『漫画・居酒屋のつまみを劇的に旨くする技術』筆吉純一郎、伏木亨/メディアファクトリー新書

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「冷や奴でおいしさを永続させる」
えっ。

「落ち込んだときはハイカロリー!」
おおっ!

「おいしさには「せつなさ」が必要」
ふむふむ……。

素晴らしい! 「ちょっと奥さん! これ、すごい本ですよ!」と隣近所に吹聴したくなるくらい悶絶してしまいました。何の本の話かというと、京都大学大学院農学研究科の伏木亨教授が監修し、漫画を『空想科学大戦』の筆吉純一郎氏が手がけた『漫画・居酒屋のつまみを劇的に旨くする技術』の話です。

伏木教授は『コクと旨味の秘密』や『味覚と嗜好のサイエンス』などの著書がある日本における「食の科学」の第一人者です。

しかし、この本は伏木教授の過去のどの著作よりも「使える」一冊と言っていいでしょう。誤解のないように言っておきますが、教授の本はどれも素晴らしいです。このレビューを書くために、Amazon.co.jpで過去の著書を調べたところ、共著も含めて全25冊ありました。単著はほぼ読んでいますし、共著もスポーツ栄養学分野と思われる本以外は、だいたい目を通していて、いずれも「ああ、いい本だったな」「勉強になるな」と思える本ばかりでした。実用書以外でも、杉村啓さんが絶賛する『ニッポン全国マヨネーズ中毒』のようなエッセイもとても楽しい。

にも関わらず、なぜこの本が圧倒的に「使える」のか。なぜなら……

「マンガ」だからです! この本は全ページの約7割をマンガが占めています。全15章だてで各章とも8ページほどのマンガの後に、伏木教授のコラムが2〜5P入るという構成ですが、このつくりが素晴らしかった。冒頭に挙げたような見出しと8Pのマンガだけで、食べ方で「つまみを劇的に旨くする」メソッドがほぼ頭に入ってしまうのです。

例えば、第3話の「冷や奴でおいしさを永続させる」は、マンガ部分を読むだけで誰でもどんな場面でも使える「技術」です。寿司でもよく「味の薄いものから濃いものへ」という注文順のセオリーが言われますが、もし間違えて、先に味の濃いものを食べてしまっても冷や奴さえあれば心配なし! 豆腐の主成分であるタンパク質が持ち前の強い吸着力で舌の上の雑味を取り去ってくれ、舌がリセットされるというのです。さらにコラムには「永続させる」のに最適な温度にも言及してありました。というわけで、早速居酒屋で試したところ、あまりに効果が劇的で、飲みたいのか、実験がしたいのか、自分でもよくわからなくなるくらい、あっという間に冷や奴を平らげてしまいました。本末顛倒です。

第5話の「自分だけの「日本酒3定番」を持つ」のように、マンガ部分だけを読むと「吟醸酒は香りが華やかすぎて料理の邪魔にしかなりません」とか「本醸造はアルコールを添加しているのでベタついてしまい料理に合わない」など多少極端な論旨もありますが、たくさんの日本酒が置いてある居酒屋では、これくらい明確に伝えたほうが注文しやすいという人も多いでしょう。

もちろん、本醸造でもおいしい酒はたくさんありますし、5話の後ろのコラムでは伏木教授自身が各国料理の専門店に日本酒を持ち込んだときの話を持ち出し、「純米吟醸酒はコシが強く、フレンチだけでなくイタリアンとの相性も最高でした」と書いています。ただし日本酒にも「合う」「合わない」料理があるということ、そして「一概には言えない」までも、一定の指針を示すという意味でこれほどわかりやすい本は珍しい。誰がどのような読み方をしても、「飲み食い」がより豊かになるのです。

後半も圧巻です。第12話の「落ち込んだときはハイカロリー」の説得力たるや、思わず首を、縦にブンブン振ってしまいました。よくドラマやマンガで、ポテトチップやスイーツなど糖質と油脂分を豊富に含んだ食べ物をドカ食いするシーンを目にします。あれは「エネルギーの高いドンとしたものを食べればドーパミンが出て元気になる」からだそう。そう聞きつけて、低糖質ダイエットでイライラしていた、女性の友人相手に試したら、直前に長々と相談に乗ったのがアホらしくなるほど、劇的な効果がありました。

最終話となる第15話「酒は一人で飲むものなのだ」で「ときには軽い孤独感をつまみに、自分と一緒に酒を楽しむ」と書き残すあたり、飲み手としての手練れ感の演出も忘れておりません。でも先生! 先生が酒好きだということは、第1話の時点で全読者にバレてますよ!

それにしても本当に読みやすく、わかりやすい本です。タイトルや見出しも相当にキャッチーなので「食」にマニアックな興味のない人も手に取りやすいでしょう。中面の情報も絞りこまれていて、しかもマンガですから読んだ数日後に居酒屋に行っても、使えるシーンが頭に残っている。深く知りたければ、短いコラムを熟読すればいい。

マンガは「読み飛ばす技術」が必要ないデバイスです。文字だけの書籍で勘どころを押さえながら読み飛ばしていくには、ある種の読書術が必要ですが、マンガなら誰でも興味のある部分のみを抽出することができる。冒頭で「過去のどの著作よりも使える」と書いたのは、こうした作りの素晴らしさも理由のひとつです。

あまり絶賛すると、伏木教授に「一生懸命書いた、いままでの本はなんだったんだ」と叱られそうな気もしますが(※面識はありません)、この本には「食」にさほど興味のない読者すらも引き込む「旨さ」があります。まさにサブタイトルの通り、「暖簾をくぐるのが楽しみになる美味しさの科学」が詰まっているのです。
(松浦達也)