「『40枚かるた』は、通常の100枚を使用する試合よりもずっと早く試合が終わり、1日4試合できます。数多く試合ができれば勝率は高まります。練習で勝てればますます楽しさを感じ、モチベーションが維持できます」

 「たとえ80分間集中力を切らさず練習に臨んでも、2試合とも負けてしまったら、やっぱり落ち込みます。しかし1つでも勝てば、つまり成功体験を得ることができれば、次の日もやる気を持って練習に臨めます。0勝2敗でその日を終えるのと、1勝3敗で終えるのでは大違いです」

成功体験が人を変える
 ─習熟度が低い部員への指導を重視する一方で、有能な部員のモチベーションの維持も必要です。
 田口「もちろんです。ただ、有能な部員は指導をしなくても自己を高められます。未熟な部員の競技レベルが上がれば、うまい人も危機感を抱いて、より一層、練習に励むようになるのです。そうした好循環を生み出すことが伝統になっているので暁星高校は成果を残せたのだと思います」

 「私は組織に停滞感が生まれるのは特定の人に成功体験が偏るからだと思います。組織は強い人やできる人の論理で動きがちです。だけどそれでよいのかは疑問です。弱い人やなかなか成果が出ない人も、成功体験があれば絶対に変わります。成功体験を得られれば楽しい。楽しければモチベーションは上がる。こうして1人ひとりのモチベーションが高くなり、活躍する人が続々と出てくる組織が、結果を出す条件だと思います」

 ─そのように考えるようになったきっかけは。
 田口「就任1年目の94年に全国大会でベスト8に進出しました。そのときはひたすら猛特訓を課していました。その後も95年ベスト4、96年ベスト8、97年ベスト4と常に上位に進出するのですが、あと一歩のところで勝てない。そのときにある思いが湧きました」

 「チーム全体、特に初心者にもっと目を向けるべきではないかと。それから、有能な部員を鍛えるだけではなく、結果が出せていない選手や競技レベルが成熟していない選手の指導を重視するようになりました」

正論を突き付けて勝負する
 ─指導者が工夫を凝らしても結果が出ない場合、どのように部員を導きますか。 
 田口「やるべきポイントを絞って徹底させます。まず基礎に戻り、自陣の守備を重視したかるたを指導します。欲張らず、自分の陣地の札に集中し、絶対に相手に取らせないことです。じっくり基礎を徹底するだけで勝率は上がります。弱者は弱者なりに、最低限のことをしっかりやりきれば強みになるいうことです。この心がけは社会に出ても基本になると思います」

 「また、精神的なことの参考になればと、私物の漫画を部室に置きました。生徒も空き時間に読んでいるようです。ちばあきおの「キャプテン」や井上雅彦の「スラムダンク」などのスポーツ漫画は、「練習や努力は嘘をつかない」ということを伝えていると思います」
 
─思うような成果が出ないとき、指導者はどのようにモチベーションを維持するべきですか。
 田口「名選手だった指導者は「何でできないの」という言い方をしてしまうことがあります。会社でも仕事ができる人はこのように言ってしまいがちです。時にはハードルを下げてやることや「できなくて当然」と言ってやることも、指導者やリーダーには必要だと思います。世代によって、すぐに成熟する学年と時間のかかる学年があります。しかし、指導者としては慌てず長い目で見て、最後は1人ひとりに部活動を通して自信や充実感を得てもらいたいと思います」

 ─指導者の思いはどうしたら伝わりますか。
 田口「明確な答えはないと思います。ただ、逃げず1人ひとりに正面から向き合うことが1つの答えに成りうるでしょう。実は私の胸にしこりとして残っていることがあります。ある代の主力選手だった部員のことです。大事な大会の前に練習に気持ちが入っていないように見えました」