ある条件下では、すべての男性が痴漢行為をしかねない(写真:amadank/PIXTA)

満員電車内での痴漢事件や痴漢冤罪トラブルが連日報じられている。被害者である女性が痴漢撲滅を訴える一方で、男性は痴漢冤罪問題に大きな関心を持つ。男性は「自分は痴漢をしないが、痴漢に間違えられるかもしれない」と考えているからだろう。
しかし、「すべての男性が痴漢常習犯になる可能性がある」と世の男性に警鐘を鳴らす人物がいる。『男が痴漢になる理由』の著者である精神保健福祉士・社会福祉士、斉藤章佳氏だ。アジア最大規模の依存症治療施設といわれる東京の榎本クリニックで1000人を超える痴漢常習者を含む性犯罪者の治療に携わってきた。平凡な男性がなぜ痴漢行為に走り、やめられなくなるのか。その理由を聞いた。

――多くの男性は「自分は痴漢をしない」と思っているはずです。だからこそ、痴漢冤罪が大きな関心を集めているのではないでしょうか。

私も男性ですから痴漢冤罪は他人事ではありません。それはさておき、痴漢冤罪を声高に主張して肝心の痴漢問題をうやむやにするのは賛成できません。警視庁によれば2016年に都内における電車内の痴漢行為は約1800件(迷惑防止条例違反)起きています。しかも、やはり警視庁の調査によれば、痴漢行為に遭った女性のうち9割近くが警察に通報・相談をしていません。つまり、実際の痴漢行為は少なく見積もっても1800件の10倍以上あると考えられます。一方で、痴漢冤罪が現実にどのくらい起きているのかはわかりませんが、痴漢犯罪よりも圧倒的に少ないと予想できます。

痴漢をする人の特徴は「4大卒の既婚サラリーマン」

――痴漢をする男性に特徴はあるのでしょうか。

当クリニックでは過去12年間に延べ1000人以上の性犯罪者を対象とした再発防止プログラムを実施してきました。受講者を年齢別に見ると最も多いのは30代で、その後40代、20代と続きます。最終学歴は4大卒、職業別では会社員が多いです。未婚と既婚はほぼ半々。こうして見ると、痴漢行為をする人の平均像は「4大卒で会社勤めをする、働き盛りの既婚男性」ということになります。

――まさに普通の男性ですね。

既婚者の中には子供がいる人も多数います。家族も会社の同僚も友人たちも、彼が毎日の通勤中に痴漢をしているとは夢にも思わない。痴漢で逮捕されると周囲の人が「まさかあの人が痴漢をするなんて」と驚くことがありますが、実際、そういう人に限って痴漢の常習犯だったりするのです。

――既婚者ということは、女性に接する機会が少ないから痴漢をするわけではない?

そうです。結婚イコール夫婦間の性的関係が維持されているというわけでありませんが、夫婦のセックスレスと痴漢行為に相関関係はありません。

――痴漢は性欲をコントールできない人がするのでしょうか。


斉藤章佳(さいとう あきよし)/精神保健福祉士・社会福祉士、大森榎本クリニック精神保健福祉部長。1979年生まれ。榎本クリニックにソーシャルワーカーとして勤務し、アルコール依存症を中心にギャンブル、薬物、摂食障害、性犯罪、虐待、DVなどさまざまな嗜癖依存問題に携わる。2016年から現職(記者撮影)

そうとは言い切れません。当クリニックが2013年に痴漢加害者約200人に聞き取り調査を行ったところ、「痴漢行為中に勃起していない」と回答したのは過半数に達しました。勃起していないということは、痴漢の動機が直接性欲を満たすためではないということになります。逆に言えば、性風俗店に通いつつ痴漢行為を繰り返していた人も一定数います。つまりほかの手段で性欲を発散しても痴漢行為の抑止にはならないのです。

――では、痴漢をしてしまう理由はなぜでしょう。

日常生活、特に仕事で起きるストレスが原因となることが多いようです。スポーツやカラオケをしたり、おいしいものを食べたり趣味を通してストレス解消する人が大半ですが、中には仕事量の多さや営業ノルマのプレッシャー、あるいは家庭内の不和のストレスから痴漢行為に耽溺してしまう人もいます。また、痴漢をする人は日本人だけとは限りません。母国ではまったく性犯罪歴がないのに、日本に長期滞在しているうちに痴漢行為を覚えてしまうエリート外国人サラリーマンもいます。ここでも、日本特有の満員電車通勤という環境的要因と、慣れない国での生活や男尊女卑的価値観などの心理社会的要因が背景にあると考えられます。

"ビギナーズラック"に要注意

――痴漢をする人としない人の違いは?

痴漢をするトリガーとなるものがあります。さまざまなトリガーがあり、類型化は難しいのですが、強いて言えば、言葉は悪いですが“ビギナーズラック”がトリガーとなる人が一定数います。たとえば、満員電車に揺られているうちに、たまたま手の甲が女性のお尻に触れてしまった。ところが、女性は無反応だった。このとき男性の脳内には大量のドーパミンが分泌され、衝撃的な快感を覚える人がいます。当クリニックの受講者はこの状態を痴漢行為の「スイッチ」が入ったと表現することが多いです。

このスイッチが入った人は女性が無反応だったので、「ばれない」「意外と簡単」あるいは、「女性は嫌がっていない」と思い込んでしまいます。これを「認知の歪み」といいますが、これに味をしめて最初は列車の揺れに合わせて触るなど偶然を装いつつ、回数を追うごとに少しずつ意図的な接触の度合いを高めていくのです。「ばれたら大変だ」というスリルとリスクがさらに快感を助長させていきます。

そして、最初は衣類の上から触っていたのが下着の中に手を入れる、あるいは月1回の痴漢行為が週1回、1日おきへとエスカレートしていきます。『犯罪白書』平成27年版によれば、はじめて痴漢をした人の平均年齢は33.1歳、痴漢で逮捕された人の平均年齢は41.4歳。つまり、このデータからも初めて痴漢をしてから逮捕されるまでに何年も経っていることが読み取れます。それだけ膨大な被害者の数がいるということです。

――薬物やアルコール、ギャンブル依存症に似ていますね。

そのとおりです。いけないことだとわかっていてもやめられない。これが最後、あと1回だけと言って繰り返し、行為がエスカレートしていく。まさに依存症です。逮捕されたときに「捕まって安心した」と言う痴漢も少なからずいます。もはや自分ではやめられず、逮捕されてほっとするのでしょう。ただし薬物やアルコールの依存症との違いは、自分の健康を害する行為ではなく、必ず被害者がいるように他者の健康や尊厳を踏みにじる行為であるということです。

――逮捕されればもう痴漢をしないのですか。

逮捕されても示談で解決し会社や家族に知られずにすめば、また痴漢に走る人もいます。ほかの依存症と同様、再発防止に向けた治療プログラムの受講が必要と感じます。

痴漢スイッチ」が入らないような工夫が必要

――男性の誰もが痴漢になる可能性があるとしたら、それを防ぐためにはどうしたらよいでしょう。

日常生活で過度なストレスを感じている状態で、偶然女性のお尻に触れたことで「痴漢スイッチ」が入ってしまうのであれば、そのスイッチが入らないようにすることです。満員電車を避けるか、電車内では必ず座るようにするか、常に両手でつり革を握るなどの対処法が必要です。

とはいえ、日本の満員電車でこれを常に実行するのは難しいことです。むしろ過度なストレスをためないように、ストレスを発散する場や相談する相手を複数確保するなど、対処法を持つことが賢明でしょう。これは努力して身につけることができる人間の処世術です。また、もし読者の中に罪の意識を感じながら痴漢をやめられない人がいるなら、痴漢は依存症であり、治療でやめられるということを知ってほしい。今ならまだ間に合います。