副業をする人が増えているという昨今。

そんななかで、「モデル」と「介護福祉士」という、まったくイメージのちがう「二足のわらじ」を履いて活躍している人がいます。



こちらの女性、上条百里奈さんは、中学生のころからボランティアに目覚め、介護施設に就職。現在はモデルとしても活動しながら、大学の研究施設で、介護に関わる研究も行っています。

「モデルと兼業なんて、正直、本当にちゃんと介護をやってるの…?」という大変失礼な気持ちを少しだけ持ちつつ上条さんにお話を聞くと、「介護は高齢者だけのための仕事じゃない。現役で働いている若い人のための仕事でもある」という熱意のこもった一言をいただきました。

そんなふうに考えたことなかったけど…。「介護は若い人のための仕事」って、いったいどういうことなんでしょうか…?

〈聞き手=天野俊吉(新R25編集部)〉


【上条百里奈(かみじょう・ゆりな)】1989年、長野県生まれ。中学生のころからボランティア活動をはじめ、大学時代には介護福祉士の資格を取得。スカウトをきっかけに、ファッション誌などでモデルとしても活動。現在は講演や研究、ドラマの監修などを手がけている

介護は「若い人の生き甲斐をつくる仕事」ってどういうこと?

天野:
(すごいモデル系美女だ…)

上条さんのようなきれいな方と「介護」のイメージがどうしても結びつかないんですが…

上条さん:
あはは、ありがとうございます(笑)。

天野:
今日は「介護」のイメージが変わるようなお話をぜひお伺いしたいです!

自分もそうなんですけど、やっぱり介護って興味を持つのが難しい仕事という印象があります。

上条さん:
そうですよね。この前、名古屋の中学校で講演したときに「介護とか福祉の仕事に興味ある人いますか?」ってきいたら、250人中3人しか手が挙がらなかったんですよ。

天野:
すごいアウェイ

上条さん:
これから90分介護の話をするんだぞと思いつつ(笑)、でも、お話が終わったあとにもう一度同じ質問をしたら、250人の生徒がほとんど手を挙げてくれて。


「空気が読めますねって思ったんですけど(笑)」

天野:
一気に興味を持ってもらえてる! どんな話をしたんですか?

上条さん:
介護の現場で私たちが接する高齢者って、人生のクライマックスを生きる人たちなんだ…というお話をしたんです。

天野:
というと…

上条さん:
映画とか小説で言ったら、物語の結末ですよね。「このストーリーどうなるの!?」って一番みんなが気になるところ

「そこを幸せにして、ハッピーエンドをつくるのが介護という仕事」だと思うんです。

天野:
ハッピーエンドをつくる…! 確かにそうですね。

上条さん:
人生の結末がハッピーじゃなかったら、生きる意味がわからなくなっちゃうじゃないですか?

どんなに頑張ってもみんなどうせ不幸になるんだったら、頑張る意味がなくなる。世界全体のありかたがよくわからなくなるんですよ。

頑張った人生の最後に幸せが待っているようになれば、今働いている人たちも、自分の人生を頑張れるし、希望を持って年齢を重ねていける。



上条さん:
私はいつも「介護は低レベルな仕事じゃない」って言ってるんですけど、それは「たった1人の人を助けてるんじゃなく、社会全体に影響を与えてるんだ」という思いがあるからなんです。

天野:
たしかにテレビで暗い老人ホームの映像を見てると、「自分もいつかこうなるのか…イヤだなあ」って思ってました。若者たちがそんなネガティブな気持ちを持つのを変えたいと。

…めちゃくちゃ納得しました

上条さん:
そういうことなんです。

私、介護しながら高齢者の方に言いますもん。「あなたが幸せになることで、若い人たちもそれを見て頑張れるんだから、もっとワガママ言って、楽しく生きてほしい!」って。

高齢者から、たくさんのものをもらうことができる。上条さんがもらった「金言」

上条さん:
あと、介護は高齢者の方にたくさんのものを「もらえる」仕事なんですよ。

天野:
どんなものを“もらえる”んですか?

上条さん:
たとえば、人生へのポジティブな姿勢を学べる。

歩けなくなってしまって、リハビリしてるおばあちゃんがいたんですね。

「すごく頑張ってますね」って声をかけたら「そうなのよ、私の目標は、最後“歩いて棺桶に入る”ことだから、ちゃんと歩けるようにしておかないと」って(笑)。



天野:
すごい古典落語みたいな話

上条さん:
あとは、施設で複数の高齢者の方が、「お墓を買わなきゃいけないのにお金がない」っていう悩みを相談してて。

そうしたらあるおばあちゃんが「大丈夫よ! 死ななきゃお墓なんていらないんだから」って言ってまわりの爆笑を誘っていたこともありました(笑)。


こちらもウィットに富んだ会話…

天野:
ある意味開き直った人の笑いって強力ですよね…!

上条さん:
生きる知恵ですよね。人って、絶対的にネガティブなはずの状況でも、その知恵によってポジティブな気持ちを持てるんだ、っていうことをすごく教わりましたね。


高齢者の方と何気ない会話をしている時間がすごく好き。「こういう時間で人生を埋めていきたいって思ってるんです」という上条さん

「生きててごめんなさいね」生きたい明日を持っている高齢者が少ない

天野:
上条さんが、そもそも介護の世界に興味を持ちはじめたのはなぜなんでしょうか?

上条さん:
命を救う仕事がしたいと思って、最初は看護師さんに憧れてたんです。

中学生のとき体験学習の授業があって、「病院で看護師さんの体験がしたい!」って思ってたんですけど、人気で埋まっちゃって。

老人介護施設のほうが空いてたので「まあ、似てるしこっちでいいか」ぐらいの気持ちで参加したんです。

天野:
そこまではよくいる中学生って感じですね。



上条さん:
でも、施設に行ってみたら、すごく新鮮で楽しくて。

天野:
どんなことを体験したんですか?

上条さん:
かなりいろいろやらせてもらいましたね。

お風呂(入浴介助)おむつ交換も、人工肛門を洗う作業とかも…


※当時のお話です。現在では、体験学習で実践的な作業を行うことはあまりないとのこと

天野:
そんなことまで…! 「いやだな」とは思わなかったんですか?

上条さん:
それが、全然思わなかったんです。


やはり天性の素質なんでしょうか…

上条さん:
施設の職員の方が、「食事のお手伝いでは毎回、もしかしたらこれがこの人の最後の食事になるかもしれないと思ってやってる」と言っていて。そんなに大事な時間を担っている仕事なんだ…!と思ったんです。

それで、中学・高校時代は介護施設や特別支援学級に行ってボランティアをさせてもらうようになりました。

天野:
もともと目指していた看護師への憧れはそのときにはもうなくなっていた?

上条さん:
施設で高齢者の方と話してると「生きててごめんなさいね」とか言われて…“生きたい明日”を持ってる高齢者が極端に少ないって思ったんです。

最先端の医療によってたくさんの命が救われてる。でも、そうして救われた人に「死にたい」なんて言われたら、「医療はなんのために命を救ったんだろう?」って思ってしまって。

それで、医療の現場に行くより、自分が介護を頑張って、そういう現状を変えようと考えたんです。

「介護一直線」なのに、なぜモデルに?

天野:
お話を聞いてると「介護一直線」って感じに思えるんですが、上条さんが、モデルとしての活動も行っているのはなぜなんですか…?

上条さん:
情報が、届いてほしい現場に全然届いてない、と思ったんですね。

あるとき、寝たきりのおばあさんを旦那さんが介護している、いわゆる「老々介護」で生活されている方を施設で受け入れたことがありました。

おばあさんのズボンが湿っているから、おむつを交換しなきゃいけないのかな?と思ったのに、おむつは乾いていて。「おかしいな?」と。

天野:
え…どういう状況なんでしょう…

上条さん:
褥瘡(じょくそう)といって、いわゆる床ずれ。

栄養状態が悪かったり、長時間同じ姿勢で寝たきりになってたりする人は、ベッドと接触している部分の血流が悪くなって、滲出液として体の水分が出てきてしまうんです。



天野:
おお…それで湿っていたと…

上条さん:
それに対するケアも、今はいろいろな方法が提案されてるんですが、その家庭には届いてなかった。そもそもこんなに重症化する前にSOSを出してほしかった。

そんなときに、「介護福祉学会」に21歳ではじめて行ったんです。先生たちの話をきいてたら、介護現場がよくなるような方法がいろいろ研究されてて。「なんて素晴らしいんだ!」って驚いたんです。

「じゃあなんで現場はこんなに苦しいんだろう?」って思ったときに、それは情報が届いてないからだと思って。



上条さん:
そんなふうに思っていた学会の帰り道、新宿駅でスカウトされたんです。

介護のことを伝えるために、発信力がほしいと思ってたので、スカウトされた瞬間「これで公共の電波が使えるかも」ってすぐ考えました。

腹黒いですよね!(笑)


いや、本当に腹黒い人は介護の情報を発信したいと思わないのでセーフです

ひどいことを言われてもいい…「あのときのひどいおばあちゃんに戻ってほしい」

天野:
以前、お笑いコンビ・レギュラーさんに取材したとき、「介護施設をまわっているけど、ひどい言葉を言われることもある」と話していました。

そんなこともあるんでしょうか?

上条さん:
ありますよ。でも私はそれを何らかのSOSだと思っています。

溜めこんでいるより、私にぶつけてもらったほうが“専門職として私のいる意味”があると思うから


これがプロ精神なんだなあ…

天野:
たとえばどんなことを“ぶつけられた”んでしょう…?

上条さん:
19歳のときに行った実習先で“物盗られ妄想”の症状がある女性がいて、「この女は泥棒だ!」って何度も言われたんです。

認知症の周辺症状だとわかっていても、「なんでこんなひどいことを言われなきゃならないの?」って心では思ったんですよ。

でも、数日後にその方が脳梗塞で倒れて、何も話せなくなっちゃったんです。憔悴した姿を見たとき、「あのときのひどいおばあちゃんに戻ってほしい」って思ったんですね。

天野:
ひどいおばあちゃんに戻ってほしい…



上条さん:
そのときはじめて知ったんです。人の関係って、相手が自分に都合のいいことやうれしいことを言ってくれるから「いてほしい」って思うわけじゃないんだって

「自分が傷つけられてもいいから、その人にいてほしい」って思うことがある。

人間同士の関係って、本当に尊いものなんだなって思えたんです。

「100歳になったら、全部いい思い出になる」

天野:
介護をされながらモデル活動や講演もこなし…かなりハードな経験をされてると思います。

最後に、上条さんが現在精力的に活動できている理由を教えてほしいです。

上条さん:
いろいろかっこいい話をしちゃいましたけど、やっぱり高齢者の方と会話してる時間がすごく楽しくて。

そんな時間で人生を埋めていきたいって思ってるからですね。

天野:
やはりそこなんですね。とくに印象に残ってる会話ってありますか?

上条さん:
100歳のおばあちゃんと話してたら「私は今が一番幸せよ」って言われたことがあるんです。

施設に入ってて体調もよくないし自由もないし…「なんでそう思えるんですか?」ってきいちゃったんですね。

そうしたら「100歳になったらね、今まで嫌だったことも辛かったことも、全部いい思い出になるのよ。今までのいい思い出は、もっともっといい思い出になるんだよ。だから今が一番幸せ」って。

「あなたも100歳になったらわかるわ」って言われたんです。

天野:
なるほど…!

上条さん:
だから私も、今少しぐらい大変なことがあっても、全部いい思い出になるから大丈夫かなって(笑)。

100歳になって、おばあちゃんの言葉が本当かどうか確かめてみたいと思います。



インタビューを通して、読者の皆さんにも、上条さんの介護にかける熱い想いが伝わったかと思います。

「モデルと兼業?」なんてうがった見方をしていた人は、土下座して謝罪すべき…ってそれは僕のことですが。

「介護は、すべての人が人生を頑張れるようになる仕事」という主張には大いにうなずきました。また、それ以上に感銘を受けたのは、「この人は心から介護の仕事が好きなんだ」ということ。

「副業でお小遣いを稼ごう」なんて考えている人は多いと思いますが、まずは自分の軸となる、本心から熱中できる仕事を探すことが第一なんじゃないか…。そう思わされた取材でした。

〈取材・文=天野俊吉(@amanop)/撮影=飯本貴子(@tako_i)〉

上条百里奈さん(@yurina_kamijo) • Instagram写真と動画
https://www.instagram.com/yurina_kamijo/?hl=ja

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