裁判傍聴がライフワークの北尾トロさんが「忘れられない」という裁判がある。被告人は52歳の男性。恋愛結婚をして、妻子と幸せな家庭を築いていた。だが勤め先の倒産から不幸が重なり、いつの間にかその日暮らしの常習窃盗犯に転落していた。なぜ男性は自暴自棄になってしまったのか――。
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■模範社員が窃盗犯に転げ落ちた人生の坂道

なぜこの人がここにいるのだろう……。傍聴をしていると、そう思わせられる被告人に出会うことがある。

ごく普通に生まれ育ち、就職してマジメに働いてきた。結婚して子どもにも恵まれた。堅実だったはずの人生が、何かをきっかけに崩れ、坂道を転げ落ちるようにすべてを失ったあげく、犯罪に走ってしまうようなケースだ。

もちろんやったことは悪い。本人も罪を認めているので間違いなく有罪になるだろう。でも、自業自得だと切り捨てる気になれず、「もし自分だったら」と思いを巡らせてしまう。

傍聴したのは10年以上も前なのに、いまでもときどき思い出す被告人がいる。当時52歳の被告人は、無職でバツイチの独身。罪状は窃盗だった。

何をしでかしたのか。東京・浅草の路上で現金7000円が入った財布をひったくり、数日後、同様の手口で現金4万6000円が入ったバッグを奪って逃走したのだ。被害者がすぐ通報し、警ら中の警察官によって捕まっていた。逮捕歴は今回で4度になるという(すべて窃盗)。実刑を受けたこともあり、今回の事件は刑務所を出所して、わずか5カ月後に起こしたものだった。

■妻子との堅実な生活が「会社倒産」で歯車が狂う

もともと荒れた人生を過ごしてきたわけではない。一般企業に就職し、恋愛結婚して子どもも授かった。子どもは障害があったが、夫婦で愛情を注ぎ、育て上げていく気だった。弁護人から当時の生活について訊ねられた被告人が顔を上げて言う。

「幸福でした。障害があるから可愛がらなかったということもなく、それはそれで受け入れてやっていこうと妻と話し合っていました」

実直そうな表情や喋り方から、その話は本当だろうと思った。被告人はかつて、平凡だけど着実に、人生のコマを前に進めていたのだ。

その生活にほころびが生じたのは、勤めていた会社が倒産したことだった。定年まで勤め上げることを念頭に人生設計していた被告人一家にとっては計算外のことである。のんびり転職先を探すゆとりはなく、建築関係の現場仕事に転職。しかし、ここでまたも悲劇に見舞われる。仕事中の事故で脚に怪我を負い、それが元で退職を余儀なくされてしまうのだ。

■不運の連続で心が腐ってしまった男が堕ちた穴

経済的にはそれほど追い詰められていたわけではなかったが、気持ちが腐ってしまい、酒の量が増えていく。怪我で動けず時間を持て余したこともあって、短期間のうちに酒浸りの生活をおくるようになってしまった。ぎくしゃくし始めていた妻との関係も当然悪化し、とうとう15年前、離婚を言い渡されてしまう。

「子どもとも会えなくなり、まるで坂道を転げ落ちるように、すべてが悪いほうに向かっていきました」

だが、これだけでは終わらない。今度は被告人の父が自殺してしまったのだ。被告人は妻方の養子になっており、離婚によって相手側の親などに迷惑をかけたことを苦にしてのことだった。メンツを重んじる人だったのだろう。被告人は、親を自殺に追い込んだ不肖の息子として親戚じゅうから責められる羽目になり、逃げるように故郷を離れ、東京に出て行った。

勤務先の倒産→転職先での事故→飲酒癖→離婚(子どもとも会えない状態)→実家に戻る→親の自殺→単身上京

これらのことが、わずか2年足らずのうちに起きたのである。東京に出てからは酒を控え、職を転々としたが落ち着き先が見つけられず、人生の目標や生きがいを見いだすことができないまま、とうとう金に困って犯罪に手を染めた。しょせんは素人なのですぐ捕まり、初犯とあって執行猶予判決を受けたものの、いまの日本では前科者の再就職は難しく、ひったくりを繰り返すようになっていったのだ。

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■「一寸先は闇」は決してひとごとではない

なぜ飲酒に走ってしまったのか。妻子のためにも踏ん張るべきだったろう。いい歳をして、命を断つほど親の気持ちを追い込んでどうするんだ。贅沢を言わなければ、東京で立ち直るチャンスはあったのではないか――。外野席からはいくらでも言える。でも、そんなことは被告人自身、よくわかっていることなのだ。それでもどうにもできなかった。

かつては常識ある社会人だった人が、盗んだ金を生活費にすることしかできなくなってしまう。普通の人に起きた転落話だけに、聞いていて恐ろしくなるようなリアリティがあった。筆者のような自営業者にとってはもちろんのこと、堅実そうな仕事をしていても、少し歯車が狂えばたちまち行き詰まるのがこの社会なのだと。

その傾向は、いまやますます強まり、終身雇用の時代は過去のものとなっている。年金もあてにはならない。ということで、いかにして貯蓄や財産を増やすかに血道を上げる人が増えていそうだ。

■「離婚して妻子と別れたことで自暴自棄になってしまった」

でも、筆者がこの事件から学びたいポイントはそこじゃない。被告人は最終的に金に困って盗みを働くようになったが、元をたどればその原因は意志の弱さにあったと思うのだ。倒産と事故による社会からの隔離感は、被告人から自信を奪い取ってしまった。一家の柱がそうなると、強固に見えた家族の絆がもろくも崩れる。なにしろ障害がある幼い子どもがいるのだ。妻がその子を守り、育てるために、酒浸りで自暴自棄になった夫から離れようとしたのは無理のないことだったろう。

「会社が倒産したおかげでこんなことになったんだと恨んできましたが、自分はどこで間違えたかと考えると、やっぱり家族と離れたことだと思います」

弁護人の質問に答え、被告人が現在の心境を語り始めた。

「別れた子どもは18歳になっています。これからの人生をかけて、子どもを見守っていくことが、私のやること、やらなければならないことです」

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言うだけではなく行動も起こしている。前回の出所後、思い切って、別れた妻に連絡をとったのだ。声を聴くのは15年ぶりのことだった。

「電話で話して、女房がずっとひとりで子どもを育ててきたことを知りました。その後、会いに行き、車の中で長い時間話をしました。義父と義母が健在なので、いまはよりを戻すことができませんが、最近では毎日のように連絡を取り、自分としてはいつか復縁できればと思っています」

■涙ながらに決意表明した被告人は今どうしているだろう

そういう気持ちがありながら、こうして窃盗事件を起こした。「そもそも奥さんは、あなたが犯罪を繰り返していることを知っているのですか?」と、弁護人から誰もが気になる点についてツッコミが入る。

「女房には、この15年のことは言えずにいます。情けないことですが、これまで苦労をかけてきただけに言えない」

そこを乗り越えないと、復縁できたとしても形だけに終わってしまうぞ。傍聴席の誰もが同じことを考えたに違いない。それに応えるように、検察や裁判長から、いかにして人生をやり直すべきかと被告人は問われた。

「家族とコンタクトが取れるようになり、生きる支えが見つかった感じがします。罪を滅ぼしたら、仕事を見つけ、投げやりじゃない人生に復帰したい。私は、子どもがずっと車椅子の生活をし、流動食で生きていたことを知りませんでした。近くにいて、子どもを見守りたい。だから……、今度こそ女房に正直に話します。そして、たとえ許してくれなくても故郷に帰り、何かのときは力になれるようにしていきたいと思います」

平穏無事で波風の立たない人生などそうはない。健康、仕事、家庭など、くぐり抜けなければならないピンチはいつか訪れるものだと考えておくほうがいい。

問題は、それをどう受け止めるかである。などと書くのはカンタンだけど、実際にはピンチのたびに右往左往し、なんとかやっていくしかないのだろう。そんなときに助けとなるのは、通帳の残高よりも、自分なりの信念や生きがい、家族の存在など、生涯をかけて守っていきたいものなのかもしれない。

あの日、涙ながらに決意を表明した被告人は、いまごろどうしているだろう。故郷で家族とともに暮らせるようになっただろうか。それとも、ありのままの自分をさらけだすことを恐れ、犯罪常習者のままでいるのだろうか……。

(コラムニスト 北尾 トロ 写真=iStock.com)