日立とボンバルディアが公開したHS2向け車両のイメージ(画像:Hitachi Rail Europe)

イギリスで計画されている、最高時速360km仕様の高速鉄道新線用の車両納入に対する入札が6月5日に締め切られた。欧州メーカー4社とともに、新幹線車両の生産で実績を誇る日立もボンバルディアと組んで応札した。

この高速鉄道プロジェクトは「ハイスピード2(HS2)」と呼ばれ、まずはロンドンとイングランド中部のウエストミッドランズ州バーミンガム付近を結ぶ約360kmを第1フェーズとし、2026年の開業を目指す。

鉄道発祥の国・イギリスで蒸気機関車による鉄道の誕生からおよそ200年後に開業する本格的高速鉄道。メーカー各社が提案したのはどんな車両なのか。

まさに「英国新幹線」

イギリスには現在、「ハイスピード1(HS1)」と呼ばれる高速鉄道がある。これはロンドンとドーバー海峡トンネル(ユーロトンネル)のイギリス側出入口とを結ぶ路線で、国際特急「ユーロスター」や日立製高速車両「クラス395」が走っている。だが、同線はユーロトンネルとの接続を主な目的としており、国の都市間移動を支える動脈とは言いにくい。

また、日立製の高速車両導入プロジェクト「都市間高速鉄道計画(IEP)」が「英国新幹線」として紹介されることもあるが、これは在来線を走る旧型車両の置き換えプロジェクトのことで、新たに高速鉄道の路線を建設する計画ではない。

一方、HS2は都市間を結ぶまったく新しい高速鉄道新線をゼロから建設しようという計画だ。したがって、HS2のほうが日本の「新幹線」の意味合いに近い。

HS2は最高時速360kmでの運転を計画しており、現在は在来線で約80分を要しているロンドン―バーミンガム間の所要時間は45分となる見込み。列車はHS2から在来線に直通するため、スコットランド方面への所要時間も短縮される。

バーミンガムまでの第1フェーズに続き、第2フェーズはバーミンガムからマンチェスター、リーズを結ぶY字型の路線を建設する計画で、こちらは2033年の完成を目指している。第1フェーズとの合計総工費は560億ポンド(約7兆7400億円)に達する。

応札者の顔ぶれは?

欧州各国では高速鉄道網が発達し、フランスのTGV、ドイツのICEは主要都市をくまなく結んでいるほか、イタリアやスペインも高速新線が国内各地をつないでいる。しかし、前述のとおりイギリスにはこれまで本格的な長距離の都市間高速鉄道がなかった。

そんな背景もあり、これまで高速車両を製造し続けてきた各社にとってHS2の車両プロジェクトは「数少ない前途ある事業」として何としても落札したい案件となっている。

HS2計画を推進する政府出資の会社、HS2社は投入車両について「最高時速360kmで走れる高速列車54編成以上の設計、製造と保守業務の引き受け」という条件を提示し、2017年11月に候補となるメーカー5社を公表。その後1社を加え、6社に対し入札を求めた。契約額は総額27億5000万ポンド(約3800億円)に達する大事業となる。

応札した6社の内訳は以下のとおりだ(順不同)。

シーメンス(ドイツ)
アルストム(フランス)
日立レールヨーロッパボンバルディア(カナダ)のコンソーシアム
タルゴ(スペイン)
CAF(スペイン)

日立とボンバルディアは共同のため、応札者は全部で5者となった。今年2月に欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会が合併承認を却下したシーメンスとアルストムは、それぞれ単独で応札した。CAFは2018年に入札候補者に加えられた。

イギリスの案件への候補者ラインナップとしては妥当なところだが、世界最大の鉄道メーカーとなった中国中車(CRRC)の名はない。CRRCは過去数年にわたり、ドイツ・ベルリンで2年おきに開かれる国際鉄道見本市「イノトランス」をはじめ、イギリス開催の鉄道展示会などへHS2への関与を念頭に積極的に出展していたが、今回の入札には絡めなかった。

入札締切の6月5日には、日立+ボンバルディア、シーメンス、アルストムがCGによる高速車両のイメージを公開した。

イギリスで近年、目覚ましい実績を上げている日立は、ボンバルディアとタッグを組んで応札。この2社はイタリアの高速列車、フレッチャロッサ1000を共同で納入しており、今月には14編成を追加受注している。だが、イギリスではロンドン地下鉄の新規車両納入で失注しているだけに、今回巻き返しを図りたいところだ。

車両は「最も先進的で利用者本位の車両」という「グレート・ブリティッシュ(Great British)トレイン」。日立はイングランド北東部ニュートンエイクリフ(Newton Aycliffe)に、ボンバルディアはイングランド中部のダービー(Derby)にそれぞれ車両工場を運営しており、HS2プロジェクトの車両受注によって「地元経済や雇用確保に貢献」することをアピールする。

実績や英国内生産をPR


シーメンスが公開したHS2向け車両のイメージ(画像:Siemens)

シーメンスはドイツのICEをはじめ、スペイン、ロシア、中国で実績を上げている「ヴェラロ(Velaro)」シリーズでの成功を軸に、新型の「Velaro Novo」をベースとした車両でHS2への参入を目指す。

ヴェラロシリーズの車両は、イギリスと欧州大陸を結ぶ国際特急ユーロスターの新型車「e320」としても運行しており、イギリス国内を走る高速列車としての実績がある。同社はまた、イングランド北部ヨークシャー州への工場進出の意向を固めており、「国内での生産」を強調しつつ落札を目指す。


アルストムが公開したHS2向け車両のイメージ(画像:Alstom)

アルストムはフランスのTGVやイタリアの高速列車「イタロ(Italo)」などの実績を引っさげて受注を狙う。車両は「HS2でも在来線でも同様に快適な、モダンでフレキシブルな列車」。公開されたデザインは同社の新世代の高速列車「アベリア(Avelia)」シリーズの流れをくんでいるようだ。

同社はイギリスの西海岸本線を走るヴァージントレインズの振り子式高速車両「ペンドリーノ(Pendolino)」のメーカーでもあり、この車両はすでに20年ほど活躍している。国内で親しまれている同社製車両があるのは大きなメリットかもしれない。

スペインのCAFはこれまでイギリス向けにロンドン・ヒースロー空港へのアクセス特急「ヒースロー・エクスプレス」の車両や路面電車、近郊用列車などを製造しており、2018年にはウェールズのニューポートに車両工場を開設。今月も、ロンドンの自動運転鉄道「ドックランド・ライトレール(DLR)」の車両を受注した。

同社はスペインやトルコに高速車両を供給しており、製品ラインナップには時速350km対応の高速車両「OARIS」がある。イギリスでの存在感を高めつつある中で、高速列車でも受注を目指す。

スペインメーカーでは、フリーゲージ車両の製造で実績のあるタルゴ(Talgo)も応札している。

同社は2018年11月、スコットランドのエジンバラとグラスゴーの中間にあるファルカーク(Falkirk)近郊に工場を新設する方針を表明したほか、イングランド北部に開発拠点を開く方針も示している。同社はスコットランド拠点の収入の柱について「HS2受注に依存するわけではない」としているが、イギリスへの参入を虎視眈々と狙っている。

果たして予定通り進むのか

イギリス政府は2020年初めにも落札者を発表する予定だ。ただ、イギリスの鉄道業界は大プロジェクトになればなるほど、半年から2年ほどのスパンで遅れを起こす傾向にあり、果たしてすっきりと発表となるかは疑問が残る。今回も、当初は2019年内にも発注先が決まるとの見込みが示されていたが、半年あまり遅れた形となっている。

その上、HS2全体予算の膨張に対する懸念も生まれている。HS2社はコストを削減するため「運行本数を削って、トンネル内での走行スピードを落とす」といった方法を提案しているほか、上院の特別委員会からは「お金がかかるロンドン中心部の駅開設を諦め、郊外にターミナルを作るべきだ」という提案さえも飛び出している。はたして本当に「高速鉄道」としてのパフォーマンスを出し切れるものが生まれるかどうかは依然未知数だ。

高速鉄道の展開については欧州大陸の主要国と比べて遅れを取ってきたイギリス。鉄道発祥国としての威厳をここで取り返すのか、それともコスト削減との折衷案で期待はずれに終わるのか。イギリスのEU脱退による景気の悪化も危惧される中、車両の落札者だけでなく今後のHS2プロジェクト全体の行方も注視したいところだ。