「最高峰の紙の博覧会」をコンセプトに、4月15日と16日の2日間にわたって浅草・東京都立産業貿易センター台東館で行われた『紙博』。
今年が初開催となるが、開催前日に何気なくTwitterで検索したところ、
「限定のアイテムが多くてあれもこれも買いたい! 欲しいものが絞れない」
「気軽にのぞくと散在しそうで怖い……」
「東京ではそんなステキなイベントが!? ●●(地名)でもやってくれないかな」
などなど、さかのぼりきれないほどのツイート数で、全国的に注目を集めている様子。
日本人は文具など紙モノが好きな人種だと薄々知ってはいたけれど、これほどまでに熱いとは……と驚くほどだった。



セロハンテープを貼ってるように見える印刷技術


初日15日の開場時間に行ってみたところ、すでに会場内には行列ができているブースがいくつかあった。
まずはエントランス近くにある「印刷加工連」にお邪魔する。こちらは印刷や加工を得意とする6社の町工場のグループで、斜めにページを開けてめくりやすい“ななめリングノート”などが定番人気商品だ。
なかでも目を引いたのが、写真の封筒。


遠目にはセロハンテープを無造作に貼ったように見えるが、実はこれは箔押しという技術を使った印刷で、よく見ると指紋やギザギザのテープを切った跡なども細かく再現されている。
「『紙博』参加にあたって、6社それぞれの技術を活かしたおもしろ新作商品をいろいろ持ち寄りました。この箔押しの封筒は平らな版(型)を押して作りますが、セロハンテープを貼ったような微妙な厚みや指紋などの段差を1回で押すのにはかなり細かい設定が必要。見えにくい部分にこだわりがあるんです」(印刷加工連 東北紙業社・加藤清隆さん)

ちなみに一番行列が長かったのは、マスキングテープの人気ブランド「mt -masking tape-」のブース。
“紙モノ”というと便箋やノートなどを想像しがちだが、一般的に知られている、上から文字が書けて貼り直しもできるマスキングテープにも和紙などの紙が使われている。mtを展開しているカモ井加工紙株式会社は老舗の工業用テープメーカーで、同社のテープを手芸などクラフトに使う人が増えたことからブランド化に踏み切ったのだそう。この日は『紙博』限定柄が2種類発売されたほか、初めて扱うというカラフルなワックスペーパーやラッピングペーパーなども販売された。




謎のトイレットペーパーひっぱりゲーム


そして会場内でひときわにぎやかなブースがあったのでのぞいてみると、トイレットペーパーの耳(端)を40秒以内にすばやく巻き取ると豪華な紙アイテムがもらえるという「トイレットペーパーひっぱりゲーム」(1回100円)……いや、確かに紙モノだけども!?


かなりストレス解消になりそうなこのゲームができるのが、和紙の名産地・美濃の老舗紙メーカー「シイング(紙イング)」のブース。
こちらには結婚式の2次会で余興のアイテムとして使えそうなご祝儀袋「かみめん」を売っていたりと、なかなかに攻めたアイテムが多かった。



あちこち散策していると、大きなするめののぼりを置いたブースが目に止まった。
伊勢海老のご祝儀袋や視力検査でおなじみのあの図形が描かれたポチ袋やマスキングテープ、わら人形のシールなど、ラインアップが見るからにゆるいこちらのブースは、大阪発の和紙ブランド「和紙田大學」。
「うちの会社は元々、全国の和紙を扱う和紙問屋なんです。全国の選りすぐりの和紙に、遊び心のあるデザイナーたちのアイデアを加えてこういった商品ができあがりました。やはり笑いの都・大阪で商売するなら、笑える感覚を加えなければというのは我々が一番こだわっているところ。なにせブランド名がブランド名ですから(笑)」(株式会社オオウエ・大上博行さん)




紙で鳴らすオルゴール


さて、この『紙博』では印刷技術などのさまざまなワークショップも行われた。その中で“紙巻きオルゴール”を体験できる「paper tunes」のブースにお邪魔した。穴の空いた紙のシートを本体に通すことで音を出せるこの紙巻きオルゴールは、穴の位置を変えることでさまざまな音楽が鳴らせる手のひらサイズの“楽器”なのだ。



紙巻きオルゴールは、紙を入れるスロットの下にある15個のスターホイールが、下の板をはじいて音を鳴らす仕組みになっている。はがき程度の厚さの専用“五線紙”は、ピアノでいうと2オクターブ分の白い鍵盤部分を表していて、一般的な歌謡曲のサビ部分程度となる4小節分の音を鳴らせるそうだ。


体験でまず最初はシートに適当に穴を空けて音を鳴らし、次に好きな図形を、その次に自分の名前やメッセージなどの文字を書いて、その上からパンチを入れて音を鳴らしていく。この回の参加者の方が作った「ありがとう」の音色がこちら。


そして当日販売されていた、お試し用の「ハッピーバースデーキット」(オルゴール込み3980円)の「Happy Birthday」の音色もどうぞ。

杉山 このオルゴールの機械の仕掛け自体は昔からあるものなんですが、こういう風に“紙で遊ぶ”という発想が、それまで作っていた方々にはなかったようなんです。僕は音楽も絵も好きなので、目で見て楽しむ絵や言葉と耳で聴く音楽を組み合わせてメッセージとして伝えることができたら、音楽に詳しくない方でも図工みたいな感覚で音楽を楽しめるんじゃないかと思ったのが作ったきっかけですね。マンガや文章、写真で表現をされる作家の方の作品に効果音を付けたような形のコラボ作品も作っていますが、今後もっと開発を進めて広く展開していければと考えています。

約50ブースが出展していた『紙博』。他にも気になるブツが山ほどあった。





ブックデザインの第一人者「植毛印刷をやりたかった」


さてこの日のハイライトの一つが、ブックデザインの第一人者である祖父江慎さんによるトーク「紙ってふしぎ 2次元のくせに存在感ありすぎです」。
過去にコネタでも紹介しているが、さまざまなインパクトのある出版物のデザインを手掛けてきた祖父江さんによるトークということで注目度が高く、ステージ周辺は黒山の人だかりに。


印刷に使われる紙や印刷技術の解説など、ご本人いわく「ためになるねえ〜(笑)」な情報はもちろん、本のデザインを手掛ける中で作者の意向を尊重しつつ、紙代をできるだけおさえたい出版社や、特殊な印刷の場合には骨を折ってもらわなければならない印刷所などとの攻防の末に1冊の本が完成するまでのストーリーがとにかく面白い。
例えば“本文用紙(文章が入っているページの紙)は白かクリーム色限定”という風潮に「そこで僕は『カラーの本文用紙を開発したいじゃん!』と思ったわけですよ」と対抗意識を燃やしたという祖父江さん。大学の先輩であるしりあがり寿さんの著作『ゲロゲロプースカ』(エンターブレイン刊、2007年)では、ページごとにカラフルな紙を使い世間を驚かせた。

さらに吉田戦車さんの著作『殴るぞ!』(小学館刊、2002年)が発売されるまでのエピソードが秀逸。


祖父江 この本は、最初は紙に毛が生えたような植毛印刷にしたかったんですよ。『殴るぞ!』ってタイトルだけど、殴ってもふわふわした毛の生えた紙だったらいいんじゃないの〜と思って。でも戦車さんに相談したら「本に毛が生えてるのは生理的にヤだ!」って言われちゃって(笑)。それで、戦車さんは自然志向な方だから羊毛紙(羊毛が入った紙)を提案したんですね。無駄な色を使うのをやめて、代わりに無駄な印刷を……表紙に立体的な文字を付けたんです。昔の印刷技術ではこういった加工は難しかったので、1刷は点字専門の印刷屋さんで刷ってもらったんですよ。あとは羊毛入りだからウールマークを入れたかったんだけど、申請登録が間に合わなかったね(笑)。この巻は秋口に発売する予定だったんだけど、なかなか羊毛が手に入らなかったんだよ。なぜかというと羊牧場の方々が「これから寒くなるのに羊の毛は刈れねえ! うちの羊が風邪引いちゃう」って反対したんだって。でも結局発売日に間に合ったということは、世界のどこかに風邪を引いた羊がいるということで(会場爆笑)。この本を見るたびに悪かったなあと思ってね。


他にも現在、祖父江さんが展示などでかかわっている「スヌーピーミュージアム」でのこだわりなどを紹介。
「スヌーピーというと自然体というイメージだから、このミュージアム用に『ゆるチップ』というゴミ(古紙)入りの紙を作りました」(祖父江)ということで温かみのある4色の紙がチケット用に開発され、この紙に毎日日替わりのマンガが印刷されて販売されているとのこと。この日のトークで話題に上ったのは祖父江さんの仕事のほんの一部であり、まだまだ伝説があるとの噂で、筆者含む参加者はみんな前のめりでお話に聞き入っていたと思う。

一言で紙といっても商品やサービスなどさまざまな切り口があり、再入場も可能だったためのべ10000人近い来場者たちが比較的長時間、買い物やイベントを楽しんでいたようだ。
大きな手提げ袋を3つも提げて歩いていたある女性に話を聞くと、
「出展者の方と直接お話して商品が出来上がるまでを聞いたりすると、シンプルなノートやペーパー1つを取っても興味が湧いてきますよね。つい買いすぎちゃって……(笑)」
と笑っていた。
早くも次が待ち遠しくなるような“紙”イベントだった『紙博』。今後も年1回ペースで開催される予定とのことなのでお楽しみに。
(古知屋ジュン)