実証機ではNEDOと日立造船が独自開発した浮体を採用した(写真提供:NEDO)

福岡県北九州市沖15キロメートル。長さ51メートル、幅51メートルの浮体の上に、大きな2枚羽根をつけた風力発電機がそびえ立つ。

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が委託し、丸紅などから成るコンソーシアムが実証事業を始める浮体式洋上風力発電設備だ。出力は3000キロワット。運転開始は今年10月上旬の予定だったが、2度にわたる大型台風襲来で延期され、2019年1月中旬ごろになる見通しだ。

風力発電は経済波及効果が大きい

欧州では英国などで洋上風力の導入が急速に進む。政府が後押しし、コストは大幅に低下。日本の総合商社や電力会社が欧州の洋上風力発電事業に出資するケースも目立ってきた。

洋上風力へ熱い視線が注がれるのは日本も同じだ。四方を海に囲まれた日本は洋上風力の導入ポテンシャルが高い。環境アセスメント手続き中の案件は計約430万キロワット、原子力発電所の4基分強に当たる(17年12月時点)。環境省の試算によれば、設備容量ベースで陸上風力の導入ポテンシャルが2.8億キロワットであるのに対し、洋上風力は14.1億キロワットと約5倍。東京電力ホールディングスや九州電力、J‐POWERといった電力事業者も開発に意欲を見せている。

「風車は部品点数が約1万点と多く、機器製造や建設、運転・保守の各段階で雇用を生む」(日本風力発電協会)。同協会によれば、仮に今後10年近くをかけ累計1000万キロワットの洋上風力を導入すれば、30年時点で直接投資5兆〜6兆円、雇用創出8万〜9万人、経済波及効果13兆〜15兆円が見込まれるという。


洋上風力は大きく二つに分類される。基礎を海底に固定する着床式と設備を浮かべる浮体式だ。水深の浅い海底が広がる欧州で導入が進むのは着床式だ。

一方、日本では浮体式の導入ポテンシャルが高いとされる。浮体式が適した水深の深い海域が多いためだ。環境省の試算によれば、浮体式の導入ポテンシャルは着床式の4倍近い。

着床式と同程度のコストを目指す

北九州市沖の実証事業はその浮体式。NEDOの伊藤正治統括調査員は「着床式だけでは(洋上風力発電を増やしていくためのポテンシャルが)足りない」と実証事業の意義を強調する。

狙いはコストの圧縮だ。着床式と浮体式の導入における一つの線引きが水深50メートル。そうした水深で着床式と同程度のコストを実現することを目標にする。

風車には2枚羽根を採用。発電機が入ったナセル部分を小さくすることで強風対策を施した。台風など日本の厳しい環境に耐える結果を示せれば「画期的なことになる」と、丸紅の幾島渉・国内電力プロジェクト部長は期待を込める。


発電事業はかかわる企業が幅広く、それは洋上風力も同じ。たとえば準大手ゼネコンの戸田建設。同社は2012年、長崎県五島市沖に2000キロワットの浮体式洋上風力発電設備を建設、現在では事業全体を取り仕切る。

今年5月には風車を設置するための専用船を完成させた。従来は大型クレーン船を使い風車を吊り上げていたが、専用船では沖まで風車を吊り上げずに運び、コストを低減する。洋上風力は、調査や設計、運用など「全部やってみないと最適解が見えてこない」(戸田建設の佐藤郁エネルギー事業部副事業部長)。そのノウハウをいち早く蓄積していることが強みだ。

欧州のエネルギー会社も商機をうかがう。ノルウェーのエクイノール社は9月、日本オフィスを開設した。同社は昨年英スコットランド沖で浮体式風力発電設備の運転を始めており、日本でビジネスチャンスを探る。

一方で、浮体式洋上風力の普及には課題も多い。

運転・保守体制に課題

まず送電網への接続が可能かどうかだ。台風や津波といった災害リスク、波が高い日には設備に近づけないことを織り込んだうえで運転・保守体制を確立する必要がある。実務上は、運転実績が少ない中で損害保険をかけられるかどうかも重要だ。建設には環境アセスをクリアすることが大前提であり、漁業に対する影響や景観への配慮は欠かせない。

さらに重要なのが、海域利用のルールを明確化することだ。港湾区域に関しては海域を最長20年にわたり占有できる制度が整備されているものの、大部分を占める一般海域については制度整備がなされていない。

最長30年の占有を認める法案が先の通常国会に提出されたが廃案となった。洋上風力のような大型プロジェクトでは、一定期間操業できることを担保できなければ、金融機関などから融資を受けることは難しい。


今夏に決定した政府のエネルギー基本計画は、再生可能エネルギーの主力電源化をうたう。その一方で、2030年度に想定される電源構成については、2015年にまとめた数字を踏襲しており、風力発電の想定割合はわずか1.7%。東京大学の石原孟教授は「現状でも世界平均が5〜6%であることを考えると、風力発電を推進する力があまりに弱い」と指摘する。卵が先か鶏が先かの議論だが、電源育成に政府の後押しが必要なことは間違いないだろう。


当記事は「週刊東洋経済」10月27日号 <10月22日発売>からの転載記事です

欧州では風車、送電ケーブルなどで「メーカーの寡占化が進んでいる」(石原教授)。ただ、浮体式風力を商業ベースに乗せた例はほとんどなく、この分野では日本企業が世界をリードできる可能性がある。官民の本気度が問われる。