少し前に、現代の小学生の82%がマッチを使えないという調査結果がネットで話題になっていましたが……。いつのまにかその存在自体が、昭和遺産となった感のあるマッチ。喫茶店やレストランなどでも禁煙があたりまえとなり、お客さんに宣伝もかねて無料で配っていたマッチを廃止したお店も多い。

ちなみに、マッチは兵庫県の地場産業で、姫路周辺では今なお、国内生産量の80〜90%ものマッチが製造されているという。改めて見ると、小さな箱にそのお店の世界観が凝縮され、デザイン的にも工夫やアイデアが凝らされたマッチは、ものとしても魅力的。コレクターズアイテムとして昔から集める人も多いらしく、なかなか奥が深いものなのである。

そんななか、今年4月に小野隆弘さんというマッチコレクターが、兵庫県・垂水にある雑居ビル2階に「たるみ燐寸博物館」という小さな展示室をオープンさせた。小野さんの本業はバッグや美容師やフローリスト向けのシザーケースの販売だそうで、ショールームも兼ねたお店の一角を手づくりで改装したのだそう。博物館と銘打ってはいるものの、自由に手にとって見ることもでき、質問などもできる気軽な空間である。5000個を超えるコレクションのなかから、厳選したものを展示し、時々入れ替えたりもしているそう。

ケンタッキーのマッチも


さっそくお話を伺ってみたところ、現在50代である小野さんのコレクション歴はなんと、小学生時代に遡るという。
「子どもって、収集癖があるじゃないですか。人によって興味の対象はいろいろだと思うんですけど、僕らの世代だとお菓子についているレインボーマンや仮面ライダーの怪人カードなどを集めるのが流行っていました。でもうちは裕福でもなかったので、そういうのは集められなくて(笑)。父親がお土産にもらってくるマッチを集めはじめたのがきっかけでしたね」。その後、大学生となってからは、自らが訪れた喫茶店やバーなどのマッチをさらに熱心に集めるようになったそう。


個人的に気になった、ファストフードやチェーン店関係のものが多かった一角。チキンバスケットの形状を模した、ケンタッキーのマッチが! 1970年代頃に、東京・北青山店で配布されていたもの。周辺には「モスバーガー」や「ドトール」、ベーカリーの「VIE DE FRANCE」、カフェ&バーの「PRONT」のマッチも。


小野さんが関西学院大学在学中によく訪れたという、いまはなき「みちくさ」という喫茶店のマッチ。大学のすぐそばにある喫茶店って、青春のノスタルジーそのもの……。
左にある「PASSWORD」というかつて三宮にあったという喫茶店も、よく訪れた思い出の店だそう。トンネルの奥から走ってくる汽車、その前を自転車で走る少女……とアールヌーボー調のデザインがなんとも素敵だ。

と、このように小野さんのコレクションは基本的に自ら訪れ、どこにあるどんなお店かを把握しているものが中心だったのだが、博物館をオープンしてからはなかなか行けない遠隔地のものや、明治・大正・昭和初期などの古い貴重なマッチラベルを譲り受ける機会も増えたそう。

「少しずつ調査・研究したりして、さらに深みにはまっています(笑)。あと、基本的に小心者なので、お店の人に『マッチありますか?』といえないことも多くて。禁煙のお店も増えたので、なんでマッチがいるの? と怪訝な顔をされることも多いですから。最近は行ったことがあるのに手元になかったマッチをいただいたりということも増え、ありがたいですね」とのこと。

マッチを通じて街の記憶と出会う



気になるマッチがあると、住所を見て訪ねてみることも。神戸・新開地にある喫茶店「茶房 小町」に古いマッチを持って訪ねたところ、大変喜ばれたそう。もともと手元に4種類のマッチを持っていたのだが、5つ目となる最後のひとつを店主から譲り受けることができたという。

「裏面に“冷房完備”とか“ジュークボックス新曲104曲!”なんていう宣伝文句が入っていて、時代を感じさせます。かつては2階にジュークボックスがあり、静かに音楽を聴く空間だったようですね。
小町という店名は店主のお祖母様が親戚の方と相談して名付けたとか、いろんなエピソードを聞けて、楽しかったですよ」

とのことで、魅力的なマッチを蒐集するだけでなく、マッチを通して、時代の流れとともに埋もれてしまいがちな、街の記憶やストーリーに出会いたいという思いがあるそう。小野さんは今後も、気になるマッチがあればお店巡りをしていくそうだ。


極小サイズがひときわ目を引く、かつて神戸・三宮にあった「CITY OF CITY」という喫茶店のマッチ。「マッチの軸となる薄い木の部分を、おそらく手作業でカットしていたのでは。他よりコストが高くつき、1個につき100円くらいかかっていると聞いた記憶があります。10個くらい持って帰ろうとしたら、止められました(笑)」


上は「ホテルオークラ神戸」のマッチ。オークラグループのマークはイチョウだが、神戸のみ、市花である紫陽花のマークが使われているそう。下2つは立て替えで話題になっていた、「ホテルオークラ東京」の古いマッチ。麻の葉柄など、和モダンな本館の意匠がデザインにあしらわれている。


これはいただきものだそう。レトロ喫茶好きのあいだではもはやレジェンドだったが、今年8月末に惜しまれつつ閉店した名曲喫茶、新宿「スカラ座」のマッチ。デザインもなにやら物語的で、ドラマティックだ。



これはなんと、マッチのギフトセット。かつては洗剤や砂糖などと同じく、ご家庭の必需品だったことがうかがえる。お中元やお歳暮、ちょっとした景品としても重宝されていたのかもしれませんね……。円筒形の容れ物には信じられないほど長いマッチが入っており、花火やお誕生日ケーキなどに火を灯すとき役立ちそう。


「当店のマッチは只今、制作中です」マッチ。
「パソコンがなかった時代、版下をつくるのにも時間がかかるのでオリジナルマッチが完成するまでのあいだ、使われていたものだと思います。おそらく、見本帳のようなものから店主が選んで使っていたんでしょうね。この、制作中マッチだけを集めているコレクターさんもいるんですよ」とのことでびっくり。

と、そんなわけで小さな展示室にもかかわらずついつい夢中になってしまい、2時間以上も滞在してしまった私。戦前〜戦後のマッチラベルについては書籍などもたくさん出ているが、昭和中期以降のマッチはまとめて見る機会が少ないこともあり、懐かしさもあって個人的にも心魅かれた。

「マッチ産業がこれからどうなるのかはわからないけど、訪れた人がこれらのマッチを見て、いろんなことを考えるきっかけになったらいいですね。僕はマッチラベルを集めていますが、マッチそのものにも魅力を感じています。 マッチを擦った瞬間の匂いって、まだ読んでいない本の表紙をめくって1行目を 読 み出す瞬間のような、非日常の世界へ入る儀式みたいなところがありますよね」と小野さん。

金銭やステータスなどの世間的な価値はないかもしれないけど、その人にとってはかけがえのない宝物……という意味の「センチメンタル・バリュー」 という言葉がある。街歩きで手に入れたマッチには、そのとき一緒に過ごした人や、楽しい時間の記憶がプラスされることで、単なるマッチ以上のものとなる。空っぽの古いマッチ箱の中には、まさに時代のセンチメンタル・バリューが詰まっているのかもしれない……。
(野崎 泉)

たるみ燐寸博物館(訪問の際は予約を)