通勤電車の激しい混雑や遅れを改善する方法として、近年は駅のホーム増設が注目されています。列車が走る線路を多くして増発する複々線化に比べると効果は限定的なように思えますが、列車の運転を工夫することで大きな効果があります。

東急田園都市線の渋谷駅「ホーム増設を軸」に検討

 東急電鉄が「田園都市線渋谷駅のホーム増設を検討している」と報じられています。現在はホームがひとつと線路がふたつしかありませんが、「混雑が著しく、遅延が慢性的に発生している」ことから、東急は「ホーム増設を軸に検討する」(2018年10月10日付け日刊工業新聞)といいます。


東急田園都市線を走る新型車両の2020系。右奥は大井町線の新型6020系(2018年2月、草町義和撮影)。

 2017年度の首都圏混雑率ランキングで、ワースト9位の田園都市線(185%)。最新の人口推計で、首都圏の人口はまだしばらく増加傾向にあると発表されたこともあり、東急は混雑と遅延の対策をもう一歩進める意向を示しています。

 混雑率ランキングのワースト1位になった東京メトロ東西線(199%)では、すでに同様の取り組みを進めています。2020年度の完成を目標に、南砂町駅(東京都江東区)で遅延解消を目的としたホーム増設工事を行っているのです。

 東急と東京メトロはなぜ、混雑や遅延の解消策としてホームの増設を検討したり、実際に工事を行ったりしているのでしょうか。

 田園都市線と東西線は共に、朝ラッシュのピーク1時間に27本の列車を運行しています。列車の本数をもっと増やせば混雑は解消するだろうと思うかもしれませんが、それにはいくつものハードルがあります。

 まずは現在の信号システムにおける技術上の限界です。鉄道の信号は線路を細かく区切り、ひとつの区間に列車を1本しか入れないようにします。また、先を走る列車との距離に応じて制限速度が決まっており、近づくと制限速度が遅くなって最後はゼロ、つまり停止信号になって衝突を防ぎます。こうした現在のシステムでは、1時間あたり27〜29本が実用上の限界なのです。

列車の増発を阻む「混雑と遅れのループ」

 1時間に27本の列車を運行すると、その間隔は2分15秒弱。途中で数分の遅れが発生すれば、列車が1本消えてしまうギリギリのダイヤです。少しでも遅れが発生すると実際に運転できる列車が減ってしまい、これでは増発する意味がありません。


ホームがひとつしかない東急田園都市線の渋谷駅(2018年2月、恵 知仁撮影)。

 2分15秒は同じ速度で動き続けていれば十分な間隔ですが、列車は駅の到着時に減速して数十秒の停車をするため、実際には前後の列車とかなり接近します。ラッシュ時間帯や駅到着前に「信号待ち」と称して一時停車するのは、先行列車との距離が近くなりすぎたために起こる現象です。

 しかし、利用者の多い駅では乗り降りが30秒程度では終わりません。できる限り長く停車させたいところですが、停車時間を長くとると後ろの列車がどんどん近づいてきて、渋滞が発生してしまいます。

 停車時間を短く設定し、無理に早くドアを閉めようとしても、乗り切れずに発車が遅れます。次の駅では列車の到着が遅れた分だけ、ホーム上に乗客が増えていきます。列車は混み合い、停車時間はさらに長くなり、遅れが増してしまうのです。

 このようなボトルネックとなる駅が存在すると、いくら運行本数を増やしたところで、ダイヤ通りに走れず、輸送力を増やすことができなくなるのです。つまり、混雑緩和は遅延対策と裏表の関係にあるわけです。

 ホーム増設は、こうしたボトルネックの解決策として行われます。

増設ホームを活用する「交互発着」とは

 駅のホームがひとつしかない場合、先の列車が発車しないと後続列車はホームに入ることができません。そこでホームをふたつにすれば、先行列車が停車中でも後続車両はホームに入れるようになります。


地下駅の改良工事では建物の基礎や別の路線のトンネルなどを避けながら工事を行わなければならない。写真は千代田線のトンネルと交差する東京メトロ副都心線の工事現場(2006年12月、草町義和撮影)。

 後続列車が先行列車に追いついてしまうと、先を急ぐ人が乗り換えようとして余計に混乱してしまうので、実際は後続列車が到着する前に先行列車は駅を発車しますが、後続列車に影響を与えず停車時間を確保することが可能になるわけです。

 このように、ホームの両側に列車が交互に到着、発車することを「交互発着」と言います。

 交互発着を最大限活用している路線がJR東日本の中央線(快速)です。朝ラッシュ時間帯の中央線は田園都市線や東西線より3本も多い1時間30本、2分間隔の運行を実現していますが、これを支えているのが国立、国分寺、武蔵小金井、東小金井、三鷹、中野、新宿の7駅で行われる交互発着です。

 JRは中央線以外でも、乗り降りが多くホームに余裕があるターミナル駅で交互発着を行い、ラッシュ時間帯の遅延を防いでいます。検討中とされる田園都市線は渋谷駅、工事中の東西線は南砂町駅と、それぞれ1駅だけではありますが、それでもかなりの遅延抑制効果が見込まれています。

 田園都市線の渋谷駅と東西線の南砂町駅の場合、最大のネックはどちらも地下トンネル内にホームと線路があること。営業運転を行いながら、その脇でトンネルの幅を広げる工事を行って、ホームを増やすためのスペースを確保しなければなりません。

 南砂町駅の改良工事は周辺に用地が確保できたため何とか着工できましたが、それでも長期にわたる工事となっています。周辺にビルの基礎や、ほかの路線の地下トンネルが密集している渋谷駅となれば、その困難さは南砂町駅の比ではありません。

 地下トンネルの拡幅は物理的に可能なのか、費用や工期、地上への影響を考慮して現実的なのか、あるいはほかの方法で解決することはできないのかなど、東急もさまざまなケースを比較しながら、最終的な検討を行っているものと思われます。

【図】遅延解消! 増設ホームを使った「交互発着」の流れ


増設したホームを使う「交互発着」の流れ。先行する列車が駅から完全に離れる前に後続列車が駅に入れるようになるため、駅での停車時間を確保しつつ遅れを防ぐことができる(枝久保達也作成)。