消費者売上獲得のためのテックスタックには空白がある。ワシントン・ポスト(The Washington Post)は、それをアーク(Arc)で埋めようとしている。

ワシントン・ポストは、2016年以降他社へのライセンシングを行っているパブリッシングプラットフォームのアークに、サブスクリプションツールを追加したと発表した。具体的には、読者にメールアドレスを入力させる会員登録システムや、全面的あるいは部分的なペイウォール、有料会員用のカスタマーサポートチームに連絡するためのポータル、それにプログラミングやデザインのリソースがなくても割引プランのページを開発し、掲載できるページビルダーなどである。

将来的には、同社はクライアントへの機械学習ツールの提供を検討しており、実現すればどんな読者が有料会員になる見込みが大きいかを判断する材料になるだろう。アークのその他の機能とは異なり、パブリッシャーはアークのクライアントでなくても、サブスクリプションツールを利用できる。

サブスクリプションツールの価格は不明だ。アークの最高技術責任者、スコット・ギレスピー氏は価格に関する質問への回答を避け、クライアントがどれだけ登録ユーザーや購読者を増やしたいかによって変わるとだけ答えた。いまのところ、アークのクライアントのなかでツールを利用しているのは、ニュージーランド・メディア&エンターテインメント(New Zealand Media and Entertainment)1社だけだ。

「独自の価値を提供」



プラットフォームによるデジタル広告市場の独占が続くなか、消費者売上はデジタルパブリッシャーにとっての最優先課題だ。ロイター研究所の調査では、回答者の52%が、サブスクリプション売上が2019年の主要な優先事項であると答えている。

これにより、デジタルネイティブメディアを含む一部の企業が、パブリッシャーに有料購読者獲得のために必要なテクノロジーを提供するサービスに乗り出している。ワシントン・ポストは、パブリッシャーが抱える課題を直接経験している強みを生かし、この分野をリードしたいと考えている。

「サブスクリプションプラットフォームを販売している人々は、サブスクリプション事業を運営していない」と、ギレスピー氏はいう。「我々は独自の価値を提供できる」。

ギレスピー氏によれば、アークは現在「約175」のウェブサイトで利用されており、合計ユニークユーザー数は全世界で6億人を超え、昨年の5億人から増加したという。サイトのなかには、トリビューン・パブリッシング(Tribune Publishing)などの大手ニュースパブリッシャーもあれば、ウィラメッテ・ウィーク(Willamette Week)やアラスカ・ディスパッチ・ニュース(Alaska Dispatch News)などの小規模メディアもある。

アークの機能強化



ワシントン・ポストが行ったアークの機能強化は、当初はデジタルパブリッシャーとしての自社のニーズを満たすためで、それを可能なかぎり柔軟なソリューションへと作り変えた。同紙の屋台骨は依然としてテキストであるが、動画への投資により、レイコム(Raycom)など放送事業者の注目も集めている。過去1年半にわたり、ワシントン・ポストは大規模採用を展開しており、100人近い増員によって、アークを消費財企業など他分野のブランドにも使いやすく改良しようとしている。

ほとんどのサブスクリプションソフトウェアと同様、アークにもプラットフォーム環境に適応するためのオンボーディングプロセスがある。ギレスピー氏によると、パブリッシャーは必要とあれば4週間でサブスクリプションの運用を始めることができるが、サードパーティデータの統合が必要であったり、多種多様なプランを提供する場合は、さらに時間がかかる可能性もある。このスケジュールは、Facebookのツールを使った場合の6週間や、サブスクライブ・ウィズ・グーグル(Subscribe with Google0を使った場合の数カ月と比べれば、格段に短い。

構築が終わったあとは、パブリッシャーのマーケティング・オーディエンスチームが、開発・エンジニアリングチームの助けを借りることなく、アークのサブスクリプションツールを利用できると見込まれている。

「可能なかぎりセルフサービス化を心がけた」と、ギレスピー氏。「エンジニアを日常的な業務から解放し、マーケティングチームが自力で価格を設定し、プロダクトを追加し、プランやキャンペーンを提示できるようにした」。

「成功の鍵」となるものは?



アークのプロダクトが大手と中小のパブリッシャー両方のニーズを満たせるかどうかが、成功の鍵を握る。サブスクリプション売上を狙う大手パブリッシャーのほとんどは、すでに自前で構築しているシステムからの乗り換えが必要だ。一方、小規模パブリッシャーはたいていサブスクリプションへの参入から間もないため、当座の広告収入の減少につながるおそれのあることにリソースを割く余裕はない。「ニュースの世界で本当にサブスクリプションにコミットしているパブリッシャーはほとんどいない」と、コンサルタント会社ペニンシュラ・ストラテジーズ(Peninsula Strategies)の創業者、ロビー・ケルマン・バクスター氏はいう。「平均的なパブリッシャーがアークのツールを必要としていること、彼らのビジネスのやり方に適応できることが、(ワシントン・ポストの)成功の条件だ」。

アークのクライアントは、ツールを使って獲得した顧客の管理を自身で行うことができる。だが、プラットフォームが一定のスケールに達すれば、アークは「エコシステム」として利用されるようになり、複数の媒体のセット販売や、共通する購読層の獲得が可能になると、ギレスピー氏はいう。

「長期的には、プラットフォーム上で顧客を統合することで、さまざまなことが可能になる」。ギレスピー氏はそう述べつつも、計画の具体的なスケジュールは明かさなかった。

Max Willens(原文 / 訳:ガリレオ)