意外に多い? 「昇進」が原因で陥るメンタル不調
執筆:玉井 仁(臨床心理士)
2015年12月から、職場のストレスチェックが実施されるようになりました。
厚生労働省がこの制度を導入した背景には、働く人のメンタルヘルスの問題が深刻しつつある状況があります。
今回は、「昇進」が引き金になったメンタル不調のケースを紹介したいと思います。
昇進は「悪い」こと?
近年は、昇進を必ずしも喜ばしいことと認識しない、昇進を希望しないという考えを持つ人が増えているようです。
昇進すると、残業代が出なくなる、責任は重くなるのに決定権は強くならない、中間管理職として上司からのプレッシャーと部下からの突き上げに挟まれる……などが理由として考えられます。あるいは、最初から人の上に立つことを避けたい人もいるのかもしれません。
そして実際に、昇進をきっかけにメンタル不調に陥る人も、決して少なくないのです。
本来、昇進することは、報酬や社会的地位の上昇といった現実的な利益を得ることでもありますが、それは組織において豊かな経験を積んでいることを認められた証拠です。
後輩を指導することを期待され、また自分も後輩のモデルになるべく自分を高めるという、これまでになかった喜びを得られるチャンスでもあり、めでたいことであるはずです。
一体なぜ、昇進することでメンタル不調を引き起こしてしまったのでしょうか。
「どういう上司になりたいか」
実際に昇進した時、どのような上司として新しい部下たちに接しようとするのか。
多くの人のカウンセリングをしてきて感じることは、ここにその後の不調へとつながる大きな分かれ道がありそうだということです。
「上司は、部下の模範とならなければならない」という気持ちは、誰でも多少は持つことでしょう。
しかしそこから、「上司は部下をうまく導かなければならない」「わからないことを部下に尋ねるなんてありえない」「上司は部下よりもタフで、知的にも経験にも部下を圧倒している」──といった具合に理想の上司像を尖鋭化していくのは危険です。
いずれ、理想と現実のギャップに苦しむことになりかねません。
特に最初の管理職への昇進、多くの公務員であれば係長クラスへの昇進、企業ではその規模によってさまざまですが、一般には課長クラスへの昇進のタイミングが、一般社員から管理職への大きな川を越えることになるようです。
仕事の負荷に対する対応力を広げる
メンタルの調子を崩す人ほど、より上司の期待に応え、良い部下として成果を出そうと奮闘してきた人であることが多いようです。
だからこそ評価され、昇進するのでしょうが、限度を超えた頑張りは大きなリスクとなり得ます。
上司や部下の期待に応えることばかりを追求していると、いつかパンクします。中間管理職に昇進した人に必要なのは、それらの期待に対して時に「No」と言うことです。
特に、上司に対して「No」と言うのは簡単ではないでしょう。
しかし、その理由を説明し、必要なら議論し、より良い結果を求めることは有意義です。お互いに納得できる落としどころを探ること、それは自分の対応の幅を広げてくれます。
大きな負荷に正面から耐える力ばかりを磨いていても、限界があります。負荷を受け流す、あるいは負荷そのものを軽くするための知恵が必要です。
昇進は、そうした自分の対応力を拡張するチャンスと言えます。
柔軟に、時にしたたかに責任を果たせる立場を満喫してもらえたらと思います。
管理職になってつらいと感じたら、自分の仕事の仕方を少し角度を変えて見てみてください。お願い上手、断り上手、断られ上手、調整上手になりましょう。
<執筆者プロフィール>
玉井 仁(たまい・ひとし)
東京メンタルヘルス・カウンセリングセンター カウンセリング部長。臨床心理士、精神保健福祉士、上級プロフェッショナル心理カウンセラー。
著書に『著書:わかりやすい認知療法』(翻訳)など