キャリアも幸せな結婚も、そして美貌も。

女が望む全てのものを手にし、したたかに生きる女たちがいる。

それは、東京の恋愛市場においてトップクラスに君臨する女子アナたちだ。

清純という仮面をかぶりながら、密かに野心を燃やす彼女たち。それは計算なのか、天然なのか。

そして彼女たちはどうやって、全てのモノを手にしようとするのだろう…?

局の絶対的エース橘花凛と同期でありながら、地味枠採用の田口レミ。後輩のカマトト女・木崎翔子と花凛の笑顔で蹴落としあう対決を目の当たりにするが...




「レミ、来週木曜の午後ってスケジュール空いてる?一本、収録お願いできないかな。」

「も、もちろんです!」

突然回ってきた仕事に、私は二つ返事で答える。渡された台本を見てみると、元々花凛がアナウンサーとして起用される予定の番組だった。

「あれ?でもこれ、花凛が担当予定の番組ですよね?」

どうせ、売れっ子花凛のスケジュールが合わず、空いている私のところに回ってきたに違いない。

仕事が増えるのは嬉しいけれど、しょせんは花凛の代わりだと思うとテンションが下がる。すると、プロデューサーから予想外の一言が飛び出した。

「出演予定のタレントサイドから、花凛はNGって言われてさ...。自分が“引き立つ”ような女子アナ希望って言われて、お前に白羽の矢が立ったわけよ。」

その言葉に、私は渡された台本を手に微妙な顔をして立ち尽くした。


女社会で生き抜くために身につけておくべき必要なスキル


「今日の担当、レミさんに変わったんだぁ。よろしくー。」

迎えた収録当日。今人気のタレントが我が物顔でスタジオに入ってきた。私は“よろしくお願いします”とぺこりと頭を下げながら、ちらりと彼女の顔を盗み見る。

陶器のような美しい肌に、人工的な真っ白い歯。女子アナ達も美しいが、一流の女優やタレントたちはやはり何かが違う。

「レミさんだとやり易いな〜。アナウンサーの中には、勘違い系もいるからね。」

冷たく笑う、その女性タレントからは人工的な香りがした。

「レミさんだと、安心だわ。」

“安心”という言葉に違和感を覚えながらも、私は笑顔を返す。

彼女は、自分が一番だと気に入らない。だから自分より綺麗なタレントや女子アナを並ばせないことで有名だった。

花凛ではなく私を指名してきた理由は、そこにあるのだろう。

“引き立て役”として、私は最適なんだー。

そんなことを思いながら、粛々と番組の収録は進んだ。




「レミちゃんって、主婦受けが良くて羨ましい。」

収録を終え、アナウンス室へ戻ると珍しく花凛が弱音を吐いてきた 。

「花凛はいいじゃない。男女問わず、20代30代から圧倒的な人気を誇るんだし。」

「私、何故か昔から同性に嫌われやすくて...学生時代はいつも女の先輩から嫌われていたの。男の先輩からは可愛がってもらえるんだけどねぇ。」

つまり花凛は、自分はモテるから女性にひがまれると言いたいのだろうか。

「レミちゃんは、女の先輩から好かれそうで、羨ましい♡何て言うか…きっと、100%美人よりも、60%美人くらいが一番幸せに生きられる気がする!」

全く嫌味なく爽やかに言う花凛に対し、もはや言葉を失った。

―今日のタレントに比べれば、花凛だって72%くらいなのに…。

ずば抜けて美しく、他を圧倒するほどの美貌があれば、もはや誰もひがまない。花凛は“72%美人”だから、嫉妬されるのだ。

「そう言えば、航平ちゃんと幸一郎さんがご飯行こうって誘ってくれたから、明日の夜空けておいてね。」

呼んでくれるのは嬉しい。だけど、それは私を友達だと思っているからなのか、それとも“引き立て役”として呼ぶのか...

そんなことを思いながらも、私は指定された『テール・ド・トリュフ』へと向かった。


静かに幕が上がった逆襲劇。女のプライドを踏みにじれ?


“72%美人”は果たして幸せなのか?


「お!レミちゃん、久しぶり。」

航平から爽やかな笑顔を向けられ、店に入るなり私は腰から砕けそうになる。相変わらず素敵だ。

「幸一郎さん、こんばんわ♡」

しかしそんな航平には目もくれず、幸一郎に笑顔を向ける花凛の様子を見て、私は花凛が完全に幸一郎狙いだと悟った。

大物政治家の息子で、将来性もある。

長身でイケメン、家柄も職業もよし。花凛からすると、これ以上にない“最高で最適な旦那候補”だろう。

しかし不意に、私も幸一郎さんを狙ってみようかと思った。

絶対的エース・橘花凛。常に自分が一番でいたい姫気質の女が、もし私なんかに負けたりしたら・・?

彼女のプライドはズタボロになり、立ち直れないくらいショックを受けるに違いない。

「わぁ〜!トリュフとか滅多に食べられないから、嬉しい♡」

-この前、 “トリュフは黒よりも白に限るよね”と言っていたのに...

そんな花凛を横目に、私はトリュフの豊かな香りが溢れる品々に酔いしれる。

トリュフをたっぷりとスライスしてもらう瞬間は、もはや“幸せ”以外の言葉が見つからない。




シメの「卵がけトリュフご飯」に感嘆の声をあげていると、急に花凛が隣から水を差してきた。

「実はこの前、番組を降ろされちゃったの...」

目を潤ませながら幸一郎に訴える花凛。幸一郎も航平も、“え?そうなの?”なんて言いながら本気で心配している。

「でもね、代打でレミちゃんが担当してくれたんだぁ!レミちゃんは、少し地味だから、主婦層から人気があるの。」

「へぇ〜。でもレミちゃんが女性から支持を集める理由、分かる気がするなぁ。」

航平さんが爽やかに微笑んでくれたのが救いだったが、何もこの場で言わなくても...そう思いながら、私は引きつった笑顔を花凛に向ける。

花凛は全く気が付かぬ様子で、ニコニコと話し続ける。

「私、昔から女の先輩に嫌われがちで...何でだろぉ?」

例の話をしながら、幸一郎にさりげなく近寄っている。

女ウケと男ウケ。
女は、どちらに受ける方が、幸せなのだろうか。

女社会の中で生きるのは、大変である。嫉妬をうまくかわしながら、上からは気に入られないといけない。

そして花の命は短い。大きく綺麗に咲く花ほど、朽ち果てるのが早い。

“アイドル女子アナ”と持て囃されるような、若さと可愛さだけを武器にしているような女性はすぐに消えていく。

その一方で技術がしっかりしており、そこそこ華やかで派手すぎない女たちは年を取ってもキャスターや通販番組で重宝される。

だから私のような“60%美人”くらいの方が、細く長く大事にされるのだ。

女としても、“美人は三日で飽きる”と言うように、外見より中身が物を言うに違いない。

「私も、花凛みたいに華やかだったらなー。」

最後に笑うのは、きっと私。

10年後には、きっと私の方が良い思いをしているはず。

そんな闘争心を心の中に抱きながら、私はトリュフの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

▶NEXT:12月21日木曜更新予定
幸一郎を狙い始めたレミ。そこにはまさかの展開が...