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大企業の仕事を「面白みがない」「成長しない」「やりがいがない」などと批判する人がいます。そういう人が勧めるのは「1年目から大きな仕事ができる」というベンチャー企業の仕事。しかし、それは本当でしょうか。投資家の三戸政和氏は「大企業の仕事が細分化されているのは、そのほうが業務を効率的に回せるから。ベンチャー企業の『大きな仕事』は非効率なだけであることも多い」といいます――。(第3回)

※本稿は、三戸政和『サラリーマンは300万円で会社を買いなさい』(講談社)の一部を再編集したものです。

■大企業は面白くない、の勘違い

ベンチャー企業を志向する人の中には、大企業の仕事を「面白みがない」「成長しない」「やりがいがない」などと批判する人が結構多いのですが、少々短絡的で、視野が狭い気がします。大企業や業界大手が中小企業と何が違うかというと、業務の進め方やシステムなどの仕組みが非常に洗練されている、という点です。

あなたが現在勤務している会社の主要ビジネスは、業界で何位でしょうか。産業にもよると思いますが、何十年も存続し、業界で名の知られた一定規模以上の企業であれば、いくつかの事業は業界で5位以内に入っているのではないでしょうか。

業界5位でも、長年の厳しい競争に勝ち残った、紛れもない勝者の一角です。当然そこには、歴史を刻むだけのノウハウが蓄積されています。

当たり前ですが、ビジネスモデルだけでは、企業は競争に勝てません。事業は総力戦です。企画開発力、設計力、生産管理力、品質管理力、資本力、資金調達力、マーケティング力、人材採用力、組織力、ブランディング力、購買力、販売力などなど、経営のあらゆる要素を駆使し、マネジメントできていなければ生き残れません。

そうして勝ち残った企業は、勝利のビジネスモデルを持っていると同時に、非常にレベルが高く、最新のビジネスシーンに最適化され、洗練された“勝利のマネジメントモデル”を持っています。

そして、名の知れた企業、優良な企業のもとには、優秀な人材が集まります。中でも特に優秀な社員たちが、社内のマネジメントモデルを次々にアップデートしていきます。

アメリカや日本の一流企業から最新のマネジメントモデルを学び、最新の管理ツールを導入していきます。無駄を省き、モチベーションを高め、生産性を最大化する工夫を常にしているのです。「変化対応業」を標榜したのはかのセブン−イレブンですが、この言葉は、優れた大手企業の社内改善にも当てはまるものだと思います。

■大企業にいるから習得できるマネジメントモデル

もしあなたが今、大企業、大手企業にいるのでしたら、僥倖(ぎょうこう)です。たとえ自社のマネジメントの“仕組み”に無関心なタイプだったとしても、あるいは、ある日突然新しい仕組みが導入されて仕事のやり方が変わるのを面倒だと感じるタイプだとしても、それでもあなたは、日々の業務を通じて、絶えずアップデートされた“勝利のマネジメントモデル”の使い方を習得し、当たり前に使いこなしています。

集合研修で学ぶことは、OJTで習得して自然に使いこなしているモデルを体系化し、より深く頭で理解できるよう、理論化したものです。

そのように体系化された理論を頭でもしっかり理解することは、将来あなたが会社を買って経営者になるうえでは重要です。集合研修に真剣に参加していない人は、会社が“タダ”で与えてくれた、将来社長になり、資本家になるための勉強の機会を逸していることになります。正直、もったいない限りです。

理論というものは、そのマネジメントの仕組みを実務で使い、実践した経験のない人がいくら勉強しても、なかなか肚(はら)に落ちず、身につくことがありません。しかし、実地に経験を積み、マネジメントをしてきた人なら、基本はすでに身についているため、理論の理解も早いといえます。

■中小企業は最新モデルを知らない

そして、そのあなたのマネジメントスキル(と、体系化された理論の学習)は、やがて中小企業の経営を担う際に、圧倒的な優位性となりえます。

大企業にいるあなたは、経営効率や生産性を高めるために営業管理、経理・財務管理、倉庫・物流管理、調達管理など、さまざまな業務管理システムが導入されていて「当たり前」と思うでしょう。

でも、中小企業の多くは、そんな新しいマネジメントモデルがほとんど導入されていません。

あなたの会社が、20年前、30年前にどの程度パソコンやオンラインシステムが整っていたかふり返ってみてください。中小企業の“今”はまだその状態に近いといっても過言ではありません。古色蒼然とした数十年前の管理の仕組みを、いまだに進化させることなく使い続けているところがたくさんあります。

いってみれば、会社そのものが「型落ち」。

もちろん、中には最新機器やシステムを導入している会社もあります。でもそれは、事業を行ううえで必要に迫られたからです。クライアントから先進的な業務システムの導入を要求され、「導入していただけないと、今後は仕事を発注できなくなります」などと言われて初めて、仕方なく導入する――そういうものです。

中小企業のシステム導入が遅れるのは、1に初期費用がかかるため、2にそもそもそのシステムの存在を知らないからです。

■中小企業の生産効率が低いわけ

業務システムというのは業務上の無駄を省いて効率化したり、労働時間を短縮したり、生産性を高めたりすることで、企業の利益率を高めるために導入するものです。

たとえば、マネジメントがずさんな営業の現場では、

・得意顧客ばかり頻繁に訪問し、苦手な顧客にはアプローチしない。
・ダンピング競争が進んでいる利益率の低い商品を一生懸命営業している。結果、売れば売るほど赤字が膨らむ。
・複数の営業マンがそれぞれ別のルートから同じ企業にアプローチしている。顧客情報が共有されていない。
・営業マンによってやり方が違う。
・自らの産業の動向には詳しいが、クロスセルできるようなほかの産業の動向には疎い。
・客先で受注を受けても、一度会社に戻ってからでないと受注手配ができない。
・部下に仕事を教えない。教えられない。「見て覚えろ」というスタイル。

といった“非効率”がそこかしこに存在しています。

そこで、顧客情報を管理・共有したり、業務フローを普遍化したり、業務を通じて早く効率的に成長できるOJTを導入したり、クラウドによってどこからでもリモートでシステムにアクセスできるようにしたりすることで、営業の機会損失や無駄を減らすことができるのです。

また、業務システムだけでなく、組織力を高める「チームビルディング」や、部下に対して自らの気づきにより自己成長を促す「コーチング」、会議の参加者全員の意見・アイデアを引き出す「ファシリテーション」、社員のモチベーションを高める仕組み、良いところを伸ばすための評価システム、人と人とのコミュニケーションのツール等々を導入することで生産性を上げることができるのです。

こうした業務システムやコミュニケーションツールの多くは、今ではクラウド化が進んでおり、中小企業の経営体力でも問題なく導入することができます。

しかし、新しいことを覚えるのは誰でも面倒臭く、メンバーの反発もあります。中小企業では、そもそもそんなシステムの導入は検討すらしていない先がほとんどです。そんなことから、進歩を続ける大企業に比べ、なかなか生産効率が上がってこないのです。

■だから大企業に良い人材が集まる

大企業がこのようなシステムを導入するのは、経営を数値管理できているため、投資対効果がプラスになると計算できるからです。

利益率の高い商品を継続的に買ってくれそうな顧客に優先的にアプローチし、残業が減り、モチベーションが上がり、若手社員が早く成長し、会議が活発化して全員がアイデアを出すようになってくれれば、営業効率は何%かの改善が見込める。業務システムの導入費用や、コミュニケーションツールの講師代など、それを考えれば微々たるものだ、と大企業には“わかる”のです。

■「すごいスピードでの成長」は超絶ブラック企業かも

一方で、残念ながらほとんどの中小企業では、このような数値管理や人材育成の投資を行っていません。

昨今は、どの業界でも人材が不足しているので、優秀な人材の取り合いになっています。人材は企業の生命線です。良い人材が採れるかどうかで企業の未来が決まるといっても過言ではありません。

どこかの飲食チェーンのように、社長から「24時間365日働け」と強要されたり、どこかのITベンチャーのように、「うちは1年目から責任の大きな仕事を任せるから、凄いスピードで成長できるよ」と誘われて行ってみたら、長時間のサービス残業が当たり前の超絶ブラックだったりするような企業は、今ではまったく通用しません。瞬く間にネットで晒され、即アウト。優秀な人材からそっぽを向かれます。

それがわかっている経営者は今、福利厚生を手厚くしたり、給料をよくしたり、オフィスを格好良くするだけでなく、リモートワークやフレックス制度などワークライフバランスの重視、女性の活躍を支援する制度など、働き方改革に力を入れています。

企業と社員の関係性は、景気や時代によって変化します。人材不足の今は、主役は社員なのです。良い企業であるほど社員を大切に扱っています。

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三戸政和(みと・まさかず)
株式会社日本創生投資代表取締役CEO。1978年兵庫県生まれ。同志社大学卒業後、2005年ソフトバンク・インベストメント(現SBIインベストメント)入社。ベンチャーキャピタリストとして日本やシンガポール、インドのファンドを担当し、ベンチャー投資や投資先にてM&A戦略、株式公開支援などを行う。2011年兵庫県議会議員に当選し、行政改革を推進。2014年地元の加古川市長選挙に出馬するも落選。2016年日本創生投資を投資予算30億円で創設し、中小企業に対する事業再生・事業承継に関するバイアウト投資を行っている。また、事業再生支援を行う株式会社中小事業活性の代表取締役副社長を務め、コンサルティング業務も行っている。

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(株式会社日本創生投資代表取締役CEO 三戸 政和 写真=iStock.com)