データのウォールド・ガーデン(壁に囲まれた庭)を打ち破ろうと苦心してきた広告主に、再び追い風が吹いています。

データクリーンルーム(data clean room)と呼ばれるセーフスペースが台頭しています。データクリーンルームはウォールド・ガーデンが収集する分析情報と、広告主によるファーストパーティデータの測定やアトリビューションが混在する空間となっており、メディアの取引が容易になるなかで普及が進んでいます。

このセーフスペースの需要は大きいものの、採用時におけるリスクもはらんでいます。デジタルマーケティングの未来に示唆を与える用語をわかりやすく説明する「一問一答」シリーズ。今回は、そんなデータクリーンルームについて知るべきことをご紹介しましょう。

――まず、データクリーンルームとは、なんのことですか?



データクリーンルームはGoogleやFacebook、Amazonといったウォールド・ガーデンが厳格なコントロールは保ちつつも、カスタマーレベルを超えた集約データを広告主と共有する空間です。そして、広告主からのファーストパーティデータもこの空間に取り込み、プラットフォームの集約データとの比較を行えます。それによって、広告主はデータセットごとに比較を行い、その結果を見て同じオーディエンスに広告を過剰供給していないか調べることができます。たとえば、ユニリーバ(Unilever)が構築しているデータクリーンルームは、GoogleとFacebook、Twitterの支援により、これらプラットフォームにおけるユニリーバのリーチの複製データを参照できるシステムとなっています。この集約データは、クリーンルームの外に出ることはありません。

サンダー・エクスペリエンス・クラウド(Thunder Experience Cloud)のCEO、ビクター・ウォン氏は次のように語っているます「広告主にとって、チャネルを増やすほど有効性とアトリビューションの測定は難しくなる。さらに広告主からすると、メディアへの支出によって実際に届けたいオーディエンスにリーチできているかを把握するのは難しい」。

――データクリーンルームは新しいコンセプトなのでしょうか?



データクリーンルームのようなシステムは新しいものではありません。たとえばFacebookは、以前からそうした空間を大手広告主に対して提供してきました。ですが、契約料は高額で、なによりスケーラブルではありませんでした。ユニリーバや P&G(Procter & Gamble)といった企業では事業の停滞を避けて、はずみをつけるため、新興市場におけるマーケティングへの依存度が高まっており、成熟した市場でも新興市場と同じように機能するデータクリーンルームの重要性が増しています。

――データクリーンルームの需要が非常に大きいのはなぜ?



データクリーンルームの需要が高まっている背景には、次の3点があります。まず広告業界によるEUの厳格なデータ保護法の遵守。次にケンブリッジ・ アナリティカ(Cambridge Analytica)のようなデータの不正利用によるスキャンダルへの恐れ。そして広告主自身が、広告支出の使われ方がよくわかっていないと理解していることです。

データクリーンルームの需要の高まりは、こうした問題への対処を模索している広告主が多く、その対処法として実践的なアプローチをとっていることの証左でもあります。これはプラットフォームにとっても悪い話ではありません。ほかのプラットフォームに対する優位性ともなりうる、ターゲティングを行っている高価値のセグメントを手放さずにすむためです。さらにデータクリーンルームは、プラットフォームがライバルから広告支出のシェアを奪うチャンスにもなりえます。

パフォーマンスマーケティングエージェンシー(performance marketing agency)の運営責任者を務めるニール・アスティン氏は、この点について次のように指摘しています。「もしプラットフォーム間のデータ共有と透明性への取り組みに及び腰なプラットフォームがいるとすれば、それは謳い文句ほど価値のある商品を提供できていないという自信のなさの表れだと思う。プラットフォーム自身の広告商品とトラフィックの質に自信があるのであれば、こうしたデータ共有の新基準を強く推し進めようとするはずだ」。

――データクリーンルームの普及が、これまで進まなかったのはなぜ?



データクリーンルームは低コストのソリューションではないからです。Google、Facebook、Amazonは、これまでもこうした選択肢を用意したことがありましたが、プラットフォーム間の連携における運用上の困難と、政治的な理由が足かせとなってきました。ウォールド・ガーデンからすれば、広告主にあまりデータを提供しすぎるのは望ましいことではないからです。自社データ、とりわけターゲティングのデータを管理することで得られる利益が非常に大きいのです。ウォールド・ガーデンの場合、テレビやラジオのように信頼できるデータソースが単一とはなっていません。

これについて、動画広告とインサイトのプラットフォームを提供するピクサビリティ(Pixability)でEMEA地域のマネージングディレクターを務めるクリス・ベネット氏は、次のように指摘しています。「現時点でデータクリーンルームは、広告主にとってWin-Winのソリューションとなっている。だが新たな課題も存在する。プラットフォームを飛び越えたシステムであるがゆえの重複、それにともなう過剰投資の有無の確認だ。この課題への回答として求められているのが、安全なデータプラットフォーム内部で、信頼できる単一のデータソースを実装することだ」。

プラットフォームと広告主は異なる形式のデータを持ち寄っており、標準化には多大な準備作業を要する。ウォールド・ガーデンの集約データと広告主のユーザーレベルのファーストパーティデータをデータクリーンルームで比較するには、標準化のための基準が必要だ。両者はデータセットとして根本的に異なっている。クリーンルームのデータの所有権を、独立した検証機関のように確立する必要がある。

――それ以外のデメリットはありますか?



データクリーンルームが成功するかどうかはプラットフォーム間で共有されるデータだけでなく、広告主が提供するデータにもかかっています。ですが、プライバシーの観点から詳細な取引データの共有をしぶる広告主も少なくありません。結果として測定結果の精度が低下するのは必然です。ユニリーバでは、ファーストパーティのデータソースを自社のデータクリーンルームに入れており、こうした問題への対抗策としてパネルベースのソリューションを生み出しました。これにより同社は、広告に関する実際の表示周期とリーチを推定できるようになりましたが、このパネルは同社の製品市場においては有効ではないため、アトリビューションについては良い結果を得られていません。

データクリーンルームの運用は手作業で行います。そのためデータセット全部をメールで送ってしまったり、共有フォルダを作ってしまったりといった情報保護上のリスクも生じます。インフォサム(InfoSum)のCEO、ニック・ハルステッド氏は、これについて「ユーザーからすると面倒で危なっかしい」と指摘しています。

Seb Joseph(原文 / 訳:SI Japan)
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