百貨店はどこに行くのか?敵は誰か?/金森 努
「松坂屋、名古屋店にヨドバシ誘致」のタイトルが日本経済新聞6月10日号に踊った。「本拠地再生へ脱・百貨店」ともある。松坂屋は、そして百貨店業界はどこに向かおうとしているのか。

松坂屋の名古屋での戦いは、本拠地での駅前集客で高島屋からの首位奪回をなんとしても実現させるため、百貨店来店が低い男性や若年層を取り込む狙いがあるとのことだが、同社の戦略は名古屋に留まらず、全国を広い視野で見ているようだ。

「マルチリテーラー戦略」。パルコやプラザをグループした上で、キャラクターグッズ専門店やファストファッションなどの業態の異な流通業者を入居させる戦略(同紙)だという。その一つとして、再開発中の松坂屋銀座店跡は「松坂屋」の看板が付かない商業施設とするというからさらに驚きだ。

百貨店が百貨店らしい品揃えを捨て、さらにその命とも言える看板まで捨てる意図は何だろう。それば、座していては死を待つばかりの市場の落ち込み。特に若年層などを中心とした百貨店離れへの対応に他ならない。そのシナリオを回避するために富裕高齢層の囲い込みと、そこからの収益確保にシフトをしている百貨店もある。例えば2004年11月に創業40周年を迎えたのを機に京王百貨店新宿店は、高齢社会に対応した改装や売場づくりを打ち出し、5・7・8階の3フロアを高齢社会や中高年層の生活感変化などに対応した売り場に改装、商品構成を変更し、フロア構成も見直すことで従来中高年顧客を主要ターゲットとしてきたポジショニングを一段と進化させ、競合環境の中でひときわ目立つ存在となった。

確かに可処分所得の多い高齢者狙いは確実だ。そのため、京王百貨店に限らず、多くの百貨店ではその層を狙い居心地のいい滞留時間の長い店舗を作ろうと、近年店内の至る所に休憩用の椅子が配されるようになった。しかし、高齢者狙いだけでは生涯価値の残り少ない顧客と心中することになる。

とすれば、これからの百貨店は自前で商品をどうこうするより、まずは客が集められるテナントを確保し、更に館全体としての集客をまず考えることになる。そのビジネスモデルはルミネなどの「テナントビル」と差異はない。いや、駅前から目を郊外に移せば、テナント確保と集客の雄といえばイオンに代表されるショッピングモールだが、都市郊外の人口減少に対応してスモールシティー化が進むともいわれ、イオンも岡山駅前に都市型モール実験店を展開している。

人口が減少し消費が思ったように活性化ない今日、少し先の未来には「流通バトルロイヤル」が待っているはずだ。そこで勝者となる条件は、より細分化した消費者のニーズを汲み取り、さらに希薄化している消費意欲を活性化させる工夫に他ならないはずだが、その精緻なマーケティングに挑むより昨今の流通業界の関心事は「インバウンド消費」に向かっているようでもある。例えば現在立て替え中の坂屋銀座店は完全にインバウンドシフトを打ち出しているようで、現在銀座通りに路上駐車しているアジアを中心とした観光客のバスを丸ごと関内に飲み込めるよう、建物地下にバスターミナルを完備設計になっているという。

富裕高齢者層の次は業際を越えた流通業界が渾然一体となった、テナントビジネスシフトとインバウンド需要狙いという戦いが始まる構図が何となく見えてきている。まだそこで「百貨店」としての勝利の方程式は見えてこない。いや、もしくは名古屋の松坂屋が「松坂屋」の看板を外すことに象徴されるように、「百貨店」という業態そのものが姿を消していくということなのかもしれない。