コットン100%の水彩紙で世界に挑む! 開発に数年もかかる「紙」で闘うミューズ

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水彩紙という絵画用の『紙』がある。
株式会社ミューズは、国内シェアNo.1と言われる水彩紙「WATSON(ワトソン)」を開発・販売するメーカーだ。

ミューズは、戦後の日本で国産初となる本格的な水彩紙「WATSON(ワトソン)」を開発。
平成が終わろうとしている今、コットン100%の『紙』で、世界への挑戦をはじめた。

今回は、知られざる水彩紙の世界に迫ってみる。


■ミューズは「紙の専門会社」

山田篤氏

山田篤氏(65歳)、株式会社ミューズ 代表取締役社長。
某地方銀行で長年、融資、審査の業務に携わる。退職後は、リース会社に6年勤務。
その後、ミューズの三代目となる社長に就任する。


近藤肇氏

近藤肇氏(64歳)は、株式会社ミューズ 執行役員 資材担当を務める。
前職は広告代理店にて、食品関連のテレビやラジオ向け広告を担当していた。
下戸だった(酒が飲めない)近藤肇氏は、広告代理店時代の接待や酒席が苦手でつらかったという。そんなときミューズに勤めていた叔父からの誘いで、ミューズに入社した。

ミューズは1960年(昭和35年)、安倍川工業の子会社として設立された。
安倍川工業は電気を絶縁する「紙」などを製造していた企業だが、絶縁紙の需要が減ったことで、ファンシーペーパー(色紙)などの特殊紙の製造に移行した。

山田篤氏
「ファンシーペーパーの宣伝会社を東京と名古屋、大阪で作ったんです。
その東京の宣伝会社が、のちのミューズです。」

ミューズの前身である会社は、宣伝のために作られたことから、3〜4年でなくなるはずだった。
しかし、当時の安倍川工業で取締役を兼務していた妻木良郎氏が安倍川工業を退職して、東京の宣伝会社を引き継ぎ、東京ミューズ巧芸社として独立させた。

山田篤氏
「しばらくファンシーペーパーを扱っていましたが、水彩画をやっている作家さんから
『国産の水彩紙が作れないか?』との話がありました。
そして作ったのが、水彩紙のワトソン(WATSON)です。」

当時、水彩紙はすべて海外から輸入されており、国産の水彩紙はなかった。
日本で知られていた「水彩紙」としては、イギリスのワットマン(WATMAN)が有名だった。
しかし、当時は、1ドル360円の時代である。
当然のことながら、イギリスのワットマンは価格が高かった。

近藤肇氏
「ワトソンは、ワットマンをもとに開発した紙です
なので、ワットマンの子ども(SON)で、ワトソン(WATSON)という名前に。
こじつけた感じですね。」

この国産の水彩紙「ワトソン」は、現在も生産・販売されており、国内のシェアNo.1といわれている。


■水彩紙と画用紙は、なにが違う? ふしぎな『紙』の世界

水彩紙を使ってリフティング(塗った色を抜く技法)を試したところ

そもそも水彩紙とは何か?
よく知っている画用紙などと、どこが違うのか?
即座の答えられる人は、ほとんどいないだろう。

山田篤氏
「水彩紙には、紙の中に浸透しない薬品のようなものが施してあるのです。
このため絵具をつけた筆を紙の上に置いても、すぐには紙の中に浸透しないのです。

和紙は、付けた瞬間に紙の中に入ってきますよね。
水彩紙は、それではダメなんです。

画用紙もどちらかというと、絵具が早く紙の中に入ってしまうので、
実は、水彩には向かない紙なのです。」


■水彩は紙を選ぶ! 描くもので紙が違う? 水彩の奥深い世界

水彩は、絵具も重要だが、描く基盤材としての紙も重要という。
このためミューズでは、用途や特徴、性質の異なる25種類にものぼる『紙』を取り扱っているという。

山田篤氏
「水彩には水彩ならではの表現方法があります。
にじみ
薄く塗ったとき
濃く塗ったとき
それぞれで、表現が違います。

また、
乾いたあとに色を抜くリフティング
紙の上で色を重ねる重色
それぞれのテクニックに合う紙を用意する必要があるのです。」

例えば、リフティングができるためには、色の定着までに時間がかかる必要がある。

また、描きたい絵により、適した紙の性能も異なってくる。
例えば、ダイナミックな絵を描きたい場合は、粗目の紙が必要だし、植物図鑑のように精密な絵を描きたい場合、きめの細かい紙が必要になる。

山田篤氏
「水彩紙には、
色の定着や
乾きの速度
などに違いがあり、いろいろな技法や表現も紙によって異なってきます。
それぞれ描く絵に合った『紙』が要求されます。
ですから『うちもやろうか』と言っても、簡単にできるものではないです。

描く絵や技法に適した『紙』を、ひとつを作り上げるのにも大変な時間がかかるのです。」

ミューズは、用途にあわせた性質や特徴などの異なる『紙』を開発しているのだ。


■水彩紙「ワトソン」がシェアNo.1なのは、初心者にも向いている紙だから

様々な製品、バリエーションを揃えている水彩紙「ワトソン」

近藤肇氏
「大まかに分けて水彩紙では、絵具の定着の遅い紙と早い紙の2つ分かれます。

それぞれの紙には、それぞれの良さがあります。

絵具の色を抜いて(リフティング)雲などを描きたい方には、定着の遅い紙が使いやすく
発色がいい絵を描きたい人には、絵の具が紙の表面にとどまり、定着の早い紙。
どちらを目指すかによって、サイズ剤(にじみ止め)の種類が違ってくるんです。
さらにサイズ剤(にじみ止め)の濃さも少しずつ変えます。」


山田篤氏
「ワトソンという紙は、中間の特徴をもつ紙なんです。
それもあって水彩をはじめたいなら、ワトソンからスタートする人が多いのです。

ワトソンは、リフティングの有無、どちらでも、やろうと思えばできてしまいます。
筆を置くように塗れば、紙の上で重ね塗り(重色)もきれいにできます。色を混ぜたい(混色)と思えば、圧を少しかければできます。

ワトソンは、器用な紙なのです。」

近藤肇氏
「水彩紙には、紙の肌目というのがあります。

細目だったり、中目だったり、粗目だったり。ワトソンは、中目です。

紙の肌目は、描くものによっても、道具によっても、粗さや細かさが違ってきます
たとえば、色鉛筆を使う場合は、
あまり粗いとガタガタして描きにくくなります。
細目の紙を選ばれるとかですね。
写真のような細密画を描く場合は、あまり凹凸があっては描きにくくなります。

逆に粗目の紙は、ボコボコしているので、細目と違って絵の具が溜まる部分が多いため、発色が良くなったり、コントロールがしやすかったりします。

細目の紙は、絵の具が溜まる部分がないので、自分が思ったよりもファーと絵の具が広がってしまう。
長年、水彩をやっている方は当然わかっていて、絵の具の濃さを紙にあわせてコントロールします。

初心者は、上手くコントロールできないので、ワトソンのような中目くらいの紙で描くのが一番描きやすいのです。」


■パソコン / ゆとり教育 / 少子化で「紙」は使わない、売れない時代へ

ミューズが、安倍川工業から独立した当時は、まだパソコンがない時代だ。
デザインや製図などの仕事で「紙」は必須だった。

近藤肇氏
「(デザインや製図などは)、趣味とは違って仕事として『紙』を使う世界です。
当時のようにデザイナーさんが増えていった時代では、紙が湯水のように使われていました。」

この時代、ミューズにとっても、もっとも収益が出て、景気の良い時代lだったという。

ところが、良いことが長く続くとは限らない。

時代とともに、紙は使われなくなっていく。
その要因には、パソコンやネットの登場と普及、そして環境への配慮がある。

山田篤氏
「デザインの専門学校と何校かお取引があります。
現在では、1年生は紙も使いますが、2年生ではほとんど紙を使わなくなっています。」

さらにゆとり教育や少子化の影響もあるという。

山田篤氏
「中学校の授業のコマ数が10年くらい前から半分程度になりました。
最近では学校によっては、美術は選択となります。
子どもたちの絵を描く機会が減ってきているのです。
さらに少子化が進み、紙を使う子どもの数そのものが減少したことも大きな影響です。」

近藤肇氏
「ゆとり教育の採用で、土日は学校が休みになりました。
当然、授業時間も少なくなります。
真っ先に切られるのは、美術だったり家庭科だったりします。
こうした変化も、紙の利用を減らした要因になっています。」

現在、学校からスケッチブックは、
「一冊も必要がない」
そう言われることもあるという。
いま授業では、数枚しか絵を描かない学校もあるからだ。


■新しい『紙』をつくるには、数年かかることもある

国産で唯一、コットン100%のランプライト

ミューズは、6年前にコットン100%原料の国産最高級水彩紙「Lamp Light(ランプライト)」を開発、発売している。新しい水彩紙の開発には数年もの歳月がかかるのだという。

近藤肇氏
「(紙の)肌目を作るには、
一般的な紙の場合はフエルトで編んだものを使ってします。

しかし水彩紙の場合には、純毛を使います。
純毛を輸入して日本フエルトのような会社が編んで毛布を作るんです。
昔は職人さんが編んでいたんですが、今は機械化で、職人さんもいなくなったので、新しい毛布の開発ができないんです。

職人さんがいた頃は、
『こういう目が欲しい』
とお願いすると、職人さんがそれに近い目を作ってくれたんです。

今はコンピューターが編んでいますので同じものを量産はできますが、
まったく新しいものは開発できません。
水彩紙でも、職人さんがいなくなったことで不都合があります。」

山田篤氏
「実際に紙を作ってもらうのは製紙会社です。
我々は
『こういう紙が欲しいんだ』
というのをリクエストしています。

はじめはだいたい手漉(す)きで作ってくるんですけど、我々のほうで試すと、
『いや、違う』
こういう感じじゃない、となることが多い。」

近藤肇氏
「そうすると、製紙会社もサイズ剤を変えたり、強さを変えたり、いろいろやって手漉(す)きで持ってくるわけです。
そういう課程で、時間が費やされるわけです。」


■コットン100%の『紙』で世界に挑む

近藤肇氏
「海外の有名な紙には、リンターを原料に使ったコットン100%の紙があります。

残念ながら日本では(ランプライト以外では)100%の紙はありません。
なぜ、ないかというと、コットン100%で紙を製造すると、地合が出なかったり、モヤモヤになったり、いろんな問題があってできなかったのです。

あと通常の木材パルプに比べてコットン100%のリンターは価格が高いというのも問題です。
実は、スマホの基盤にもリンターが使われていまして、スマホ(の需要)が伸びているため、中国にしてもアメリカにしてもリンターが手に入りづらくなっています。

例えば海外に水彩紙として、リンター50%で、パルプ50%の紙を持っていくと、リンター100%でないとダメと言われてしまうことがあります。紙の性能よりも、『モノとして違う』というのです。

でも、いまは、コットン100%の紙も、うちでも作ることができます。」

将来的には日本クオリティーのものを海外に輸出したいです。今まで海外からたくさん買ったぶん、逆にこっちが売るほうにと。」


山田篤氏
「コットン100%の紙で使いやすい品質で安定性のある水彩紙ができれば
アメリカにも持って行けるし、
本場ヨーロッパにも持って行けます。

日本の作家に頼んで、イタリアの祭りにコットン100%の『ランプライト』を持って行って試してもらったところ、『この紙はどこで手に入る?』と言われました。
これでヨーロッパでも勝負ができる可能性が見えました。」


ミューズは、いま国内外に販路を開拓し勝負にでようとしている。

山田篤氏
「1つめは、いま、販売のルートを広げることをやり始めました。
画材店に比べると文具店のほうが圧倒的に多いのです。

将来的には文具店でも画材を扱うようになると考えています。

2つめは、海外です。
海外のマーケットに進出したいと考えています。
たとえば、中国のマーケットは1%でも大きな成果になります、

そのために世界に通用する紙を作っています。
またヨーロッパの紙の品質に対抗できる日本の良い品質の紙を海外に持って行きたいと考えています。」

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執筆:ITライフハック 関口哲司
撮影:2106bpm