純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学

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 大学には行っておけ。どうにか行かれるなら、多少の無理を融通しても、若いうちに行っておけ。もちろん、いまどき大学の講義で教わる程度の内容など、いくらでも本が出ているし、知らなくても、その場ですぐにネットで調べられる。だが、大学の意味というのは、そんなところには無い。なぜ古代から人間は学校というものを重視してきたのか。人間を変えられるのは、人間だけだからだ。


 私の担当は一般教養の「哲学」だから、いつも大教室だ。目は良い方ではないが、学生の席から教壇の教員が見えるのと同様、教壇から最前列はもちろん、最後列の教室の隅の学生までよく見える。年30回。同じ学生は、たいてい同じ場所に座っている。メールで毎度、講義後に小レポートを送らせているので、どの学生が何を考えているのか(なにも考えていないのか)も、よくわかる。まあ、学生の側からすれば、週の間にも多様な教員の講義や演習があり、それぞれのコマは、その中の一つにすぎないのかもしれないが、教員の側からすれば、むしろ一つのコマを通じて、それぞれの学生を通年で見続けることになる。


 これが、変わるのだ。本当に変わる。驚くほどに。さぼりまくって学期末、年度末になって久しぶりに出て来た学生とは、まったく違う。後者は、最初と同じ、ガキのまま。顔が緩みまくって、ヘラヘラとにやけている。いや、前者だって、最初はガキだった。教室に来たって、友人たちと落ち着かず、ごそごそもそもそやっていた。それが半年、一年を経ると、男も、女も、りりしく、ひきしまった顔、落ち着いて遠くを見据えた目つきに変わる。大学というものが、昔から人間が少年少女から青年に変われる時期に設置されているのも、なるほどと思わせる。


 一年の講義が終わっても、意外に教員は、以前の学生たちの顔を覚えている。いつも最前列にいた学生、文句ばかり言いながら三年も取り直してきた学生。ろくにノートも取らず、後ろの方でずっと腕を組んで聞いていた学生。学内で会えば、声を掛ける。よう、元気? 専門科目の方はどう? 向こうが私を知らないことはない。だが、なんで自分のことを覚えているんだ、というような怪訝な顔。それでも、ええ、大変ですよ、と話始めてくれる。賞を取ったんです、留学することにしました、と、うれしそうに自慢を語ってくれることもある。これが一番、私もうれしい。


 街中で、何年もたって声を掛けられることもある。すっかり社会人になって、しっかりとした大人の雰囲気に変わっている。それでも、覚えている。ああ、君か、いま何してるの? ええ、いろいろあって。ほんの立ち話だが、あまりの変わりようにびっくりする。十年もすれば、子供を連れていたり、自分で会社を経営していたり。一方、受講を途中で放りだした学生はダメだ。顔を背けて、コソコソといなくなる。どうせ自由選択科目の一つにすぎないのだし、その単位を取れなかったくらい、大したことではなかろうが、おそらくその後もすべてにおいて、その調子なのだろう。あいかわらずガキ。


 なぜ大学で講義を聴くと人間が成長できるのか、私にもよくわからない。正直なところ、それほど御立派な話をしているわけじゃない。それどころか、大学の教員も多様だから、どうしようもなくひどい講義もないわけではあるまい。だが、自分の経験からしても、黙って座って人の話を聞くことにおいて、人はいろいろ考える。そのとおり、と思うことも、違わないか、と思うことも。その分野のおもしろさを真剣に語ってくれる熱血先生、いくら偉くてもこんな人間にだけはなりたくないなと思わせる反面教師。言ってみれば、それはいろいろな人間像を見る動物園のようなもの。週25コマ、30週、4年間。自分のこれからの人生について考えるところ。


 役に立つとか立たないとか、専門がどうこう、就職がどうこうとか、そんな話は、じつは大したことじゃない。若いうちに4年間、人の話を聞いて、友人たちと付き合い、遊びや恋愛、バイトや旅行など、子供でもなく、大人でもない、まさにモラトリアム(執行猶予)を満喫しつつ、長い人生に備え、心の覚悟を整える。たしかに学費は安くはない。だが、行かれるなら、多少の無理を融通してでも、大学には行っておけ。きちんと勉強すれば、一度限りの人生において、それだけの意義と価値はまちがいなくある。


(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。著書に『夢見る幽霊:オバカオバケたちのドタバタ本格密室ミステリ』『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイソン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファンド「英雄」運用報告書』などがある。)