火星は地球に似た環境を持つ太陽系の惑星として、「地球環境の悪化に伴って人類は火星へ移住する可能性が高い」と考えられており、NASAでは火星移住計画を見据えた研究も行われています。しかし、「火星を地球の予備として考えるべきではない」ということについて、天文学者のルシアン・ウォーコウィチさんがTEDの講演会で説明したムービーが、YouTubeで公開中です。

Let's not use Mars as a backup planet | Lucianne Walkowicz

「私たちは現在、地球を放棄して別の惑星に移住するかどうかの分岐点に立っています」とルシアンさんは語ります。



NASAの探査機「ケプラー」などにより太陽系外の惑星が次々と発見され、宇宙の中における地球の位置づけも次第にわかってきました。



「地球は銀河系に無数に存在する惑星のうちの1つに過ぎないのです」とルシアンさん。



ケプラーは望遠鏡を備えて宇宙空間を漂い、惑星が恒星の前を横断するときに発生する微妙な光の変化を観測しています。同時にケプラーは惑星のサイズ、惑星が公転する恒星からの距離も測るのです。



それにより、私たちはその惑星が手頃なサイズの地球型惑星であるかどうか、そして恒星から届く光の量がどの程度の量なのかがわかります。



これらの条件は、その惑星が居住に適した環境であるかどうかを教えてくれるヒントになるとのこと。



「残念ですが、このように私たちが居住可能な新しい惑星を発見する一方で、現在私たちが住んでいる地球は人間の活動によってダメージを受けています」とルシアンさんは言います。



長い間溶け出さなかった氷河がこの数十年で急速に溶け出すなど、環境の変化はすでに人間の手には負えないレベルで進行しています。



「しかし、私は気象学者ではなく天文学者です。人間が居住可能な惑星を探し、地球の外で人間が生存できる可能性を探っているのです」とルシアンさん。



ルシアンさんが「いい不動産物件を探すようなものです」とジョークを飛ばすと、会場には笑いが起きました。



しかし、地球以外に居住可能な惑星を探すという行動は、同時に「地球がいかに人間の生存に適した環境であるか」を確認することを余儀なくし、地球に対して感謝の念を抱くとのこと。



「新しい惑星を見つけるごとに、太陽系との違いを比較せずにはいられません」とルシアンさんは語ります。



地球から最も近い惑星である火星と地球を比較してみると、火星は少し小さめの地球型惑星であり、ケプラーが発見したら「居住可能性あり」と判断されるタイプであるとのこと。



実際に過去の時点では人間が居住可能な惑星だった可能性もあり、それが火星の探査が活発に行われている理由でもあります。火星探査機の「キュリオシティ」は生命の痕跡を探し、火星の表面を探査しました。



同じく火星探査機の「MAVEN」は火星の大気を採取し、なぜ火星から生命が消えたのかを調べています。



「民間の航空宇宙会社は短期間の宇宙旅行だけでなく、火星に居住することを考え始めています」とルシアンさん。



火星の光景は地球の砂漠に似ており、「開拓」や「フロンティア」といった言葉を想起させます。



しかし、実際に火星を地球と比べてみると火星はあまりにも過酷な環境であり、人の住まない砂漠でさえ火星と比べれば非常に恵まれているとのこと。



砂漠は確かに地球上で最も乾燥した場所かもしれませんが、その大気には数千キロも離れた熱帯雨林から放出された酸素が豊富に存在しています。



「私は『火星への移住』という甘い言葉が及ぼす影響を深く心配しています」とルシアンさん。



「私たちが知る限り唯一人間の生存に適したこの地球を、たとえ自分たちの活動で滅ぼしたとしても、次は火星に移住すればいいだろう」という考えに対し、ルシアンさんは真っ向から反対すると言います。



ルシアンさんが飛ばした「いくら火星に魅力的な点があっても火星を地球のバックアップとして扱うのは、タイタニック号の船長が『本当のパーティーは救命ボートの上で行われます』と言うのと同じです」というブラックジョークに、会場からは笑いと拍手がわき上がりました。



「ありがとう」と得意げに応じるルシアンさん。



地球外に人間が居住可能な惑星を探すことと、地球を保護するということは対極に位置するのではなく、むしろ裏表のような関係にあるとルシアンさんは言います。どちらも未来に向けて、生命のことを理解して保護するという最終的な目的は同じであるとのこと。



火星の表面も地球上にある過酷な場所も、人が住みにくい環境であることに違いはありませんが、少なくとも地球上にある場所は私たちのすぐそばにあるのです。そこに人間が住む方法がわかれば地球環境の保護にもつながり、地球外惑星に住む可能性を広げることにもなります。



「最後に、『フェルミのパラドックス』の話をしましょう」と語るルシアンさん。



イタリアの物理学者エンリコ・フェルミは、「非常に長い年月にわたって宇宙が存在し、また無数に惑星があることもわかっているのにもかかわらず、宇宙人は未だに見つかっていない。宇宙人はいったいどこにいるんだ?」と言いました。



これは宇宙人が存在する可能性の高さと、宇宙人との接触が現在に至るまで存在しない事実との間に発生した矛盾を指摘したものです。



ルシアンさんが唱えるフェルミのパラドックスに対する解答は、「他の惑星に乗り出すほど技術の進歩した文明では、自分たちを生み出した故郷を守ることを忘れてしまい、それによって自らの滅亡を招いてしまうから」というもの。



「他の惑星に移住することで人間の滅亡が防げると思うのは傲慢(ごうまん)です」とルシアンさんは言います。



しかし、惑星探査と地球保護は両立させることが可能。「過酷な環境の火星に移り住むことを考えるより先に、自分たちが住むこの惑星の環境を守るべきです」とルシアンさんは訴えています。