徳武産業の主力商品である「あゆみ」シューズ(写真:徳武産業提供)

「ぼくのはけるくつが見つかったよ」
これは、とある企業に送られてきた1枚の絵に描かれていた言葉です。その企業、徳武産業は、お年寄りや障がいのある方に向けたケアシューズ「あゆみ」をつくっている香川県さぬき市の小さなメーカーです。「日本でいちばん大切にしたい会社大賞・審査委員会特別賞」などを受賞した、社員や消費者を大切にする会社として地元で知られています。
会長の十河孝男(そごう・たかお)さんは靴業界で初めて片足販売を開始したり、各パーツを個別にオーダーできるようにするなど、常に挑戦し続けてきました。結果、「あゆみ」を含むケアシューズは、平成7年の発売以来、累計売上数1200万足を超えました。
原動力は、お年寄りや障がいのある方が、本当に必要としているなら、たとえ非常識なものだろうと、つくるべきだという強い思いからでした。思いが通じていることは、お客様から送られてくる年間約2万枚のお手紙からもわかります。拙著『神様がくれたピンクの靴』では、お客様からのお手紙とともに、心温まる徳武産業の物語を描いています。今回はその一編をご紹介いたします。

車いすの青年がこぼした涙のわけ

あるとき、徳武産業に車いすに乗った青年が訪ねてくることになりました。青年は、筋肉が萎縮してしまう筋ジストロフィーという病気をわずらっていました。その彼のたっての希望で四国旅行をすることになり、徳武産業を訪問することにしたのです。

彼の友人が、「とても『あゆみ』にお世話になった。そんな靴をつくっている会社を、ぜひ一度見てみたい」と言ったことが、訪問の理由でした。

当日、会社にやってきたのは、メガネをかけた聡明そうな青年でした。大変な病気を抱えているのに、明るく、前向きで、とてもさわやかな印象です。しかし十河さんは、彼が靴下のまま車いすに乗っていることにすぐに気がつきました。

車いすに乗っていて、自分で歩けない人でも、外出するときは、たいてい靴を履いているものです。「なぜ、靴を履かれないんですか」と思い切ってたずねてみると、青年は笑顔で、「足が変形していて、履ける靴がないんですよ」と答えました。

なんでも中学2年生のとき、病気で足が変形してしまって以来、履ける靴がなくなって、ずっと靴下のままで通しているそうです。十河さんと会ったとき、青年はすでに28歳になっていましたから、なんと14年間も靴を履いていなかったことになります。

十河さんはすぐにパーツオーダー担当の社員を呼び、彼の足の採寸をさせました。そして、その場で足に合う靴をつくってあげるよう指示をしました。その靴は1時間くらいでできました。

「履けるかなあ」

最初、青年は半信半疑でした。でも社員が彼の足に靴を履かせた瞬間、彼の目がみるみる潤んで、涙がこぼれ落ちたのです。14年間、外出のときもずっと靴下のままですごした足。その足に靴が履けた瞬間、万感の思いがこみあげたのでしょう。そばにいた十河さんたちも、思わずもらい泣きをしてしまいました。

外出するときは靴を履く。そんな当たり前のことさえ、できない人もいるのです。長く靴下のまますごしてきた彼にとって、自分の足に合う靴が見つかった喜びは、十河さんたちが想像する以上のものだったに違いありません。何度も何度も自分の足元を見つめ、靴を履いた足をうれしそうにながめていた青年。彼はその靴を履いて四国を回り、かねて憧れていた坂本龍馬像を見てきたそうです。

「ぼくのはけるくつが見つかったよ」

それからしばらくしてからです。会社に大きな包みが届きました。差出人を見てみると、車いすに乗ったあの青年です。「何だろう?」と包みの中を見てみると、1枚の水彩画が入っていました。車いすに乗った青年が靴を履いて笑っている絵と、その横に「ぼくのはけるくつが見つかったよ」という言葉が添えられていました。


青年が送ってくれた自画像(写真:徳武産業提供)

彼が自画像を描いて送ってきてくれたのです。絵の中の青年は車いすに乗って、ベージュの「あゆみ」を履き、うれしそうにこちらを見て微笑んでいました。今、その絵は額縁に入れて、本社の玄関に飾ってあります。

出社するたびに、「あゆみ」を履いた額縁の中の青年が十河さんに微笑みかけてきます。

「ぼくのはけるくつが見つかったよ」

その絵は徳武産業にとって、大切な宝物の一つになりました。

ケアシューズ「あゆみ」の開発は今も続いています。新商品の開発チームはよりよい商品を求めて開発の手をゆるめていません。


「お年をめした方の足は、年齢とともに変化していきます。今、足にちょうどいいからといって、来年も再来年もちょうどいい靴とは限りません。私たちは3年後、5年後まで考えた靴をつくり続けていかなければいけないのです」

開発チームのある社員の言葉です。

普通の靴と違いお年寄りが履く靴ですから、軽くて柔らかくて、それでいて、足にぴったりフィットする履き心地でなければなりません。

靴の素材に最適な生地やパーツを探し歩き、デザインを研究しました。

こうしてできあがったのが「ダブルマジック」という商品です。足の甲を覆う部分(アッパー)の開口部が大きく開くことで、足を簡単に靴の中に入れることができ、さらに面ファスナーでベルトの締めぐあいが調整できるので、足にむくみや腫れがあっても、状態に応じて自在にフィットさせることができます。

この商品は「あゆみシリーズ」の主力商品となり、大ヒットとなりました。

開発を続けていくことが徳武産業の使命

ほかにも、かがみこんだり、手を使わなくても、さっと履けるようした靴、かかとの部分が開いて装具にも対応できる靴など、お年寄り、障がいのある方のそれぞれに合わせたさまざまな靴が開発されてきました。中には採算ギリギリの靴もありますが、十河さんたちは、徳武産業の靴を求めているお客様がいる限り、求められる靴を適正価格でつくっていきたいと考えています。

お客様の「ありがとう」に応え続けて、徳武産業は2017年、創立60周年を迎えました。

十河さんたちは、この先、50年後、100年後も、もっとたくさんの「ありがとう」をいただくために、ずっと開発を続けていくことが自分たちの使命だと思っています。