ポジティヴ主義の詐術/純丘曜彰 教授博士
あれを買うべきだ、ここへ行くべきだ、行政のムダを削減すべきだ、世界の平和に貢献すべきだ、ポジティヴに生きるべきだ、等々、なんとなくもっともらしい。しかし、古代ローマ時代にも、我田引水、党利党略の宣伝と演説が蔓延。
そんな中で安心哲学が出てくる。最初が懐疑主義。人の言っていることなんか信用しない。そもそも人のことなんか信用しない。得だ損だ、善だ悪だ、と喧しいが、そんなに得、そんなに善なら、まずはあんたが黙って一人でやってりゃよかろうに。健康にいい、と言われ、その後に発売禁止になったものがどれだけあろうか。短期的に得でも、いつかとんでもない損になるものなんか、おっかなくて手を出せるものか。よくわからない時代に身を守るには、よくわからない話には乗らないのが一番。
ついで出てきたのが快楽主義。あえて積極的に快楽を求める、というのではない。むしろ、自分の得になること以外は、まったくやらない。世界のために、とか、社会のために、とか、体のいい話は、たいていうさんくさい。とくに昨今、少子化で、どこもかしこも、タダで便利に使えるバカな子分や人手が欲しくて仕方がない。自分でやらないヤツらに限って、口先ばかりできれいごとを言う。おまけに、ヤツらは人の肩車を踏み台にして、もっと高いところを目指し、さっさと逃げ出す。利用するだけ利用したら、人を紙くずのように捨てる。だったら、こっちも最初から、よほど確実に自分が得になるのでもなければ、そんなヤツらには関わらない方がいい。
そして禁欲主義。これも、べつにムリに我慢するのでもない。現状で満足。それだけきちんと守って、それ以上のことは望まない。そんなのは向上心が無い、なんて言われたって、いまの時代、ジタバタしたところで上など望みようもない。人口が半減するというのに、経済がこれ以上に発展するわけもないし、いまの領土だって守りきれるわけがない。絶対にできっこないことでムダに悪あがきする方が、むしろ危険。せいぜいクビにならぬよう、変な濡れ衣を着せられぬよう、最低限のやることだけやって、できるかぎり手を引き、ひっそりと市井に埋もれ、隠れて生きる。
古代ローマも政争だらけ。かってに皇帝や将軍を僭称する連中が続出し、それらが互いに争って謀略と暗殺が横行。そんな連中に関わり合っても、いいことなんかない。昨今の日本の会社も、似たようなもの。傾き始めると、むちゃくちゃな帳尻合わせで、去るも地獄、残るも地獄。なんとかやりすごして、なるようになるのを待つだけ。
残念ながら、努力すればどうにかなる、などというのは、もはやよほど恵まれた、ごく一部の人々のみ。大半は、努力すれば努力するだけ、いいように人に搾取される。「ワーキングプア」というやつだ。いくらがんばったって、その道は出口には繋がっていない。それどころか、時間ばかりがいたずらに費やされ、道はどんどん細くなる。選択肢が無くなったところで、最後は自分自身のクビを絞める縄をなうはめに陥る。V字回復戦略企画室長、別名、リストラ本部長なんて、その典型。
ろくな仕事も無い、貯金も無い、結婚もできない、家族も持てない、という若いやつらの中には、いっそ箱根だか富士山だかが吹っ飛んで東京が壊滅し、すべてがひっくり返ったら、なんて不謹慎なことを心の底で望んでいるやつもいるのではないか。まあ、そうでないまでも、世の中は、いつかはかならず適当にひっくり返る。
そうなるまで、おもしろくもないだろうが、とりあえず生き残っていくには、臥薪嘗胆、のらりくらりと我慢が肝心。ヤケを起こし、調子のいいヤツの話に乗せられても、捨て駒にされるだけ。自爆テロと同じ。時代の巨大な潮流は、きみが一石を投じたくらいでは絶対に変えられない。ポジティヴにがんばるべきだ、なんて人に言っているヤツらには絶対に騙されるな。
(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大 学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。著書に『夢見る幽霊:オバカオバケたちのドタバタ本格密室ミステリ』『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイソン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファンド「英雄」運用報告書』などがある。)