悪質なフェイクニュースが持つ影響力やメディアの役割などについて語る津田大介氏(写真右)と一田和樹氏(撮影:大澤誠)

「フェイクニュース」という言葉がメディアで語られることが珍しくなくなってきた昨今、本当に私たちは正しい情報を取得し、発信できているだろうか。今やフェイクニュースは単なるデマやうそではなく、国家レベルの情報戦に組み入れられる「兵器」ともなっているとの指摘もある。
メディア・アクティビスト・津田大介氏は『情報戦争を生き抜く』、IT企業役員を経てサイバーセキュリティに関する著作や小説を発表している作家、一田和樹氏は『フェイクニュース』をそれぞれ上梓した。過剰にあふれる真偽の不確かな情報、そして国家ぐるみで意図的に情報を操作しようとする動きに、どう向き合えばよいのか。2回にわたって話を聞いた。

津田大介(以下、津田):一田さんは、新井紀子さんが『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』などで指摘されている議論などに言及され、機能的識字能力、つまり自分が書いたことが正確に伝わっていないと指摘しています。

僕自身、Twitterを使って情報発信をしていて近年顕著になったと感じるのが、Twitterで明らかに皮肉として書いたものがそのまま受け止められることです。140字で言葉足らずになってしまうということもあるのでしょうが、自分の伝えたいメッセージが全然違うように受け止められる。一田さんのようにフェイクニュースやヘイトスピーチの議論で読む側の問題を指摘している人はなかなかいませんでした。

僕は本の中で政治的、あるいは商業的な目的で情報が歪められているという状況に対して4つの対策を示しました。同時にそれらがまったく対策にならないだろうという限界も書いています。「限界があるけれども、やらないよりはましだからやろう」というのが僕の立場です。

ジャーナリズムにおけるAIは重要な課題

一田和樹(以下、一田):津田さんは2014年の衆議院選挙でのツイートを分析したファビアン・シェーファー氏の研究や、公的機関や政党による情報操作の実態を明らかにしたサマンサ・ブラッドショー氏のレポートに言及され、私も関心を持っていました。津田さんは特に日本の話題、ネットの「炎上」の問題や、あとスロージャーナリズム、建設的ジャーナリズムについて詳しい。それとAIに関しても言及されています。おそらくこれからAIはかなり重要な課題になると思います。

津田:AIはフェイクニュースを悪用する攻撃側にとっても重要だし、防御側にとっても非常に重要になってくるテクノロジーですよね。僕も一田さんも、基本的には研究機関や報道機関が典拠も示している報道や研究をベースにしています。陰謀論的な話ではなくて、「公開情報でここまで明らかになっている」というまとめでもあります。

しかし、決定的に日本のマスメディアがこの種の情報に対する感覚が高くない。昨年、NHKの番組『クローズアップ現代プラス』で、特定の弁護士に対して合計13万件の懲戒請求があったことが放送されました。

あるブログの真偽の不確かな記述をきっかけにまったく事案に関与していない弁護士が巻き込まれました。ようやくこの1年、新聞やテレビなどのマスメディアがこの問題について注目してくれたという感覚はありますね。

一田:フェイクニュースという言葉を最近見るようになりましたが、実は日本以外の国では、フェイクニュースやネット世論操作は「軍事問題」として認識されています。私の本は基本的に誰でもアクセスができるオープンソースの情報を基に書いています。でもオープンソースの情報で、日本国内に関する調査はほぼありません。

津田:メディア・コンサルタントの小口日出彦氏の『情報参謀』とか社会学者・西田亮介氏の『メディアと自民党』などを読めばわかりますが、現在の自民党の強さは、ネットを含めたメディア戦略をかなり組織的にやっている部分が大きい。具体的に自分たちの政策についてネットユーザーたちに反論させることを指示していますから、あれをネットを使った「世論操作」と見ることもできるでしょう。

先に話題に出ました「機能的識字能力」はフェイクニュースを考えるうえで大事な指摘です。ここの問題意識に行き着いたきっかけはどのようなことですか。

決め手になる対抗策は現状はない


津田大介(つだ だいすけ)/ 1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ポリタス編集長。早稲田大学文学学術院教授。テレ朝チャンネル2「津田大介日本にプラス」キャスターほか、ラジオのナビゲーターも務める(撮影:大澤誠)

一田:やはりニュースサイトとかに記事が載ったときにつくコメントがあまりにも、文章を正確に理解して読まれていないことがあります。「本当にこの人たちは何も考えずに書いているのか」と思わざるをえませんでした。

津田:実際、見出しだけを見て判断するという研究結果もあります。一田さんは簡潔に現状をまとめています。「ネット世論操作は社会変化を反映している。ネットの普及がもたらした社会変化の1つであり、民主主義の終焉であり、低い文章読解力がもたらした弊害でもある。フェイクニュースは、軍事、社会、民主主義の危機を象徴していて、ファクトチェックとか、事業者の管理を厳しくするとかで解決できる話ではない」というところですね。

一田:ファクトチェックやプラットフォーム事業者の管理は絶対に必要です。ただし、決め手になる解決策ではありません。

津田:ほかにも一田さんはフェイクニュースの問題を「最強の非対称だ」とおっしゃっています。ニュースの発信側と受信側の力関係が非対称なので、対策はやらないよりかやったほうがまし、だけど、あまりにもニュースを悪用しようとする人たちの影響力や能力が大きすぎるので、焼け石に水にしかならないと……。

一田 そうです。あとは泥仕合になるだけです。

津田:今までのフェイクニュースの問題はTwitterやFacebookで拡散しました。これらはある意味では公開情報なので外部から検証できる。これからは海外でよく使われている(中身が外部からわからないSNSアプリ)ワッツアップの問題が大きくなる。ワッツアップは検閲できないような強力な暗号を使っていて、外部から見られない。しかも強力なグループができてしまう。ここでデマが流れる。昔チェーンメールの問題がありましたけど、それの「超強力版」というべきものです。

昨年の沖縄県知事選で流れていたデマはTwitter上なので、あとから沖縄タイムスなどの報道機関がリアルタイムに検証できましたが、ワッツアップに流れるデマは、ワッツアップに参加している人が報道機関に情報提供しない限り検証が不可能です。ワッツアップの中で流れたデマやフェイクニュースで、インドではリンチ殺人が起きている。メキシコでも誤解がもとになって無関係の人が火あぶりに遭う事件なども起きている。おそらくこのあいだの沖縄県知事選でも、LINEグループやFacebookグループのように外からは見られないクローズドなメッセージングサービス上でデマが飛び交っていたのではないかと僕は見ています。

一田:私はFacebookほどの企業が自分たちのしていることに無自覚だったとは考えられません。インターネットが普及してないところに、Facebookが無償でインターネットを提供している。そこで現地の人がワッツアップなどを利用すると、デマが飛び交って、殺人事件が起きたり暴動につながったりする。

ネット後進国で起きている「地獄」

こういった現象は特に後進国に顕著です。ネットが今まで普及していなかったところで、地獄のようなことが起きています。私の本では東南アジアの事例を取り上げていますが、多くの国でワッツアップを経由した情報をもとにフェイクニュースやネット世論操作が行われており、ネット世論操作専門のPR会社もできています。完全に社会の仕組みの一部になっているんです。


一田和樹(いちだ かずき)/東京生まれ。経営コンサルタント会社社長、IT企業の常務取締役などを歴任後、2006年に退任。2009年1月より小説の執筆を始める。2010年、長編サイバーセキュリティミステリ『檻の中の少女』で島田荘司選第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、デビュー。サイバーミステリーを中心に執筆(撮影:大澤誠)

津田:混乱すればするほど、フェイクニュースを悪用する人たちの利益になる状況がある。ロシア、中国などがやり始めて、絶大な効果を上げたことがわかっています。そういう事態が報道されたことで、カンボジアなどの独裁者たちも「これは便利だ」と言って使い始めています。最近では東南アジアがそうです。

今、一田さんがおっしゃったように、民主主義が定着してない国、あるいはこれからインターネットが普及するような国ほど、状況は深刻です。

一田:キーワードに「ハイブリッド戦」「ハイブリッド脅威」という言葉があります。「ハイブリッド戦」とはいわゆる総力戦で、経済、文化、宗教、政治、そして従来の軍事戦も含めて、すべてを集約して戦うことです。その中で、従来の軍事戦を除いたものを「ハイブリッド脅威」と呼んでいます。

そのハイブリッド脅威を、自著『犯罪「事前」捜査』では3つのセクターに分けて整理しました。政府と民間と市民の3つに分けて、このバランスで国の安定が保たれます。政府のパワーがほかの2つに比べて低くなると、必ず国は乱れる。このパワーバランスのどれがどの程度適切なのかはその国柄によって変わります。

私は、今の民主主義の形態だと単純に市民の発言力が大きくなると、国家の基盤は揺らぎ不安定化すると思っています。市民の意見が強まるということは、公正な議論、中立な立場でのやり取りが頻繁に行われるようになって、むしろいいことであると思われるかもしれません。

しかしおそらくそうはならないことを証明したのが、先ほど言いましたFacebook上で実際に起きているフェイクニュースやデマの伝播のような気がしています。自由に発言できるようになればなるほど国は不安定化して、逆に独裁者が出やすくなる。

津田:FacebookやGoogleなどのプラットフォーム事業者は一国の政府よりも影響力がある存在になっている。彼らを一民間企業って言っていいのかというぐらいに巨大になり、グローバルに事業を展開している。一田さんは「事業者の努力でなんとか解決する話ではない」とも書かれています。Facebookという企業をどう思われますか。

一田:やはりネットがまだ普及していない国に無償で提供し、悪用されるということが、これまでの経験で十分にわかっているはずです。一応の形で対策はしています。でももし本気でやろうとしても、かなり難しい。

津田:僕もFacebookは「本当に努力しているのか」と思います。プラットフォームを押さえてしまえば、彼らはビジネスができる。個人から情報を吸い上げて、その吸い上げた情報に対して適切なサービスを出していく。

多くの人がFacebookは友だちと交流するためのサイトだと思っていますが、実態は広告代理店という側面があるわけですよね。個人からデータを吸い上げて、すごく細かくターゲティングができる広告を配信する。世界でも有数の「広告ビジネスの会社」として、その広告の利益を最大化するために動いています。

プラットフォーム事業者が想定していなかった事態

米大統領選以降、彼らに批判が集中し、さまざまな対策を講じるようになりましたが、昨年11月にはニューヨーク・タイムズ紙の報道で同社が問題発覚以前からロシアの選挙介入を察知していたにもかかわらず、同社が介入を認めた2017年9月まで隠蔽工作を続けていたことが明らかになっています。2015年には、大統領候補者であったトランプ氏がフェイスブックに投稿した差別的発言への対応について上層部で議論したものの、共和党からの批判や支持者の反発を恐れて黙認していたそうです。

何より個人情報の扱いを巡る同社の不祥事はいまも定期的に起きています。これらの事実から考えて、社会にどのような不安が起こってもよほどのことがない限り、その利益追求の姿勢を変えることはないと思われても仕方がないのではないでしょうか。

これはグローバルにプラットフォームが広くいきすぎたがゆえの問題です。フェイクニュースを使ったハイブリッド戦で使われる、あるいは、ヘイトスピーチの温床になるということまで、プラットフォーム事業者はたぶん当初は想定してなかった節がありますよね。

ウェブ広告を出稿する企業はようやく自らのブランド価値を守るために「ブランドセーフティー」も含めて撤退する動きが出ています。しかし時すでに遅しという感もあります。

(後編に続く)