ジャーナリズムNGO「ワセダクロニクル」の新シリーズ「製薬マネーと医師」が始まった(http://www.wasedachronicle.org/articles/docyens/e2/)。

 製薬企業の業界団体「日本製薬工業協会(以下、製薬協)」に加盟する71社が、2016年度に医師に支払った講師謝金やコンサルタント料266億円を対象とした大規模な調査である。

 調査は、ワセダクロニクルと医療ガバナンス研究所がタッグを組んで行われ、私も関わった。中心となったのは、ワセダクロニクルの編集長の渡辺周さんである。

 彼は、朝日新聞の記者だった頃から製薬マネーを追い続けてきた。

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製薬マネーでゆがむ調査報道

 しかし、朝日新聞に限らず、多くの大手新聞社は、近年発行部数や広告料の減少に喘いでおり、広告主である製薬会社のあり方を追及するような調査報道が難しくなっているのだという。

 そのため、ジャーナリズムを追求するために自らが立ち上げたワセダクロニクルにおいて、製薬マネーを取り上げることは、渡辺さんの悲願だった。

 実は、製薬企業と医師の関係は、国際的にも非常に高い関心を集めている領域である。

 最大の理由は、製薬企業から医師間への金銭供与が、潜在的に患者の健康やウェルビーイングを損ねる可能性が徐々に明らかとなってきたことである。

 もちろん、製薬企業から金銭を受け取ること自体は誹りを受けることではない。

 しかし、このような形での金銭供与は、薬剤処方をはじめとする診療行為(DeJong et al., 2016)やガイドラインの策定(Choudhry et al., 2002)、学会などにおける学術活動(Rothman et al., 2009)、医学雑誌の編集作業(Liu et al. 2017)などを介して、製薬企業を利する可能性があると指摘されている。

 加えて、過去、製薬企業と医師の行き過ぎた関係は、繰り返し研究不正の温床となってきた。

 実際、日本においても、2000年代後半から2010年代前半にかけてメディアを賑わしたディオバン事件の記憶は新しい。

 そのような失敗を反省し、製薬企業は医師への支払い額を、医師は製薬企業への利益相反を、公に申告することで、その関係性の正当性を担保しているのである。

 現在、このような情報公開の先端を走っているのは米国である。同国においては、2010年に「Physician Payments Sunshine Acts(サンシャイン法)」が制定され、製薬会社から医師に支払われた金銭の公開が、2014年9月から開始された(公開されたデータは2012年分より)。

 特筆すべき点は、ホームページ(https://openpaymentsdata.cms.gov/)の閲覧性の高さである。

情報公開の進む米国、後れる日本

 ホームページの検索欄に、該当する医師の名前を入力するだけで、当該医師が、製薬企業や医療機器メーカーから受領した金銭の総額、さらに、関連企業の株の所持といった情報を簡単に確認できる。

 ぜひ一度ホームページを訪問して、ユーザーフレンドリーなプラットフォームを体感してほしい。このような情報公開の姿勢の根底にあるのは、「主治医と製薬企業の関係を一般の国民が分かるようにする」という極めて明快なコンセプトである。

 また、データの2次利用も簡便であり、その解析により、すでに多くの研究が、名だたる医学雑誌に発表されている。

 最近、私はこの問題に取り組んでいる米国の著名な医師に話を聞く機会があった。

 彼は、「すべての医師は、望んで製薬企業との関係をチェックされるべきだ」と語っていた。医師自らが自分の行動を律しようとする「Professional autonomy」のあるべき姿と感じられた。

 では、日本はどうか。実は、日本においては、サンシャイン法の実施に先駆けて、2012年に、製薬企業から医師に支払われる金銭データの公開が開始された。

 これは、製薬協が中心となって策定された「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」のもとに発展した流れである。

 しかし当時、画期的と見なされた同ガイドラインには、問題点が多い。最大の問題は、「誰に向けて、なぜ、このような情報を公開しているのか」という視点が、多くの製薬企業において欠けていることである。

 実は、一般の人が医師の支払い情報にアクセスすることを難しくするために、製薬企業は様々な「創意工夫」を凝らしている。

 多くの企業が、薬剤を使用する国民ではなく自らの取引相手であり薬剤の処方権限を持っている医者の方を向いて仕事をしている。このため、どうしても情報公開に後ろ向きにならざるを得ないのだ。

 それぞれの製薬企業が医師への支払い情報を公開しているウエブページには、製薬協の以下のウエブページ(http://www.jpma.or.jp/tomeisei/guideline/2016.html)から飛ぶことができる。

望む情報になかなかたどり着けない日本

 しかし、望む情報に辿りつくのは決して容易ではない。具体的な例として、第一三共について説明したい。

 同社は、2016年度の国内医療用医薬品売上額が第1位であった日本を代表する製薬企業である。また、製薬協のガイドラインの中で医師への謝礼に該当するC項目「原稿執筆料等」の支払い額は20.2億円に達し、同年の1位であった。

 以下のURLをクリックいただければ、第一三共の情報公開ページに進むことができる。

(https://www.daiichisankyo.co.jp/corporate/csr/toumeisei/houshin/2012.html)

 「医療機関等への支払いについて」というページの一番下に、目立たないように存在する「企業活動と医療機関等への資金提供に関する情報」というアイコンを押すと、目的とするページに進むことができる。

 そこには驚くべき文言が並ぶ。以下、実際の言葉を引用する。

 本ウエブサイトの利用に際し、次の行為を禁止します。

違反行為が認められた場合は、情報提供の制限・その他の措置を取らせていただく場合があります。

・ 本ウエブサイトに記載のある医療機関等または当社グループに不利益もしくは損害を与える行為、またはその恐れのある行為

・ 本ウエブサイトに記載のある医療機関等または当社グループの名誉もしくは信用を毀損する行為

・ 本ウエブサイトで得られた情報を営利目的で利用する行為

・ 本ウエブサイトに記載された内容を無断で転載・転用する行為

・ 法令等・公序良俗に反する行為、またはその恐れのある行為

・ その他、当社グループが不適切と判断する行為

個人情報の入力を求められる

 薬剤費の大半が公的保険によって賄われていることを考慮すると、製薬企業から医師への支払い情報は、公益性の高い情報と言える。

 そのため、「営利目的での利用」を禁じるのは理解できるとしても、具体例も挙げることなく、「当社グループが不適切と判断する行為」を禁じるのは、情報公開の姿勢として、疑問を感じる。

 また、「無断で転載・転用する行為」を禁じるとあるが、このような論理がまかり通れば、実際に公開されている情報が正しいかどうかを確認することも難しい。

 ただ、これらの文言に同意し、勇気を持って次のページに進むアイコンを押したとしても、そこに記載されているのは、C項目「原稿執筆料等」とそのサブカテゴリーの総額のみである。

 医師個人への具体的な支払い額を閲覧するには、個別の申請を必要とする。専用のフォームに、申請者自らの氏名や会社名、住所、電話番号といった情報を入力し、申請を行う。

 その後、第一三共での審査を経て、ようやく個別の医師への支払額を確認することができる。もちろん情報は閲覧するのみであり、ダウンロードや印刷はできないように設計されている。

 加えて、医師や施設名の名前、金額といった具体的な情報は、「画像」に加工されており、文字としては認識できない。さらに、検索機能は極めて貧弱であり、目的とする医師の情報にたどり着くには、何十もあるウエブページを一つひとつめくっていくほかない。

 なお、第一三共に限らず、大多数の製薬企業は、C項目の情報公開に対して同様の姿勢で望んでいる。

不適切な公開データを集計し直す

 そのため、一個人が、一つひとつの製薬企業が公開している情報を集計して、自分の主治医と製薬企業との関係の全貌を把握することは実質不可能である。そもそも、前述の但し書きにおいて、そのような行為は、「固く禁じられている」わけだ。

 ワセダクロニクルに出入りする学生さん方は、このように、不親切な形で公開されているデータを、一つひとつ集計可能なデータに直していった。

 ダウンロードができない形式で公開されている場合はスクリーンショットを用いて保存した後、OCR機能を用いて文字に変換した。

 20万件を超える膨大なデータであり、当然正確に文字に変換されない箇所も存在する。そのような誤変換は一つひとつ修正していった。まさに気が遠くなるような作業である。

 学生さんが当時を振り返りながら、辟易しながら語っていた。「最初からもう少し使いやすい形で情報公開をしてくれればいいのに」。まさに、その通りだと思う。何が障壁になっているのだろうか。

 製薬企業の側からしてみれば、彼らが公開しているのは医師の個人情報であり、その使用を制限するのは当然であるという反論がなされるかもしれない。

 しかし、このような形での情報公開を行うことを前提に、勉強会の講師や原稿の執筆といった仕事を依頼し、一方で、情報公開に同意しない医師とはお付き合いしなければいいのではないだろうか。

 現代社会においては、医薬品の有効性や副作用といった情報に容易にアクセスすることが可能である。再現可能な効能があり、患者にメリットがある薬剤であれば、立場ある方々にわざわざ依頼して宣伝を行わなくとも、多くの善意ある医師は、処方するはずである。

 また、医師の責任も大きい。医師が持つ処方権は極めて強い権限である。

 前述の米国の医師の言葉にもあったが、私たちは、製薬企業と自らの関係を進んでチェックされるべきである。

 医療費の大半は国民皆保険制度によって支払われており、その費用を負担するのは国民である。製薬企業と医師が適切な関係を結ぶうえで、情報公開に対しての医師の考え方も変わっていく必要があるだろう。

 ワセダクロニクルの新シリーズ「製薬マネーと医師」は始まったばかりである。私たちも独自の視点でこの問題に切り込んでいきたいと考えている。

参照

Choudhry et al. (2002) Relationships between authors of clinical practice guidelines and the pharmaceutical industry. JAMA 287: 612-7.
Delong et al. (2016) Pharmaceutical industry-sponsored meals and physician prescribing patterns for medicare beneficiaries. JAMA Intern Med 175:1114-22.
Liu et al. (2017) Payments by US pharmaceutical and medical device manufacturers to US medical journals: retrospective observational study 359:j4619.
Rothman DJ et al. (2009) Professional medical associations and their relationships with industry. JAMA 301:1367-72.

筆者:尾崎 章彦