直感でわかる仮説思考4/人の期待が分かればもっと仮説が出せるようになる/伊藤 達夫

心理学専攻の女の子が自閉症の子供に勉強を教えるというボランティアをしています。彼女がしみじみと言っていました。

「ボランティア先の子供が書く絵って、人に表情がないんですよね・・・。」

心理学を普通に勉強している人は、これがなぜかは知っています。でも、大抵の人は知らないことだと思います。

これはなぜだと思いますか?

いわゆる「自閉症」と言われる障害は、知能指数が低いわけではないのに、社会への適応に障害があるのです。

これはなぜでしょう?

知能指数が低いわけではないのに社会への適応に障害があると言われてもピンと来ないかもしれません。いわゆるIQは低くない。知能テストでは健常者と同じレベルの点数が取れるのです。

しかし、社会への適応に障害がある。

その理由は、人の表情を捉えたりするのがあまり上手ではないのです。ここまで使ってきた言葉で言えば、人の期待を感じる力が弱いということです。

その女の子はもう1つ言っていました。

「ボランティア先の子供って、ほとんど表情が変わらないんですよね・・・。」

これはつまり、自分の期待などを表現する力も弱いということです。すごく俗流に言えば、「自分の気持ちを表現することが苦手だし、人の気持ちをうまく読み取ることも苦手」ということになります。

ここまで説明してきたことをベースに言えば、自分の期待を表現するのも苦手だし、人の期待を読み取ることも苦手なわけです。社会への適応に問題が生じるほどにこの力が弱い人もいるということです。

逆に言うと、いわゆる健常者で社会に適応できている人は「自分の期待を表情として表現できて、他人の期待をある程度は読み取ることができる」ということになります。

程度の差こそあれ、普通に空気が読めるから社会生活ができている。空気が読めるならば人の期待がわかる。

言いたいことはもうわかりましたね。

そうです。人の期待がわかれば、もっと仮説が出せるようになるのです。

自分の期待することには限りがあります。いくら経験を積んでも、読書をしても。

でも、周りにはたくさんの人がいます。その人たち一人一人の期待がわかったとしたらどうでしょう?すごくたくさんの期待と後悔がわかるわけです。

そうすると、たくさんの「こんなことが起きたらいいな」がわかる。たくさんの「あの時こうすればよかった」がわかるのです。

でも、人の期待もさして変わらないんじゃないの?と思うかもしれません。ただね、全く同じ期待を持つことは絶対にできません。

たとえばね、人はいる場所によって、見ている風景は違うのはわかりますよね。富士山は見る角度などによっていろいろな違いを見せてくれます。いる場所が違うだけで経験が違うのです。

では、私がよく学生に聞く質問です。なぜ人は絶対に全く同じ経験をできないのか?

これは一瞬たりとも全く同じ経験ができないことを意味します。時系列で生まれた時から経験が違うとか、そういうことではない答えを求めています。

「双子なら同じ経験をしているかもしれない」と言った学生がいました。

なるほど、確かに似た経験はしているでしょう。

でもね、全く同じ経験ができない。それはなぜか?

引っ張り過ぎですね。ごめんなさい。答えは「肉体があるから」です。

体をどんなに近づけても、体がある以上、同じ空間を占めることはできません。ギューっとくっついたとしても。どんなに近づいても完全に同じ場所にいることはできない。すると、見えている世界、感じている世界は違う。つまり体験が違うのです。

だから、人によって抱く期待は絶対に違うわけです。

そうするとね、ビジネスで必要な仮説を立てるために、越えなければならないことがあることに気づきますね。

なんだと思いますか?

ヒントとしては人によって抱く期待は違う、です。

そうです。もうわかりましたね。

自分は経営者ではないので、会社自身でもないので、会社と一心同体ではなく、会社が抱く期待が何か?というのがわからないことがありえるということです。

これに対して言語的にビジョン、方向性の共有をするという解決策もありえます。ブランドに関してやってはいけないことの明確化、クレドの持ち運びなど、一般企業でやっていることを挙げたらきりがないでしょう。

でもね、もしも会社に入ってくる人があまり言語からリアリティを感じることが得意ではなかったとしたらどうなるでしょう。文字を覚えることが大事だとしか思っていない人に伝えようとする期待が伝わるでしょうか。

自分は空気を読むのが下手だと思っている人にしてみても、他人の期待を感じ取ることが苦手だったらどうすればいいのでしょうか?

大丈夫です。ここにも解決策はあります。

大きく2つのことをやればいいのです。

1つは自分の抱く期待に敏感になることです。

自分の「たられば」を見て行けば自分が期待することがどんなことで、その原因がなんであるかがわかることを見てきました。だから、それでまず自分の期待が何なのか?どんなものがあるのか?を調べてみることです。それを挙げられるだけ挙げてみる。10個挙げられれば素晴らしいですし、3個挙げられれば初めてにしては上出来でしょう。

2つ目は他人の期待を感じ取る訓練をすることです。

どうやればいいか?

これも簡単です。それはね、他人の真似をしてみることです。動きや表情、しぐさなどを真似てみる。真似てみて、どんな期待を抱いているのか、を想像してみる。これをずっとやっていると、少しずつ人が抱いている期待がイメージできるようになってきます。

訓練すると、後ろを歩いている人の喜怒哀楽まで当てられるようになったりするのですが、そこまでやる必要はないとは思います。

この感覚を鋭くする方法で私が分かっている一番効果的な方法としては、誰かと一緒に遊ぶことです。「鬼ごっこ」や「かごめかごめ」、「だるまさんが転んだ」などをやることによって、この能力が上がる。遊んでいると人の動きなどをどうしても感じ取って先を読むことが必要になります。それを楽しくやっているうちに少しずつそういう感覚が鋭くなってくるのです。

2012年と2013年に、こういった考えの検証のために、私は夏休みに伊豆大島に学生を連れて行って、遊び形式でワークをやってもらいました。

空気を読むのが苦手な人、人の期待を感じるのが苦手な人に、遊びから感覚的に人の動きを感じ取ることをわかってもらうということをやってもらうと、他人の期待に関心を向けることが非常にやりやすくなりました。

ビジネスマンが遊ぶことはなかなか難しいですので、自分の幼少期、子供の頃遊んだ感覚、他人の動きを感じ取る感覚を思い出してみることは意味があると思います。もしくはスポーツを通じて、人の動きに意識を向けて、期待を感じ取ろうとしてもらってもいいと思います。

こういった訓練を通じて、他人の期待のバリエーションをたくさん持つことができるようになる。そして、会社自体の期待というのも感じられるようになるわけです。

先に時制の問題が大きな問題だということを言いましたが、この他人の期待がわかるようになるということにも壁がある。この2つの壁を越えられれば、仮説を思いつくということがとてもやりやすくなるでしょう。

うまく伝わりますでしょうか?

次は、【 一般的「仮説思考」とここでいう「仮説思考」の違い】と題していわゆる仮説思考本に書いてある「仮説思考」とここで説明した「仮説思考」の違いについて、これまで説明したことをまとめつつ少し整理をします。

つまり、ここで説明していることで、いわゆる仮説思考本が書いてあることが漏れていることがあるということです。

しかし、ここでは仮説を思いつくということにフォーカスして、仮説思考について理解を深めてもらっており、そういったことにフォーカスした文章はこれまでにないですから、それなりの意味があると思います。

また、後で時間があれば「論点思考」、「フレームワーク思考」、「論理的思考」などを扱っていきますから、そこでいわゆる仮説思考本には書いてあって、ここで解説していないことは随時扱っていきますのでご安心いただければと思います。

【ポイント:誰かの動きを真似してみて、どんな期待を抱いているか当ててみる】

それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。