100年後の絶品料理を人工知能(AI)が考案。その食材リストを基に究極のレシピを追求していく(写真:HILLS LIFE DAILY)

レシピを考案する人工知能(AI)「Food Galaxy」と、人気フレンチシェフ・松嶋啓介氏が“対決”するディナーイベントが、原宿の「KEISUKE MATSUSHIMA」にて開催された。通算5回目となる同イベント、今回のテーマは「和」。といっても和食ではないという。その狙いを、イベントの仕掛け人である石川善樹氏(予防医学博士)と松嶋啓介氏に聞いた。

ココ・シャネルが「装飾のない矩形の香水瓶」や、「女性がパンツを履くという価値観」を生み出したのは1920年代のこと。彼女のクリエイションは、今でこそ普遍的な価値観/美意識として人類に共有されているが、発表当時は極めて斬新であり、大いなる議論を巻き起こしたとされている。今回、石川善樹氏(予防医学博士)が目指したのは、そんな「未来のスタンダード」を人工知能によって創り出すことであった。

具体的には、「100年後の『ミシュランガイド』に載るような料理」を生み出すこと。その試みのお題目として掲げられたのが、「和」であった。

バック・トゥ・アフリカ!?

石川:松嶋啓介シェフの協力を得て開催している「AI DINNER」も、今回で5回目となりました。今回のテーマは「和」です。といっても、和食の和ではなく、大いなる和と書く「大和」をテーマにしました。何となく、今、世界が荒れているから……ということもありまして。


当記事は「HILLS LIFE DAILY」(運営:コンデナスト・ジャパン)の提供記事です

あと、今回は5回目にして人工知能のアルゴリズムを大幅に変えたんです。これまでのアルゴリズムは「いかにしてプロのシェフに近づくか」をテーマにしてきましたが、今回は人間を目指すことを止め、「100年後の『ミシュランガイド』に載るようなレストランは、どんな料理を出すだろうか」ということをテーマにしました。松嶋さん、実際に作ってみてどうでしたか?

松嶋:毎回、いきなりテーマと食材リストだけを渡されるわけですが、今回ほど迷惑だったことはないですね(笑)。僕は、何事もレスポンスは早いのですが、今回は珍しく1週間ほど放置しました。

例えば、食材リストの中にインジェラというエチオピアの食材があって、調べてみたら「世界で一番美味しくないもの」という記事もありました。どう味を組み立てればいいか、当惑しましたよ。


エチオピアの主食とされるインジェラのもとであるテフを口に入れる石川善樹氏(右)と、それを見守る松嶋啓介氏(左)。「どう?」(松嶋氏)「……まずいっすね」(石川氏)「でしょ、これを使えってAIは言うから、困りましたよ……」(松嶋氏)(写真:HILLS LIFE DAILY)

石川:これからは、世界の若い人のほとんどがアフリカ人になりますから、「100年後の『ミシュランガイド』」的には間違っていないのかもしれません(笑)。

松嶋:ひとつひとつ味見をしながら、理解して、少しずつ味を組み立てているので、そこそこの味には落とし込んでいますが、正直、これまでの中で一番難しかったです。正確にいうと、自分が知らない味の食材がたくさんあった、ということなのですが。

石川:松嶋さんは、むちゃくちゃ物知りですから、その松嶋さんでも知らないものを出せたのは、ある意味鼻が高いです。

「よくわからない味」になった

石川:AI料理の一品目は、牡蠣ですね。

松嶋:はい。中にネギ、小エビ、いくら、きゅうり、アロエ、れんこん、昆布が入っています。

石川:食材を組み合わせる時の難しさは、どの辺にありましたか? 素人だとわからないんですよ。


松嶋啓介(まつしま けいすけ)/1977年福岡県生まれ。シェフ・レストラン経営者。料理学校卒業後、東京のレストランに勤務し、料理修業のため渡仏。フランス各地での修行を経て、2002年、ニースにレストラン「Kei’s Passion」開店。2006年、ミシュランガイドで一ツ星を獲得。同年、増床改装し、店名を「KEISUKE MATSUSHIMA」に改める。2009年、原宿に「Restaurant-I」(現「KEISUKE MATSUSHIMA」)をオープン。(写真:HILLS LIFE DAILY)

松嶋:普通、牡蠣に何をかけて食べるかと言ったら、レモンのように酸っぱいものが多いですよね。

でも、今回AIが出してきた牡蠣の食材リストに酸っぱいものは入っていなかったので、勝手にレモンを加えました。レモンをかけないで食べると、味がのっぺらぼうでしたね。

石川:そうですか。

松嶋:いろいろ食材が入っていますが、何が入っているのか、食べていてもよくわからない感じがしました。今回のテーマに即して言うなら、「平和というのは、よくわからないもの」なのだなと。

石川:そういうことですね(笑)。

松嶋:そういえば、この間ニューヨークへ行って衝撃を受けたんです。バーで牡蠣を頼んだら、レモンのほかに、ケチャップと西洋わさびとタバスコが出てきました。「何だこの組み合わせは?」って。

「こんなものを食べているから、アメリカ人は味覚が悪くなるんだろうな」って思いながら食べていると、そのうち口が麻痺していくんです。舌がバカになるというか。そうなると、人はお腹がいっぱいにならないと満足できないんです。それが、肥満の原因なのではないかと思いました。

コロンブス以来の発見

牡蠣というのは本来、味蕾(みらい)を作ると言われています。舌の上にあるレセプター(編註:味覚を感じる受容体)を、牡蠣が持っている亜鉛が作ってくれるので、牡蠣を食べると味覚がよくなると言われているんです。


石川善樹(いしかわ よしき)/1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。近著に『仕事はうかつに始めるな』(プレジデント)、『ノーリバウンド・ダイエット』(法研社)など。(写真:HILLS LIFE DAILY)

石川:確かシェフは、時々味覚を治すために牡蠣を食べるんですよね。

松嶋:はい。にもかかわらず、タバスコなんかをかけるわけです(笑)。「すごいなぁ、アメリカは」って。基本的にアメリカは刺激を受けることに幸福を感じている国で、その価値観の延長線上に、そうした味付けがあるのだなと。

で、その時ふと思ったんです。唐辛子って、英語ではチリペッパーとかホットペッパーというわけで、そうか、コロンブスは唐辛子を、当時は高価で貴重だったペッパー(胡椒)としてヨーロッパへ持ち帰ったんだなと。

そうやって間違った認識で世界に広がったから、世界の人たちは「スパイシー」イコール「辛い」になり、「辛くておいしい」につながったのではないかと。そして、辛さで口内が麻痺したままいろいろなものを食べるから、過剰摂取が生まれているのでは……ということに気が付きました。これ、世紀の大発見だと思います。

石川:コロンブス以来の(笑)。


メインとなった鳩。そばの蜂蜜を塗ってローストし、火が入ったら、もう一度蜂蜜を塗り、バーナーで炙った。「日本の照り焼きっぽくしたいと思いました。いろいろな国の文化を、ミックスした一皿になればと」(松嶋氏)(写真:HILLS LIFE DAILY)

松嶋:そう(笑)。コロンブスが犯したミスを、僕が再発見したわけです。そういう背景もあって、今日は牡蠣を用意したわけですが、何が言いたかったかというと、「コロンブスは世界中をごちゃ混ぜにしたんだな」ということです。で、まあそれも「和」かなと。

石川:おもしろいですね!

松嶋:レシピを作る時は普通、「この食材の原産地はどこだろうと」考えていくわけですが、今回の食材には何の共通性もないんです。でも、共通性がないということが逆にいいのかなと、今回は考えました。

石川:大いなる和を考えなければいけないと。

松嶋:そう。特に次のフォアグラとかぼちゃのラビオリは、みんなで考えあっているような一品だと思います。

石川:なるほど。料理というのは普通、中心となるものがあって、それをどう輝かせるかという風に考えるわけですよね。

松嶋:そうですね。普通は、その土地で採れるスターをみんなで支える感じなのですが、今回は寄せ集め、といったところです。

新しいものは美味しいと思いにくい

松嶋:ところで、今回石川さんが言うところの「大いなる和」の定義って何だったんですか?


「照り焼き風の鳩に、麻婆茄子に、テフ……。日本、中国、アフリカがひとつになったこのメインは、究極の大和を象徴する一皿ですね。我々は10万年前にアフリカを飛び出したわけですから、『ただいま』と言って食べたいところです(笑)」(石川氏)(写真:HILLS LIFE DAILY)

石川:先日、すごいことに気がついたんです。1972年にノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサに、ある時メディアの人が質問をしたんです。「平和のために、私たちには何ができますか?」って。

それに対してマザー・テレサは、「家に帰って家族を愛してください」と答えました。だけど今の時代、家に帰っても家族がいない人がたくさんいます。日本はこれから、どんどんそういう社会になっていきます。マザー・テレサが言っていた時代は、ひと昔前になってしまったわけです。

だからこそ、いろいろな人が集まって、ひとつになるということが大切なのではないかと。何を食べるのかと、誰と食べるのか。それが、平和への一番の道なのではないかと、最近、強く思っているんです。

松嶋:じゃあ、AIのアルゴリズムを変えようと思ったのはなぜ?

石川:図で説明しますね。右に向かって「ノベルティ」、上に向かって「クオリティ」が上がるグラフです。日本語で言うと、ノベルティは新しさで、クオリティは質の高さです。オレンジの曲線があり、その周辺に点々があると思います。

このひとつひとつの点は、世界各国のレシピになります。ご覧のように、ほとんどの点は曲線の内側に入っています。これは何を意味しているかというと、「新しさと質の高さは両立しにくい」ということなんです。言い方を変えると、新しいものはおいしいと思いにくいんです。


クオリティとノベルティという2つの軸を設定し、その2つを最大化するべくAIがはじき出したのが、今回の食材である(図:HILLS LIFE DAILY)

松嶋:なるほど。

石川:新しさと質の高さは相反するもので、人類がこれまで作ってきたレシピは、曲線の中に閉じ込められているんです。

料理のクオリティを数式にした

今回のAIは、これを飛び出してみたんです。人類を閉じ込めていた「クリエイティビティのトラップ」をドカンと飛び出て、両立しづらいノベルティとクオリティのバランスを取ってみようじゃないかと。

松嶋:なるほど。説明を受けたらよくわかりました。食材を出す時に説明してくださいよ。

石川:すみません(笑)。で、このグラフを数式にしたのがこれです。専門的な話になりますが、料理のクオリティというものを、世界で初めて数式で表したんです。


「食のAI」について石川氏と共同研究を行なっているデータサイエンティスト・風間正弘氏の手による数式(図:HILLS LIFE DAILY)

「どれだけ斬新であるか」と「それがどれだけ価値があるのか」という2軸が、クリエイティビティの根幹だと思います。それを料理に当てはめ、おいしく、かつ見たことのない究極のレシピを追求したい、というのが今日の真の目的でした。

松嶋:なるほど。だとしたら、おいしいかどうかは一度忘れていただき、楽しいと思って帰っていただければ何よりです(笑)。楽しいと言ってもらえるのが、僕は何よりも嬉しいですから。

石川:僕も同感です。100年後のミシュラン星付きレストランのシェフのアタマの中を覗いた気分になっていただければ幸いです。

(TEXT BY TOMONARI COTANI、
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI)

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