春は出会いの季節。新しい人間関係が広がる時期ですよね。しかし、「人付き合いが苦手」と悩む方もいらっしゃるかもしれません。そんな方のために、今回の無料メルマガ『システマティックな「ま、いっか」家事術』では著者の真井花さんが、知っておくとちょっと気持ちが楽になる、人間関係を「感情以外の軸」で判断するという方法を紹介しています。

好き嫌い以外にも

さて、本日は人間関係の大問題のお話。

ワタクシごとですが、なぜか私は人生で大半

大人数の他人と同居

してきました。子供の頃には、父方の叔父や叔母、住み込みの人、結婚してからも義理の親戚たちと現在も同居しています。この話をすると大半の人たちから

イヤじゃないですか?

と尋ねられるんですよね。

…この質問とこの質問に対する自分の答えについて、ずいぶん長い間考えてきました。で、ここで一度これについてまとめて書いてみたいと思います。いや、同居やらなにやらでお悩みの方のために役に立つんじゃないかと思うからです。

まず、質問の中身を確認したいんですが、ここで訊かれているのは

(血も繋がらない、自分で選んでもいない)他人と同居することがイヤかイヤじゃないか

ですよね。よね?うん。

で、「同居する」っていうのは、親しく付き合うくらいの意味で、それほど分からないところは無いんですよ。

でも、「他人」っていうのがねえ。そもそも、この逆の定義の人、つまり

「血が繋がっている」

または

「自分で選んだ」

他人って、

世界中の人々のうちホーーンの数人だけ

ですよね(*゚∀゚*) 

いや、もう、全人類の数を考えれば、ほとんど誤差の範囲内じゃないかっていうくらい、限りなくゼロに近い数ですよね。言い換えれば、ほぼ全人類全体と言っていい数の人たちが圧倒的に多い他人さんなわけです。

つまり、血も繋がらない、自分で選んでもいない、他人を「他人」から除外すると、ほとんど「他人」はいなくなるわけです。

この圧倒的な人数から考えると、「他人」って取扱注意だと思いませんか。この扱いを間違っていると、人つきあい全体が難しいものになってしまいそう。

そして最後に、「イヤかイヤじゃないか」です。これは、端的に感情の問題を尋ねているわけです。これが大問題だと思うんですよ。

さて、この「他人」と付き合うのが、イヤかイヤじゃないのか。これってつまり、付き合うかどうかの基準が

好きか嫌いかという軸「だけ」

だということです。

キライだから付き合わない好きだから付き合う

ということです。ま、分かりやすいですよね。こここそが現代日本人の

人間関係をヒジョーに難しく(><。

しているんじゃないかと思うんです。

この場合に限りませんが、ヒトは

判断基準がひとつだけだと、うまく判断できない

もんです。おそらくその基準にかかるプレッシャーがものすごく強くなってしまうからでしょう。

判断基準がひとつしかないということは、基準をクリアしているものにはイエス的な結論が、クリアしないものにはノー的な結論が待っているものです。そして、そのイエス・ノー的な結論が判断の前から見えてしまっているので、プレッシャーがかかるんだと思います。

ちょっと例を出してみましょう。

たとえば、片付けでは、モノを処分するかどうかの基準として「必要か不要か」という基準が用いられています。みなさんも聞いたことがありますよね。必要なモノは取っておき、不要なモノは捨てることになります。この場合、取っておく・捨てるがイエス・ノー的な結論ということです。

ところが、モノには思い出や価格など多様な情報が詰まっており、この「要不要」という基準だけでは、

目が粗すぎて多様な情報をくみ取れない

んです。このため、モノに多様な情報を読み出せる人ほど、「要不要」が判断でできず(だって、不要と判断したら捨てることになってしまいかねませんから)、結果的に

片付けが苦手・・・(;_\)

ということになってしまうんですよ。

これと似たようなことが人間関係でも起こっているんじゃないでしょうか。すごくたくさんいる他人を好きか嫌いかの二分だけ、しかも感情だけの軸を基準にして判断するのは、

ヒトにまつわる多様な情報を読み取れない

ため、判断を難しくし、結果的に人間関係自体が息苦しくなってしまうのではないかと思うんです。

好き嫌い軸だけだと曖昧な感じがなくて、All or Nothing的なんですよね。どうしても「好き」じゃない誰かを「嫌い」に認定するのって

キツい作業

になっちゃいますから。好き嫌いには、どこか人格的な非難が含まれている感じがするので、相手を嫌いと認定すること自体冷酷で狭量なところがある気がするからでしょう。

それじゃどうするのかと言えば、それはもう、感情の軸以外に

別の軸を取り入れる

べきです。これによって、判断自体にかかるプレッシャーが減りもう少しカジュアルになるはずだからです。

そして、それは出来れば、感情の軸ではなく(というか感情の軸だと好き嫌いを言い換えるだけで、軸として役に立たないと思う)

リクツの軸

にした方がいいでしょう。そうですねえ、リクツっていうのはこの場合、あなたが自分の心に訊くことではなく、もっと機械的に外見的に客観的に分かることを指します。たとえば

法律上経済上の義務や責任があるかないか物理的な距離が近いかどうか血の繋がりがあるかどうか年に●●回以上顔を合わせるかどうか金銭的経済的な関係があるか自分の意志で関係を切断できるかどうか

…などなど。ね、これってあなたが心に訊くようなことじゃありませんよね。

ちなみに、感情の軸を外して、このリクツ系の軸を複数取り入れるのもアリだと思います。ワタクシは、「法律上経済上の関係があるかないか」と「物理的距離が近いか遠いか」のふたつはオススメしますね。

関係あるけど、距離が遠い → 親戚や義理両親関係ないけど、距離が近い → ご近所さん

みたいな区分になるわけですよ。ここに要素として好き嫌いの濃淡を持ち込むのは、アリだと思いますよ。これだともう少しカジュアルに人との関係を見つめられるようになるんじゃないでしょうか。

「関係あるけど、距離が遠い」分類の方々とは、その距離を保ちつつ、コチラにデメリットやソンがないように付き合い、まあ、

今より仲良く出来たら超特大ラッキー♪

くらいに考え、ソレでヨシとする。こんな感じですね。

人間関係が劇的に広がる4月。好き嫌い以外の判断軸も取り入れて、もう少しキラクに付き合って行きましょう♪

image by: Shutterstock.com

MAG2 NEWS