国会議員もAIで代替できる(大前研一氏)

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 今後、人間の仕事の多くはAI(人工知能)に取って代わられる。人間にしかできないと思われていたクリエイティブな領域もAIやロボットに置き換えられていくのだ。教育さえその例外ではない、と大前研一氏は指摘する。

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 AIの発達によって、教師はいらなくなる。今の小学校・中学校・高校の先生は文部科学省が定めた学習指導要領に従って教えている。ということは、学習指導要領に準拠した「AI先生」が登場すればそれで事足りるし、自宅でパソコンやスマホなどを使って勉強することもできるので、わざわざ学校に行って授業を受ける必要はなくなる。

 ただし、そもそも学習指導要領に基づいた画一化教育は、日本が世界に羽ばたいて活躍できる人材を生み出せない最大の原因になっている。20世紀の大量生産・大量消費時代は画一化教育で均質的な人間を作っていればよかったが、それでは21世紀のボーダレスな厳しい世界競争の中で生き残っていくことはできない。

 均質的な人間がこなせるような仕事はすべてAIやロボットに置き換えられていき、それ以外の領域で能力を発揮できる人間しか富を創出することができなくなるからだ。にもかかわらず、日本の場合は依然として時代遅れの学習指導要領に従って、スマホがあれば答えがわかるようなことばかり教えている。

 一方、世界の先進国の多くは、とっくの昔に21世紀に対応した教育システムに移行している。たとえばデンマークは、約20年前に「ティーチ(教える)」という概念を教室から追放した。なぜか?

 教えるという概念の前提は、教える人が答えを知っているということであり、教えられる人はその答えを覚えるだけになってしまうため、自分で考える能力がなくなる。答えを覚えることは人間よりコンピューターのほうが得意だから、コンピューターにできないことができる人間を育てなければ、国際的な競争力を失ってしまう。そう気づいたからである。

 そしてデンマークは、先生を「ティーチャー」と呼ぶこともやめた。生徒が自分で考えることを助けるという意味の「ファシリテーター(促進者)」に変えたのである。

 21世紀は答えのない時代である。そこで生き抜いていくためには、自分で質問して答えを予測し、他人と議論する中でリーダーシップをふるって答えに至る道筋を見つけられるようにならねばならない。しかし、今の日本の教育制度では、そういう人間を育てることはできない。逆に言えば、21世紀の世の中で通用しない人間=AIやロボットに置き換えられる人間しか育てていないのである。

※SAPIO2018年1・2月号