1月22日、国会で施政方針演説を行う安倍晋三首相。「働き方改革」実現のメニューには、効果が薄いものがある(写真:AP/アフロ)

1月22日に行われた安倍晋三首相の国会での施政方針演説は、働き方改革、人づくり革命、などの経済政策に重点を置いた内容になった。

「経済重視」に徹して過去5年弱の一定の成果をアピールしつつ、この路線をさらに強化することを通じて、国民の支持を底上げする姿勢を示したと言える。具体的な政策メニューは、所得税の基礎控除見直し、全世代型の社会保障制度、介護人材確保(待遇改善)など、これまで掲げられていたものがほとんどで新たな材料は見当たらない。

安倍政権は2014年の「二の舞」回避へ

また、「プライマリーバランス(基礎的財政収支)、黒字化の達成時期について、夏場までに具体的な計画を示す」と安倍首相は言及した。


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足元では、プライマリーバランスや政府債務残高の将来予想の試算が見直される過程で、官邸と霞が関で駆け引きが行われたもようである。そして、将来の長期金利予想が引き下げられ、政府債務残高のGDP比率が低下し続けるという「標準シナリオ」の試算が示された。消費増税の判断を含めて財政政策に関して、経済情勢、憲法改正を含めた政治情勢を踏まえながら、安倍政権が今後柔軟に判断していく環境整備の一貫で、この試算見直しが実現したのだろう。財政健全化至上主義に傾倒した失敗と位置づけられる2014年の緊縮財政転換の、「二の舞」は回避されると筆者は予想している。

1月15日コラム「安倍政権による日銀人事サプライズの可能性」で書いたとおり、日本については「2%インフレの実現に徹底的にこだわる金融政策運営が続き、総需要を減らす緊縮的な財政政策をさらに緩和する政策が求められる」と筆者は考えている。金融政策の正常化が進んでいる米国においても、ドナルド・トランプ政権が掲げる拡張的な財政政策によって、経済成長上振れ期待が高まっている。米国と日本を比較すると、インフレ目標実現には程遠く、そして完全雇用にまで距離がある日本において、総需要安定化政策を強化する必要性はより高いと判断される。

ところで、施政方針演説の最初に挙げられた「働き方改革」のメニューとして、同一労働同一賃金、長時間労働の慣行打破、などが標榜されている。筆者自身も約25年サラリーマンとして働いているが、これが実感されるようになれば、有権者の多くを占める労働者の支持をより得ることにつながるだろう。ただ、これを実現する具体的な手法についてはさまざまな議論があり、中には効果が薄い政策メニューもみられるようだ。

たとえば、同一労働同一賃金は、具体的には非正規と呼ばれる労働者の待遇を引き上げることだが、それを企業経営者に実現させる具体的な方法は何か? 賃金水準全体を押し上げるために、賃上げに踏み切った企業に対して税負担を和らげるなどの政策はあるが、この税優遇措置が幅広く使われる可能性は低いと思われる。

「非正規社員」の待遇を改善する最も確実な方法とは?

また、仮に労働者に支払われる賃金が上がっても、企業経営者の中には、もともと賃金水準が高くスキルも高い将来有望な従業員の給与水準の引き上げを優先させたい、と考える企業経営者もいるだろう。

非正規という言葉のニュアンス・使われ方が妥当ではないのだが、企業経営者としては多様な雇用制度を導入し、一方で労働者自身も多様な働き方を求めている。両者のニーズをマッチングさせる人事制度を柔軟に運営することで、労働市場の需給が逼迫する中で、人的資源を糧とする企業経営者は生き残りを図る必要性が高まっている。

結局、多くの日本人は市場経済で生きているのだから、労働市場の需給メカニズムを通じて、企業経営者が自発的に、非正規社員の賃金水準を引き上げる誘引を強めることが必要になる。つまり、非正規社員の賃金水準が低すぎるという「格差解消」が政治問題であるとして、待遇改善で格差を是正するにはどうすればいいか。労働需給をより逼迫させ、その状態を長期化させることが、愚直ではあるが最も確実な方法になるということだ。

労働需給をより引き締めることによって何が起こるか。労働者として働いてもらいたい非正規社員の賃金が底上げされるには、社員の時給そのものが高まるケース、あるいは正規社員に置き換えられるケースもあるだろう。

ただ、低賃金労働者の給与水準底上げがどのように実現するかは、個々の企業経営者の人事政策に依存する。このため、多様な働き方が広がる中で、いわゆる「非正規社員」の数を政府が制御できるとは思わない。また、責任範囲が限定的な労働者の給与水準が、正規社員と同等まで高まるというのも現実的ではない。

それでも、財政金融政策による総需要押し上げが続き、今後2%のインフレが定着するような労働市場の逼迫が実現すればどうなるか。非正規社員の中には正社員として働きたい人がまだ相当残っているのだから、正社員化がさらに進む余地は大きい。また1990年代から、企業などで働く女性は増えているが、そうした環境になれば優秀な女性を戦力として確保するために、子育てを経験しても不利にならないキャリアパスがもっと広がるだろう。

日本の貧困世帯にはシングルマザー世帯が多く含まれるが、彼女たちが一人で子育てしながら働いても生活に困窮しないことが、労働市場をさらに逼迫させることによって可能になる。この結果、筆者が最も大きな問題と考えている、異常な「日本型所得格差」(2017年12月18日の記事「金融緩和で所得格差はむしろ『縮小』している」を参照)が解消していくと考えている。

「人手不足」はなお「局所的現象」にすぎない

なお、数年前から、経済メディアなどでは人手不足が問題になっていると報じられているが、それは局所的な現象にすぎないのが実情だろう。過去の日本がそうだったのだが、失業率が2%台後半では、就業希望者がほぼ職につける完全雇用に達していないということである。


つまり、2%インフレ目標安定というデフレの完全脱却の実現で、まともな労働環境が訪れる。言い換えれば、「ブラック企業」が跋扈(ばっこ)していた2012年までが異常だったにすぎない。そして、1990年代からデフレ解消に不十分な対応に終始していた日本銀行が、2013年から黒田東彦総裁らが率いることになり「レジームチェンジ」を実現したことの成果として、ようやくまともな労働環境が広がりつつあるわけだ。

すでに金融緩和強化が徹底されたことで、5年前と比べればデフレ懸念は後退し、経済状況、労働市場は目に見えて改善した。その結果、政治的には、支持率の上昇によって、安倍政権は長期政権を実現したわけである。

これまでの経緯を振り返れば、今後安倍政権が政治基盤をさらに強化するために、求められる経済政策の方向性は明らかである。

そして、民間企業が主導する「働き方改革」を実現するために最も確実な手段は、総需要をさらに刺激する財政金融政策を徹底することである。2%インフレ実現という目標実現まで、財政金融政策による総需要拡大を続けることで、当初のアベノミクスの政策を貫徹することが肝要だろう。