加藤さんは、投手だけでなく野手にも、先輩・後輩・同期を問わず、できる限り話をすることを心がけていたという。投手と気心が知れていれば、緊迫した場面で急きょバッテリーを組むことになってもお互い安心できる。また、投手の性格やクセを理解していれば、捕手は臨機応変にサインを出すことができる。

 「自分を商品とみなす」というのは「卑下している」ような印象を受けるかもしれない。だが、いつでもニコニコと話しかけ、時には後輩に真剣にアドバイスをしたという加藤さんに対する選手たちや首脳陣の信頼は厚かったようだ。そうした信頼は、加藤さんの「自分はチームの役に立っている」といったプライドにつながっていたのではないだろうか。

 また「自分は商品」と割り切ることによる精神安定効果も大きかったと思われる。加藤さんは同書で「崖っぷち」という言葉を何度も使っており、毎年シーズン終盤になると「戦力外になるかもしれない」と思ったという。しかし経験を重ねるうちに、戦力外を過度に怯えることはなくなっていったようだ。

 自分は「商品」なのだから、買うかどうかを決めるのは首脳陣であり、自分ではどうすることもできない。自分ができるのは万全の「準備」を整えておくことだけだ――そう考えることで加藤さんの心は安定し「余裕」が出てきたのだろう。

 そうした心の余裕は、周囲にも安心感を与え、加藤さんへの信頼はより高まったのに違いない。それが、加藤さんが18年間同じ球団で野球人生をまっとうできた要因の一つであるのは確かだろう。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)

『松坂世代の無名の捕手が、なぜ巨人軍で18年間も生き残れたのか』
加藤 健 著
竹書房
254p 1,600円(税別)