映画『誰もがそれを知っている』公開記念トークショーが20日、都内・ユーロライブにて行われ、高橋ユキ(フリーライター/「つけびの村」著者)、中瀬ゆかり(新潮社出版部長)が登壇した。

アスガー・ファルハディ監督が15年前のスペイン旅行で目にした行方不明の子供の写真に着想を得て、じっくりと構想を練り上げた物語は、ペネロペ・クルスと、実生活で夫でもあるハビエル・バルデムに当て書きでオリジナル脚本を完成。数年来の友人でもあるスター俳優たちと念願のタッグを実現させた。

既に本作を鑑賞したマスコミからは「文句のつけようがないくらい素晴らしい作品!」「散りばめられた伏線が、時間の進行にあわせて回収されていく物語の編み方が見事!」とファルハディ監督ならではの緻密な演出や、「ペネロペとハビエルがのびのびと演じていてよかった。」と、本作で6度目の共演を果たす夫婦ならではの息のあった2人の演技に絶賛の声が続出している。

映画を観終えたばかりで興奮覚めやらぬ観客の大きな拍手に迎えられ、高橋、中瀬が登場。今回のイベントは、各方面から本作が「『つけびの村』を彷彿とさせる」との声が多数寄せられたことから実現したが、実際に事件の起きた村で取材をした高橋も本作の感想について「最初にチラシなどを観た時は『どこが似ているんだろう?と半信半疑だったんですが、観終わった後は『似てるな』って。共通点が多いなと思いました。」とのこと。

「誘拐劇をテーマにしたというよりは、村における噂がテーマになっているなと。私が書いたルポ『つけびの村』も、事件にどのように噂が作用したのか?村における噂とは?ということを取材したものだったので、共通するなと感じました。」さらに「田舎の噂って経済状況についての噂がよく把握される傾向にあるんですけど、この映画でもそういうシーンがよく出てきて、万国共通なんだなと思いましたね。」と語る。

また、ファルハディ監督の大ファンを公言する中瀬は「どの作品も素晴らしいんですけれども、本作は、もしファルハディを観ていない方がいらっしゃったら一番入りやすい作品なのではと思います。もちろん主演の二人が超トップスターであるということもありますし、ファルハディのいろんな要素が入っている作品で。余韻としては『彼女が消えた浜辺』に一番近いのかなと思いますけれども、『別離』的な要素も入っていますし。」と作品を分析。

さらにその“余韻”について、「皆さんも今浸っていらっしゃると思いますけれど、何とも言えない、あのラストというか。パコ(ハビエル・バルデム)の見せる顔とかね。皆何かを失っているし、幸せになっていないという感じとか。村の閉鎖的な中で、出ていける者と出ていけない者の差というか、やっぱり残らざるを得ない者はこれからもまた新たな秘密が加わったこの村であの事件のことをずっと囁き続けて、10年後20年後も昨日起こったことのように言っているんだろうなって。その村人たちがどのように噂するんだろうなっていうことまで考えてしまう、そんな余韻が残りました。」と、しみじみ感じ入っている様子。

ここから話題は「つけびの村」へ。「『つけびの村』の事件は2013年の夏に起きまして、限界集落に住む60代の男性が、ある夜に夫婦を殺して家に火をつけて、その裏手の家に入って女性を殺して火をつけて、家を燃やした。その翌日にも別の家に忍び込んで、2人殺害した。という、いきなり一晩のうちに5人が殺害されて、うち2件が放火されたという事件なんですけれども。」と解説する高橋さん。「もしかしたらこれは村八分というかいじめを受けた人が復讐したんじゃないかと事件の当初も騒がれていて、“平成の八つ墓村”等々言われていました。」

※ルポ「つけびの村」note:https://note.mu/tk84yuki/n/n264862a0e6f6

取材の話を受け、中瀬は「ファルハディ監督もこの土地の設定にこだわって『都会ではなく村ではないといけなかった』と言っていて、やはり村独特の人間関係、閉塞感みたいなことがこの作品の大きなテーマなんですよね。」と語る。

また、「サピエンス全史」という本から、「ホモ・サピエンスが勝ち得た理由も“噂話と陰口”にある」という記述を引用。「集団の規模を大きくするためには『何がどこにある』とか『あいつやばいぞ』ということを共有する必要があった。動物と人間のコミュニケーションの違いは、人間は『3年前にここでライオンに会って足噛まれたんだよね、やばかった』というのを伝えられることなんですよ。人類は今ここにいない人について時空を超えて話せるという能力がついたために、危険などの情報を共有していけた。だから“噂話と陰口”と人類の歴史というのは密接で切っても切れない。我々はその子孫なわけですから、当然、“噂話と陰口”が今でも大好き。」と、人間の噂好きは万国共通どころか、種の進化に関わる要素なのだという壮大な話にまで展開された。

「これも映画と『つけびの村』から感じたんですが、噂話ってどうしてこんなに楽しいんだろうっていうように、老人たちが生き生きと昔の話を今起きたように話すじゃないですか。あの不気味な怖さみたいなのありましたよね。」という中瀬の投げかけに、高橋も「今見てきたかのように臨場感たっぷりに話すんですけれど、結構昔の話だったりするんで、驚きますね。」とエピソードを語る。

「『つけびの村』も、この映画のタイトルだって『誰もがそれを知っている』ですが、「えっ、それ知らないはずでは」という個人情報が当然のように皆にインプットされていて。」「なぜか筒抜けっていう、ね。本当に。この映画を見てもすごく感じましたね」。また、「先ほど経済状況のことっておっしゃいましたけど、この映画でも出てくるじゃないですか。某人物が昔土地を安い値段で買って恨まれていたりとか。金持ちだと噂されていた人物が本当は貧しかったとか。結構お金が重要になってきますもんね。」

「ラウラ(ペネロペ・クルス)が妹の結婚式に帰ってくる時って、ものすごくビシッと美人で、金持ちオーラをバンバン出しています。そこからちょっともう、村に一滴入って波紋を生み出したというか、出ていった人の凱旋が行われた瞬間にその嫌な空気が起こったというか。結婚式の場面ですら、皆の目つきが決して祝福したりする純粋なものではないようで、厳しかったですもんね。」「リアルだなぁと思いました。やっぱりめでたい話の時って、親戚がオフレコの集まりとかになると『いやでもあれはなぁ』とか言ったり。そういうのとちょっと似てるなと思いました。」と、人間の後ろ暗さを目撃してきた2人だからこその生々しく鋭い指摘もあった。

続いて、事件マニアである2人の話題は日本社会へ。中瀬から「裁判傍聴されていて、こういう噂が引き金になっている事件ってあるんですか?」という質問に「あー、でもやっぱりお金目当ての犯罪って、『あいつに金がある』って噂を鵜呑みにしちゃって、強奪するために拉致したりということはよくありますね。そこは確かめてほしいなって思いますけどね。(苦笑)実は全然持ってなかったってこと多いんですよ。」と高橋。すると「じゃあFacebookとかで大きいこと言っている人は危ないですね。(笑)リア充アピールより逆をしておいた方が今の社会はリスク管理になるんじゃないかと。『金ねえよ、キャッシングしちゃったよ』とか言っておいた方がいいかも(笑)」と中瀬が返し、会場の爆笑を誘った。

さらにSNSでの噂話について話題が続く。「現代ではSNSがあるから、世界と噂話ができるという環境ですね。」「噂話や陰口のスケールが変わってきたというか。」「一種のネット村とか言われますね、陰口の線引きがもうわからなくなっちゃいましたけど。昔は、聞かなくていいことが耳に入ってきちゃってハッとする、とかドラマでもありましたが、今は耳ではなく目で活字を見て、『ブス』とか『デブ』とか書かれてると『うるせえよ、お前に言われたくねえ!』って思わず画面の前で声出しちゃったりしますからね。」「そうなんですか!(笑)」「私、エゴサーチとか出来るだけしないようにしてるんですけど、誰かに載っているよと言われたりすると気になって、見てみるとろくなことが書かれていない。(笑)あのパンドラの箱は開けちゃいけないと思いました。」と、笑いながら語った。

中瀬からは、「ファルハディ監督って、ユキさんの好きなテイストの映画監督だと思います。」「他にも観てみようって思いました。」「ぜひ、絶対お好きだと思いますよ!」という過去作品のお勧めの言葉も。最後に「ユキさんみたいに外に出て地道に取材されている方って今の出版界では少なくなっていて、私がそういう事件から離れて10年ほど経つんですが、『これ私がいたら絶対やったよなー』ってカリカリしていたところだったので、ユキさんのような方がいらしてくださってとても嬉しいです。これからもヤバイ事件を取材してください。(笑)」と事件マニアの同志へ向けた賛辞で締めくくり、人間社会の裏側のディープな闇を覗き見てしまったような不思議な興奮とともに、イベントは大盛況で幕を閉じた。

映画『誰もがそれを知っている』は6月1日(土)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

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