence Society」会長なども務めるほか、AIロボット「ソフィア」の生みの親でもある。AGI(汎用人工知能)の開発に取り組んでおり、AIの世界的な権威として知られている。

ミラーワールドを運営すべきは、一般参加型のコミュニティ

A:AIによる空間やミラーワールドを考えたとき、そこには現実に物理的に存在するもののコピーがデジタルツインとしてつくられていくと言われています。「ポケモンGO」は大変な人気になりましたが、それは始まりにすぎません。これからミラーワールドは、現時点ではわれわれが予想だにしないエンターテインメントを生み出すと思っています。

同時にミラーワールドでは、プライヴァシーデータやさまざまなビッグデータもつくり出されるでしょう。わたしはそのような状態でのデータコントロールを懸念しています。いまのインターネットは中央集権型で、グーグルやフェイスブックは膨大なデータをもっていますよね。われわれはどうやってミラーワールドを非中央集権的にできるのでしょうか?

B:そこには分散型AIがかかわってきます。さまざまな分散型コンピューティングを必要とする分散型VRやARも、「VR世界やAR世界にあるアイテムの分散型所有モデルをどうつくるか」という点でかかわってくるでしょう。

わたしはこれまで、さまざまなブロックチェーンプロジェクトやICOプロジェクトでこの手の話をしてきました。しかし、実際にローンチしたものはまだ少数です。だからこそ次の数年間が、今後何が起きるかを知る鍵となるでしょうね。

もちろん、こうしたものはソフトウェアエンジニアによる中央集権的なアプローチで組み立てるのがいちばん簡単です。ただし、分散型アプローチの利点は、その周辺にコンテンツやその成長を提供するコミュニティをつくりだせる点にあります。

A:オープンソースコミュニティのようにですね。

B:そうです。オープンソースコミュニティの次に来るのは、さまざまなトークノミクス(トークンエコノミー)モデルによって自分の創作物をマネタイズするコミュニティです。オープンソースは分散型所有を促進するという意味では非常に優れていますが、そのマネタイズモデルはこれまで多くの問題を抱えてきました。

例えば、レッドハットは340億ドルでIBMに買収されたり、MongoDBが自分たちのコードをアマゾンが名前を変えてマネタイズに使っていることに難色を示したりしていますよね。これらは、オープンソースと所有をハイブリッドさせたようなライセンスづくりが探られている例なのです。

しかし、さまざまなユーティリティトークンのエコシステムに支えられたトークノミクスモデルは、より広く分散化したマネタイズ方法を提供するとわたしは考えています。ただし、このアプローチが大規模に成功した例はまだありません。ですから、これはこういう方法もある、という話です。

対価の支払いやインセンティヴ付与の方法として、オープンソースにトークノミクスを追加するというアプローチが成功すれば、分散型エコシステムがあらゆる巨大企業にとって代わるでしょうね。

わたしがコンピューターをいじり始めた1970年代から80年代初頭には、IBMやワング・ラボラトリーズ、ハネウェル、ヒューレット・パッカードといった企業がありました。現存している企業もありますが、巨大企業と言えるものではありません。どれもグーグルやフェイスブック、アリババ、テンセント、マイクロソフトといったデータオリエンテッドな会社にとって代わられてしまいました。これと同じ変化を、小規模な分散型企業に起こさせるのです。そうすれば、オープンソースとトークノミクスが融合したエコシステムが成立します。

ミラーワールドやあなたのデジタルツインは、市場をベースにヴェンチャーキャピタル(VC)の資金で成長した巨大企業ではなく、一般参加型のコミュニティによって運営されるようになるでしょう。

A:一般参加型のコミュニティによる運営という方式は、例えば「Wikipedia」に似ている気がします。人々はWikipediaに共通の知識のデータベースをつくりあげました。おおむねWikipediaはうまく稼働していると思いますが、ミラーワールドで考えると、その世界のなかにWikipediaとは比べものにならない圧倒的な数のデジタルアセットをつくっていくわけですから、トークンなどによる新しい仕組みが重要かもしれませんね。

B:Wikipediaモデルは、ギリギリうまくいくかいかないかのレヴェルだとわたしは考えています。議論の余地がある記事、例えば「戦争」といった内容の編集については、Wikipediaは大きな問題を抱えていますよね。お金がかかわらなくともこんな状態なのに、ここにさらにお金を投入したらWikipediaは成立しないでしょう。評価システムやキュレーションシステムを組みあわせて、Wikipediaのようなモデルをもっと賢い方法でつくる必要があるのです。トークノミクスもここで役に立つでしょう。

石井 敦 | ATSUSHI ISHII
クーガー最高経営責任者(CEO)。電気通信大学客員研究員、ブロックチェーン技術コミュニティ「Blockchain EXE」代表。IBMを経て、楽天やインフォシークの大規模検索エンジン開発、日米韓を横断したオンラインゲーム開発プロジェクトの統括、Amazon Robotics Challenge参加チームへの技術支援や共同開発、ホンダへのAIラーニングシミュレーター提供、「NEDO次世代AIプロジェクト」でのクラウドロボティクス開発統括などを務める。現在は「AI×AR×ブロックチェーン」によるテクノロジー「Connectome」の開発を進めている。

分散型AIの基盤としての「分散型検索エンジン」

A:わたしは以前、楽天やインフォシークといった大規模検索エンジンの開発に携わっていました。Google検索は世界最大の中央集権型検索エンジンですが、わたしは中央をもたない分散型検索エンジンを開発したいと思っていて、それは世界中の人々にとって大変価値があると思います。いまの検索エンジンは中央集権すぎるんです。

B:その通りですね。さらに処理能力を分散化する方法も必要になっています。1998年に分散型検索エンジンをつくろうとしたんです。「Webmind」という名で、わたしが初めて興したAI企業でもありました。検索エンジンの開発は、97年から98年にJava 1.2を使って進めていたと記憶しています。ただ、これは非常に難しかった。グーグルも同時期に中央集権的な検索エンジンの開発をしていましたが、当然そういったアプローチのほうが簡単でした。でもいまの時代には、グーグルを超える分散型検索エンジンを開発できる技術があります。

分散型検索エンジンは、なぜこの検索結果が出たのか、自分のデータがどう使われるかが透明化されます。非常に価値のあることですよね。

A:検索エンジンとAIはとても似た性質をもっていますね。

B:AIは検索エンジンの“材料”なんです。

A:中央集権のグーグルの検索エンジンは、中央集権のAIエンジンへと進化しつつあります。だからこそわれわれが分散型検索エンジンをつくれば、分散型AIエンジン実現の可能性が広がると考えています。

B:さまざまな分散型の検索エンジンが貢献する大きなひとつの分散型検索エンジンをつくることもできますね。とはいえ結局、検索結果というものはさまざまなAIメソッドを組みあわせてその平均をとったものなので、わざわざひとつに集約する必要もないのですが。

また、自分自身のクローンを自分の検索エンジンとして無数につくりだすこともできます。それらがあなたの代わりに検索し、集めた情報を研究し、ほかのエージェントに意見を求めたりして検索作業を代行する。さまざまな分散型AIサーヴィスを利用するアシスタントをいくつもつくれるようになるわけです。〈後編へ続く〉

ベン・ゲーツェル×石井敦 対談(全3回)

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