「HUNGRY TO WIN」と銘打って作られた大坂なおみ選手のアニメ動画は、すでに日清食品公式チャンネルから削除されている(日清のYouTube公式チャンネルより)


【2019年2月3日0時05分追記 】初出時、アニメは『テニスの王子様』の作者、許斐剛(このみたけし)氏が描いたとありましたが、事実ではありませんでした。関連する表現にも不適切な内容が含まれていたため、修正しました。関係者の皆さまにお詫びして訂正します。

日清食品ホールディングスが、カップヌードルの広告の一環として同社所属の大坂なおみ選手などを起用したアニメーション動画を1月23日削除したことが明らかになった。アニメは、リアルテニスの王子様こと錦織圭選手と、テニス界のスーパースター、大坂が登場するが、大坂選手の肌の色をめぐって議論が噴出していた。

筆者を含む多くのなおみファンにとっては、今回の事態は本当に残念なことだ。なぜなら褐色の肌をした女性が日本の大手広告キャンペーンに登場することは少なく、どんなアニメになるか期待が高かったからだ。しかしYouTubeでそのコマーシャルを再生し、その中に褐色の肌をした女性が映っていなかったのを見て、私は本当に落胆した。

ツイッターやフェイスブックで話題に

最初は自分が思い違いをしたのだろうと思った。だが大坂の名前が「ホワイトウォッシングされた」彼女の横に表示されていた。このキャラクターはベッキーのようなテレビタレントや、AKB48のメンバーがモデルだったとしても違和感がないほど個性がなかった。

「私たちは激怒しています」と、愛知県立大学准教授のアブリル・ヘイ松井氏は言う。彼女はバイレイシャル(日本で言うところの「ハーフ」)2児の母でもある。なおみは、私の子どもたちにとってロールモデルですが、彼女の黒人のアイデンティティが否定されています。とても間違っています。あのアニメを子どもたちに見せたら、最初の質問が『なぜ彼女はこんなに白いの?』でした」。

大坂と典型的な日本のアニメキャラクターを「区別」するものはすべて消されていた。で、何が残ったのか? 典型的な日本のアニメキャラクターである。この背景にあるものについて、ツイッター、フェイスブック、インスタグラムでは外国人が多くの議論を展開した。

憶測の中には陰謀説(「彼女を完璧な訛りの白人にするか、変な訛りの黒人にするか。双方にメリットのないシナリオだ」)から、笑えるもの(「茶色のクレヨンを切らしたのかも」)や、困惑したもの(「日清は顧客が焼そばU.F.O.をすすりながら、人種や民族性の問題を不快にも考えさせてしまうかもしれないと懸念したのか?」)まであった。

そのすべてが日清の広告に反対だったわけでもない。多くの外国人は日本に対して好意を抱いているし、広告を擁護する人の中には「作者はなおみが黒人ハーフということを決定的な特徴だと考えなかったのかもしれない」として、それこそが「人類が目指すべき考え方」という声があった。そのほかにも、「広告制作チームはなおみの肌を黒くしすぎることによって『ブラックフェイス』の批判を受けることに慎重だった可能性があり、より安全で明るい方向性をとったのでは」という声もあった。

こうした議論は彼女の肌の色がいくらか明るくなっていたことは説明になるかもしれないが、鼻の形や髪の毛を徹底的に変えた作者の演出に対する説明はつかない。世界で最も人気のある有色人種の女性が日本アニメ風の普通の女の子になるという、ショッキングな変化に納得できる説明などあるのだろうか。

今回の件について日清は、「『テニスの王子様』の世界観を壊さないよう考えた結果で、(肌を白くすることは)意図的に行ったものではない」(広報部)と説明。広告の製作過程では大坂のマネジメント会社、IMG日本支社とやり取りをして了承を得たとしていたが、アニメ動画が公開された後、アメリカにあるIMG本社が製作過程を把握していなかったとして削除要請があったとしている。今後、新たなアニメ動画を作るかどうかは未定という。

「黒人と日本人のハーフ」が信じられない

一方、ベルギー人と日本人のハーフで写真家の宮粼哲朗氏は今回の件をこう見る。「日本人アーティストは黒人の肌の色のつけ方をわかっていない。黒さへの『感覚』がない。いつも白人やアジア人の肌の色をつけているからです。でもこのスキルを『学ぶ』必要があります」。

同氏は、「Hafu2Hafu」というハーフのアイデンティティをめぐる世界規模の写真プロジェクトを続けている。これまで彼は日本人と外国人(100カ国に及ぶ)の両親を持つ150名にインタビューし、写真を撮ってきた。

「私のプロジェクトを見るかなり多くの“純粋な日本人”が、プロジェクトに出てくる黒人のハーフもハーフだとはほぼ信じられないようです」と、宮粼氏は加える。「彼らにとってハーフといえば白人のハーフなのです。ですから、黒人のハーフは日本人のハーフなはずがなく、まして感情面や自己認識の面で『完全に』日本人とは考えていないのです。だから、『白人』の特徴がある人は日本人と関連付けられるのですが、黒人はいまだ『むずかしいこと』なのです」

そしてこれは、増え続けている日本在住の黒人ハーフの日本人や、アフリカ系の人々の間でよく認識されている日本人の態度である。つい昨年末、黒人ハーフの日本人バスケットボール選手であり国民的スターの八村塁はスポーツ専門サイト、ブリーチャー・レポートのインタビューでこう話している。

「日本で自分のことを知らない人しかいない地域にいるのは大変でした。彼らは自分を動物か何かのように見るので……渡米したかったのはそれも理由の1つです。誰もが違う。それは自分にとっていいことだと思いました」

大坂はあっけらかんと自分のルーツを公言している。日本人でも、ハイチ人でも、アメリカ人でもない――彼女はなおみであり、ラベルをつけたがる世界において、その個性と能力で認識されることを何より求める人間である。

この事実がテニスプレーヤーとしての実力同様、大坂を、人種が混ざった先祖を持つ人やバイレイシャルの若者にとってのロールモデルにしている。特に日本において彼女はお手本のような存在だ。感受性が強いこうした若者たちは、ポジティブなアイデンティティを形成したり、健全な自己肯定感をはぐくむのに苦労している。

日本人だけに向けた広告ではない

「私の子どもたちが日本のメディアで、自分たちの“代表”を見る機会はほとんどありません」と、アフリカ系の血を引くイギリス人女性の松井氏は言う。

「黒人系の日本人という彼女の存在は、私の子どもたちに『自分らしさ』の意識を与えてくれるのです。彼女のような人々が自分を誇りに思うのを見ることで、子どもたちの日本人、そして黒人としてのアイデンティティが正当化されるのです。彼女を白人のように見せてしまえば、子どもたちにそのままではダメで、正しくないと教えてしまう。これは、私が彼らに感じてもらいたいメッセージではありません」


日本に住むバイレイシャルの子どもたちにとって、大坂選手はロールモデルとなる存在だ(写真:Aly Song/ロイター)

日本は近年観光客が増加(2018年には3100万人)しているだけでなく、より多くの移民を受け入れることもほのめかしている。さらに多様になり、さらに多くのハーフの子どもが増えることが見込まれるのであれば、日本はこうした多様化の過程における複雑さと向き合う必要がある。これは、顧客基盤を世界に広げようとしている日清のような大企業にも言えることだ。

「HUNGRY TO WIN」キャンペーンの小さな不手際でさえ大きな問題に発展しかねない。日清はこの広告のターゲットはこのアニメを見る日本人だけだと考えているかもしれないが、それは間違った思い込みだ。YouTubeやそのほかのソーシャルメディアで展開されている以上、これはグローバルキャンペーンなのである。つまり、この広告は全世界の顧客に届くものであり、その一部は大坂と同じ肌の色をした人たちだ。

この広告キャンペーンに(不注意で?)組み込まれたメッセージは、日清が潜在、あるいは既存顧客である世界中の視聴者に発信したいものなのだろうか。企業が製品の代表に選んだ著名人が、世界中の黒人や褐色の肌をした人物かつバイレイシャルの人々のヒーローであり、偶然にも世界で最も祝福されているアスリートの1人である「黒人」女性だとしても、白人のほうがベターだったと訴えたいのだろうか。

そうであれば、現在日清に満足している顧客も、大坂なおみをハイチ人のハーフから白人に変えたのよりさらに早く、グローバル規模の恐ろしい抗議者の群れに変わることもありえる。

それが、世界的に注目されている人物を起用したと同時に日清が背負わなければならない重圧なのである。彼女は日本だけで認知されているタレントではない。国際的なスーパースターであり、今日世界で最も賞賛される有色人種アスリートの1人である。世界が、中でも世界の有色人種の人々が、日本の企業が彼女をどのように利用しているか注目していないと考えるのは短絡的だ。

世界市場で真の勝者になるために必要なこと

日清は、ニューヨーク・タイムズ紙に対して、広告のクリエイティブプロセスには大坂もある程度関わったと説明しているが、結果的に彼女を「誤用」し続けるのであれば、世論という法廷では責任を問われることになるのではないだろうか。

「個人的には、日清は今回の件を受けて、人々をどうやって描くかを見直すべきだと思います」と、東京に住む黒人と日本人のハーフ、ケイティ・サチコ・スコットは言う。「なおみは黒人であり、日本人でもある。彼女がどういう人なのかは、私たちが決めることではないと理解する必要があります」

日清は今回、日本が「HUNGRY TO WIN(頂点への挑戦)」を本気で目指しており、進歩的かつ革新的な国であること、そしてそれを率いるのは日清だと世界に示す機会を逃した。だが前進する機会はほかにもあるだろう。同社は「今後は、多様性をより尊重したい」とコメントしているが、具体的にそれに向けて何をどのように見直すかは明らかにしていない。

大坂は目下絶好調で最高の選手である。願わくば、日清、そして大坂をスポンサーするすべての企業が、ただ「頂点へ挑戦する」だけでなく、世界市場で真の勝者となるために必要なことを進んで行ってくれればいいのだが。それでこそ、大坂ような勝者にふさわしい企業と言えるのではないか。