■「ワンセグカーナビ」への初めての司法判断

ついにワンセグ付きのカーナビにも、司法の判断が下された。

マイカーに搭載したワンセグ機能のあるカーナビに対し、栃木県に住む女性が「受信料契約を結ぶ義務がない」とNHKに求めた訴訟で、東京地裁が5月15日、この女性の訴えを退けた。「ワンセグカーナビ」への初めての司法判断だ。

カーナビにまで受信料が課されることに反発するドライバーもいるだろう。しかし、同様の判決はすでに3月13日に最高裁が下している。

記者会見するNHKの石原進経営委員長(左、JR九州相談役)。右は上田良一会長=2018年11月27日、東京都渋谷区(写真=時事通信フォト)

最高裁第三小法廷は、ワンセグ機能付きの携帯電話に対し、NHKとの間に契約義務が発生すると判断した。「ワンセグ携帯」に対する最高裁の初判断だった。東京地裁のカーナビ初判断は、携帯電話がカーナビに代わっただけでそう驚くものではない。

NHKによると、自宅でテレビの受信料契約を結んでいれば、ワンセグ機能のあるカーナビや携帯電話を持っていたとしても、新たに契約を結ぶ必要はないという。

■携帯電話・パソコンもテレビと同じ受信設備という考え方

通信端末の普及でどこでもテレビ番組が見られる時代である。そうした状況を踏まえ、NHKは「よくある質問集」で次のように説明している。

●NHKのテレビの視聴が可能なパソコン、あるいはテレビ付携帯電話についても、放送法第64条によって規定されている「協会の放送を受信することのできる受信設備」であり、受信契約の対象となります。その他のNHKのワンセグ放送が受信できる機器についても同様です。
●ただし、受信契約は世帯単位となりますので、一般のご家庭の場合、テレビの視聴が可能なパソコン、あるいはテレビ付き携帯電話を含めて、複数台のテレビを所有している場合でも、必要な受信契約は1件となります。
●一方、事業所の場合は、設置場所(部屋など)ごとの受信契約が必要となります。ひとつの部屋に、テレビや、テレビ視聴可能なパソコンなどが複数あっても、その部屋で必要な受信契約は1件です。

つまり携帯電話もパソコンもテレビと同じ受信設備だという考え方である。ただし携帯電話やパソコンの台数で受信料を取ろうとはしていない。あくまで世帯単位での受信契約を前提としている。

■NHKは公共放送の立場を自覚しているのか

NHKの受信料徴収の根拠となっているのは何か。それは2017年12月6日に最高裁が下した初判断である。

放送法の規定が「契約の自由」などを保障する憲法に反するかが争われた裁判で、最高裁大法廷が放送法64条を合憲とする判決を言い渡した。64条では、テレビを設置した人に「家にテレビがある者は受信契約を結ばなければならない」とNHKとの契約を義務付けている。

判決は受信料制度の合理性について、「(受信料制度は)憲法が保障する表現の自由の下、国民の知る権利を充足すべく採用された」と認め、受信契約を義務付けた放送法の規定に対しては「公平な受信料徴収のために必要である」と肯定した。

放送事業の運営財源を視聴者からの受信料に求めるのは、表現の自由を判断した結果だ。国や特定の団体から影響を受けるようでは、公共放送とは言えない。公共放送は国民の公平な負担に支えられてこそ成り立つものだろう。

しかし、NHKがこの最高裁判決をお墨付きにして受信料徴収を進めているとしたら、公共放送としての立場を自覚していないことになる。そこが一番問題なのである。

■7000億円を突破して増え続ける受信料収入

1年半前の最高裁判断が受信料支払いの義務を原則的に認めたことで、NHKは受信料の徴収を強化している。

その証拠に、徴収業務の裏側ではNHKから業務委託を受けた業者が「受信料の支払いは国民の義務で、支払わないと法律違反になる」と脅すように受信料契約を結ばせるケースがあり、トラブルも報じられている。

NHKは5月14日に2018年度決算(速報値)を発表したが、受信料収入は7122億円(前年度比209億円増)で、初めて7000億円台に達した。受信料収入が過去最高となった背景には、最高裁判決の強い影響があるのだろう。

ただし、最高裁は「一方的に支払いを迫るのではなく、理解を求めて合意を得ることが大切だ」とNHKにくぎも刺している。さらに「知る権利に応えるようNHKに求める権利が視聴者にはある」とも指摘している。

NHKは最高裁判断をお墨付きにするのではなく、判決の真意を理解するべきである。

■最高裁判断をお墨付きにすることは視聴者への裏切り

受信料を合憲とした2017年12月6日の最高裁判決について、新聞各紙は一斉に社説に取り上げ、「公共放送はどうあるべきか」を論じた。

同年12月7日付の朝日新聞の社説は「公共放送の使命を常に」との見出しを付けてこう主張した。

「判断の根底にあるのは、公共放送の重要性に対する認識だ」
「メディアを取りまく環境が激変し、受信料制度に向けられる視線は厳しい。それでも多くの人が支払いに応じているのは、民間放送とは違った立場で、市民の知る権利にこたえ、民主主義の成熟と発展に貢献する放送に期待するからだ」
「思いが裏切られたと人々が考えたとき、制度を支える基盤は崩れる。関係者はその認識を胸に刻まなければならない」

最高裁判断をお墨付きにすることは、視聴者に対する裏切り行為につながる。NHKにはその点をしっかりと自覚してほしい。

■肥大化を避け、受信料の値下げを検討すべき

読売新聞の社説(12月7日付)も、「NHKの在り方を考えたい」との見出しで論じ、こう主張している。

「判決は『NHKがテレビ設置者の理解が得られるよう努め、これに応じて受信契約が結ばれることが望ましい』とも指摘した」
「これをNHKは重く受け止めるべきだ。災害情報など、公共の福祉に資する報道や番組をより充実させることが欠かせない」

読売社説は「(NHKが)事業を野放図に広げれば、民業圧迫につながる。事業拡大に突き進むのではなく、受信料の値下げを検討するのが先決だろう」とも主張する。

前述したように受信料の収入は増えている。多額の受信料が次々と事業に注ぎ込まれると、組織が肥大化する。それにブレーキをかけて逆に経営の効率化に取り組むとともに受信料の値下げを検討すべきである。

■放送法が制定された1950年とは環境が大きく違う

日経新聞の社説(12月7日付)の見出しは「受信料合憲でも課題山積だ」である。日経社説は後半でこう指摘する。

「インターネットやスマートフォンの普及により、情報を伝える手段は多様になっている。災害時にツイッターやフェイスブックといった交流サイトを通じて情報を得る機会も増えてきた」
「娯楽の多様化を背景に、視聴者のテレビ離れも進んでいる。とくに若年層でこうした傾向が強い。今回の判決によって一時的に受信料の未払いが減ったとしても、テレビを視聴する習慣が薄れてしまえば公共放送の足元はぐらつきかねない」

日経社説の指摘の通りである。放送法が制定された1950年とは放送環境が大きく違う。その違いを十分に理解したうえで公共放送の在り方を考えていく必要がある。

最後に日経社説は本質論に迫りながらこう主張する。

「多くの課題がある中でまず必要なのは、現在の技術や社会環境を前提に、公共放送の役割を定義し直すことだ。そのうえで適正な業務の範囲を定め、公平な費用負担のあり方を探る必要がある」

■どうすれば未払い世帯から徴収できるのか

受信料を公平に求めるにはどうすべきか。最高裁の合憲判決が出た時点で、受信料未契約の世帯は約900万もあった。受信料を支払っている視聴者からすれば、“ずるい人”たちである。

沙鴎一歩は2017年12月15日付のプレジデントオンラインで「NHKは900万の未払世帯にどう請求するのか」という主見出しを掲げた記事でこう論じた。

「今回、最高裁大法廷は『テレビ設置時にさかのぼって受信料の支払い義務が生じる』との判断を示した。だが過去にまでさかのぼって徴収しようとすると、反発は増す。現実的にはNHKが督促した時点からの支払額を求めることになるだろう。そして督促に応じない視聴者には支払額を割増しで請求する。自主申告の国税の徴収では脱税や申告漏れがあると、ペナルティとして重加算税や過少申告加算税などが科せられるが、これと同じだ」
「しかし大切なのは視聴者が進んで支払うようになることだ。そうなるためには、NHKが受信料の必要性について丁寧に説明し、公共放送として国民に信頼されることに尽きる。事業拡大に突き進むだけでは、理解は得られないだろう」

やはり、視聴者への丁寧な説明と、その結果生まれる視聴者からの信頼が大切なのである。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)