全日本空輸(ANA)は2019年2月羽田-オーストリア・ウィーン間を、9月から成田-オーストラリア・パース間を開設する(撮影:尾形文繁)

国内エアライン最大手・全日本空輸(ANA)が国際線の新規開設を加速している。1月23日、成田-インド・チェンナイ間(チェンナイ路線)を今年の冬ダイヤ(2019年10月27日から2020年3月28日)中に開設すると発表した。

ANAはすでに、今年2月17日から羽田-オーストリア・ウィーン間(ウィーン路線)を、9月1日から成田-オーストラリア・パース間(パース路線)を開設することを昨年後半に発表済み。3路線とも乗り継ぎなしの直行便で、いずれも日系エアラインではANAのみ。しかも、ウィーン路線・パース路線はいずれも1日1往復ずつ毎日運航するという意欲的な新路線計画となっている(チェンナイ路線の詳細は今後決定)。

ウィーンは勝算あるが・・・

先陣を切って就航するウィーン路線のモデルは、羽田-ドイツ・フランクフルト間(フランクフルト路線)だ。ANAは、フランクフルトを拠点に巨大な欧州域内の乗り継ぎ網を抱える独ルフトハンザドイツ航空と、ジョイントベンチャー(JV)を行っている。

JVとは複数社で特定の路線収入を分け合ったり、ダイヤの調整・共同運賃の設定などを行ったりするもの。“路線限定の経営統合”といったところだ。このような深い提携関係が生かされ、「乗客の半分がルフトハンザ航空への乗り継ぎ」(ANA関係者)という。

ANAの欧州路線における有償座席利用率(総座席数に対する有償旅客の搭乗割合)は、国際航空運航協会が調査する欧州路線全体の実績におおむね並ぶ80〜85%で推移し、その需要は高い。ウィーンもまた、ANAのJV相手であるルフトハンザ航空傘下のオーストリア航空をはじめとするルフトハンザグループの路線に乗り継ぐことで、欧州域内68都市へ移動できる。

さらに、中東欧と日本を結ぶ日系エアラインの直行便は、今回のANAによるウィーン路線のみ。予約状況も高水準なようで、成功の見込みが高い路線といえる。

一方、気になるのがパース路線とチェンナイ路線だ。パースはオーストラリア西部最大の都市。パース空港のケビン・ブラウンCEO(最高経営責任者)は今回のパース路線開設を受けて歓迎のコメントを発表。「日本-パース間で驚異的な旅客数の増加が見られ、昨年は合計で14万人が往来した」という。また、ANAもパースを「『世界で最も美しい街』と言われ」「鉱物資源・天然資源をはじめとした主力産業によるビジネス需要」も取り込めると説明する。

チェンナイはインド南部の都市。インドは北部にデリー、中部にムンバイという2大都市とその空港が存在し、現在まで日系エアラインによるインド南部への直行便は存在してこなかった。しかし、日産自動車やいすゞ自動車などがチェンナイ周辺に進出し、製造業が集積しつつある。また、チェンナイはIT産業の拠点として成長著しい都市・バンガロールとの距離も近い。

ANAの海外路線拡大は中期経営計画で掲げられており、パース路線・チェンナイ路線の開設も驚くことではない。ただ、ANAが新規路線の「検討エリア」として挙げているエリアには、欧州で観光需要が高いスペインや、オーストラリアでも日本航空(JAL)も就航し高い有償座席利用率を誇るメルボルンなど、パース・チェンナイ以上に名の知れた未就航地がある。それらよりも先にパースとチェンナイを選んだ決め手は何だったのか。

パース就航は直接対決への布石?

ANAの路線ネットワーク戦略を担当する事業計画チーム・林寛之リーダーによれば、就航の順番は社内の優先順位に則ったものだという。最優先でパース路線開設を決めた理由は、その絶妙な人の流動量(空港間の旅客数)であったという。

現在、シンガポール経由などで日本とパースを往来している旅客数から分析し、「1社が直行便を運航すれば有償座席利用率70%を見込める。だが、2社目が参入すると有償座席利用率が下がり、たちまちうまみがなくなる程度の規模であり、先行してしまえば他社の参入を防ぐことができる」(林氏)。

また、林氏はパース就航が日本航空(JAL)との“直接対決”への布石であることもにじませた。オーストラリアはシドニーやメルボルン、ブリスベンといった代表的な都市が東部に集中している。


しかし、東部の空港を拠点とする豪最大手・カンタス航空はJALと同一の航空連合(アライアンス)・ワンワールドの一員なのだ。国内最大手と提携関係にあるJALと比べるとANAは「オーストラリアでは出遅れていて、存在感も劣後。認知されていない」(林氏)のが現状である。

ANAはこのパース就航をきっかけに、西部からオーストラリア国内での認知度を上げ、現状1日往復1便の羽田―シドニー間のみにとどまる東部へのさらなる路線拡充を視野に入れている。

「オーストラリアで人気が高いラグビーのW杯が今年9月20日から始まるが、その前の9月1日からパース路線を開設できる。2020年に増枠される羽田の発着枠配分の結果にもよるが、(中期経営計画の最終年である)2022年までにチャンスがあれば」(林氏)、オーストラリア東部での路線拡充に挑戦するようだ。


一方のチェンナイ路線は南インドへの日本発直行便が初めてのため、パース路線とはニュアンスが異なる。これから成長が見込まれる地域で長期的に認知度を確保したいという狙いがにじみ出ているのだ。チェンナイには約1000万人が暮らしており、「現地の中間層が増えれば、日本への旅行が増えて定着する」(林氏)と先を見据えた就航である。有償座席利用率も初期は60%程度の見込みだという。

両路線に存在する不安

ただ、両路線とも不安は存在する。まず、パース路線はパースの日本における認知度が低い。ANAが想定する有償座席利用率70%はビジネス客だけでなく、日豪双方から一定の観光客が存在することが前提だ。今年のラグビーW杯、2020年の東京五輪まではオーストラリア西部から一時的な訪日ブームが発生するかもしれない。だが、東部に人口が偏るオーストラリアの西部で、毎日運航するだけの需要が続くかは疑問符が付く。

パース路線以上の課題を抱えるのがチェンナイ路線だ。有償座席利用率を60%程度としたチェンナイ路線について、林氏は南インドで1社のみの就航であることを前提としていた。しかし、ANAがチェンナイ路線開設を発表した数時間後、JALが成田―バンガロール間を1日1往復の毎日運航で2020年夏ダイヤまでに開設すると発表したのである。

これにより、日系エアライン唯一の南インド路線という構想は夢に消えた。さらに、チェンナイ路線はバンガロールへの乗り継ぎ需要も織り込んでいた。有償座席利用率6割という想定を実現するのは容易ではない。

そもそも、なぜANAはこうした不安のある「未開の地」に攻め入るのか。1つには、「8.10ペーパー」の存在が挙げられる。「8.10ペーパー」とは、2010年にJALが経営破綻し、公的支援で再建したが、この支援がANAとの競争をゆがめたとして、2012年8月10日に国土交通省が公表し、JALの新規投資や路線開設を制限した文書のことである。このペーパーが2017年3月末に期限を迎え失効した。

失効後、JALは世界各地のエアラインと「矢継ぎ早」の提携戦略を進めた。JALはJVや他社が運航する便の座席を買い取り自社の便名をつけて販売する「コードシェア」といった提携で、国際線拡大を急いだ。一方ANAは、収益をすべて自分のものにできる自社直行便の路線開設を優先している。2018年3月期決算では、売上高ではANAが1兆9700億円とJALの1兆3800億円を上回るが、営業利益ではANAが1645億円とJALの1745億円を下回っている。

中国勢の台頭も気になるところだ。ANAは「世界のリーディングエアライングループ」をビジョンとして掲げている。しかし、アジアを見渡してみると、売上高では中国南方航空・中国国際航空の中国トップ2エアラインの後塵を拝している。中国第3位の中国東方航空もじりじりと差を詰めており、「ANA対JAL」という構図だけでは語れない情勢にある。

ゆえに、林氏は2020年の羽田空港増枠による発着枠配分の結果が出たタイミングで、「(新規路線開設や増便発表といった)加速感がここからぐっと出てくる」と力を込める。次なる就航地として噂されるのがロシアのモスクワとウラジオストクだ。2017年のビザ発給要件の緩和以降、流動の加速が期待されており、今月に入って日本経済新聞が報じた。

またもや立ちはだかるJAL

林氏に質問をぶつけると「就航自体は社内的に決めて準備を進めている。ただ、モスクワ就航は2020年の羽田の発着枠の配分次第で、羽田からにするか成田からにするかを判断したい。ウラジオストクも同様。モスクワと同時に就航するか、少し時期をずらすか。場合によってはロシアよりほかの地域を優先することもあるかもしれない」という。ウラジオストクについては就航による需要を検証中だが、モスクワについてはすでに60〜70%の有償座席利用率を期待できるという。


JALはすでにロシアで存在感を発揮している(撮影:尾形文繁)

だが、ここでもまたJALが立ちはだかる。モスクワと東京を結ぶ直行便は、アエロフロート・ロシア航空とJALが成田-モスクワ線を運航している。両社は昨年11月に包括提携を結んだ。ロシアで頼れるもう1つのエアライン・S7航空はJALと同じワンワールドに加盟している。オーストラリアと同様に、ロシアもまたJALの牙城なのだ。林氏は「いまのところパートナーにできる相手がいない」とため息をつく。

ANAは2022年の売上高2兆4500億円の中期計画を掲げる(2019年3月期の売上高計画は2兆0400億円)。中計を達成するには、JALとの直接対決が避けられない。JALはバンガロール路線の開設発表と同日に、これまで週4便だった成田―モスクワ間を毎日運航へ増便することも発表している。JALもANAに防戦一方ではなく、ファイティングポーズをとっている。

そんな中で、「確実な路線から展開している」(林氏)というパース・チェンナイ路線がつまずいてしまっては、その後の路線展開に水を差してしまう。 両路線がANAの成長を占う試金石となることは間違いない。