by Chris Hau

氷上を滑り速さを競うスピードスケートなど、氷の上で行われるウインタースポーツは多いものです。しかし、意外なことに「なぜ氷の上で滑るのか?」というメカニズム自体はこれまで解明されていませんでした。ついに、マックスプランク・ポリマー研究所の研究者が古くからの謎を解明しています。

Molecular Insight into the Slipperiness of Ice - The Journal of Physical Chemistry Letters (ACS Publications)

https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jpclett.8b01188

The slipperiness of ice explained -- ScienceDaily

https://www.sciencedaily.com/releases/2018/05/180509121544.htm

「スケート靴のブレードが氷の上でなぜ滑るのか?」という疑問に対する古くからの通説的な見解は、刃が氷を押し付けるときに高まる圧力によって氷が融けるからというもの。「固体(氷)が液体(水)よりも密度が低い」という水の持つ珍しい特性から、氷に圧力が加わるとそれを逃がす方向で、密度の高い液体の水に変化するという熱力学的なメカニズムが働き、氷から変化してできた水によって滑るというわけです。しかし、この考えではブレードではない靴底のような接地面積が広く比較的圧力が小さな状態でも滑ってしまうことを説明することができません。

「なぜ氷の上は滑るのか?」という疑問を解決する研究を行ったのは、マックスプランク・ポリマー研究所の永田勇樹博士らの研究チーム。研究チームは、氷の表面上に薄くできる「層」の構造に注目し、氷が滑るときにこの層がどのように変化するかを調べました。

研究では、温度をマイナス100度から0度まで変えた氷の上に鉄球を転がすことで、氷の温度が低くなるにつれて摩擦力が高まることを発見しました。温度によって摩擦力が変化する原因を探るため、氷の表面の水分子の構造を分光学的手法で分析し、その結果を分子動力学法(MD法)を使ったシミュレーション結果と比較しました。



比較した結果、氷の表面には2種類の水分子が存在することがわかりました。1つは3つの水素結合によって分子を構成して氷の下に潜り込む水分子で、もう1つは2つの水素結合で結びつき比較的自由に動く水分子だとのこと。一般的な氷の水分子は4つの水素結合によって結びついていますが、氷表面にはより水素結合の数が少ない水分子が存在するというわけです。そして、これらの可動性のある水分子は熱振動によって小さな球のように氷の上を継続的に動き回ることがわかりました。

これら2つの固体の水分子は相互変換され、温度変化によって割合が変わることもわかりました。実験では、マイナス70度を超えると水素結合が2つの水分子が増え始め、温度上昇に従って氷表面の摩擦力が低下していく関係性が確認されています。以上の通り、氷の表面が滑るのは、溶けた液体の水が原因ではなく、氷表面に存在する「可動性のある水分子」が原因だということが判明しました。



なお、温度上昇に従って摩擦係数は下がり続けますが、マイナス7度で最小値をとることが確認されています。この理由について、研究者はマイナス7度から0度の温度域では氷が柔らかくなり、氷の上を滑る物体の表面の物質が深く氷に食い込んでしまうため、摩擦が高まり滑りにくくなってしまうと考えています。