萩本欽一と劇団ひとりの怖ろしいアドリブ対決「欽ちゃんのアドリブで笑」

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客席には満員の客。舞台の上には萩本欽一と出演者が並んでいる。
突然「あのさ、筋肉痛になったらどうなるの?」とお題を振る欽ちゃん。
戸惑いながらも「痛たた……」とそれぞれ筋肉痛の演技をする出演者たち。
一通り筋肉痛のターンが終わると、再び欽ちゃんが「これからピンポン(卓球)やるから。その筋肉痛でピンポンして」と振り、ラケットだけを渡す……。

『欽ちゃんのアドリブで笑(ショー)』(BSプレミアム 水曜20:00 5月18日から4夜放送)の一場面だ。欽ちゃんが舞台上でコントの稽古をつけるこの番組、台本は無し、リハーサルも無い。プランは欽ちゃんの頭の中にしかない。


仲代達矢に「もういいでしょう」と言わせる


『欽ちゃんのアドリブで笑』では、提示されたシチュエーションを出演者が演じ、その場で欽ちゃんがあれこれと口を出す。やってることは稽古だが、お客さんが見ているのでそれ相応の成果を出さないといけない。否が応でも出演者にプレッシャーがかかる。出演者は劇団ひとり、中尾明慶、前野朋哉、矢野聖人、小倉久寛。第1回のゲストは仲代達矢だった。

シチュエーションは「岡っ引きに連行される男」といった単純なもの。そこに「岡っ引きに連行される弟を止める兄」を追加したり、「兄弟に足をつかまれたまま歩く岡っ引き」にしたりと、どんどん発展させてていく。「アドリブで笑」なので、出演者は突然役柄と台詞を与えられ、やってみてはダメ出しされ、トライアンドエラーを繰り返す。コントだけど、ふざけた演技はNGだ。

萩本「最近の人は笑いをしようとするのね。まずいい芝居をしっかり作る。そっからじゃないといい笑いができない」

岡っ引きを前から止めると芝居が続かない、足をつかむときは相手の力に合わせる、台詞に間をあけないと共演者が入ってきにくい、など細かなアドバイスを繰り返して形を作っていく。舞台袖に下がっていても、欽ちゃんに呼ばれたら着替え中でも出て行かないといけない。ずっと気が抜けない。

欽ちゃんの無茶振りはゲストの仲代達矢にまで及んだ。「連行される男」「連行されながら女房を振り返る男」「連行されながら女房を振り返る筋肉痛の男」と次々指示する欽ちゃん。全力でこなした仲代達矢は、終いには「もういいでしょう……?」と後ずさりしするほど。汗をかく出演者たちに欽ちゃんは「笑いってね、一生懸命やってることが、お客さんが感動して笑ったり拍手したりするんだな」と伝える。

「言葉で笑わしちゃいけない」


こうした無茶振りやアドリブのルーツは、浅草での修業時代に経験した「軽演劇」にあるという。

「私たちが覚えたのは『浅草コント』っていう特別なもの。(中略)台本は無いですね。コメディアン同士で打ち合わせもしない。演出家の先生が来て、衣装出してあるからやっておくようにって。『俺から先に出ていくよ』くらいしか話さない。台本には『コント』ってあって、名前が書いてあるだけ」「私たちにはネタを見せるって感覚がないんです。お客さんに応じて変わってしまうから」(『ブルータス』2016年11月15日号 萩本欽一インタビュー「笑い王から見た漫才」)

萩本欽一のアドリブの応酬に応えたのが坂上二郎であり、コント55号のブレイクにつながった。『欽ちゃんのアドリブで笑』の中でもコント55号のネタを振り返るコーナーがある。VTRがあけて、劇団ひとりがあることに気づく。

劇団ひとり「この番組でね、よく大将が『すぐお前らしゃべる。しゃべっちゃダメ』っていうけど、次郎さん、ホントにしゃべってないですね」
仲代達矢「動きのアドリブっていうのは、これ見てはっきり分かりますね」

それもそのはず、萩本欽一にとってコントはそもそも「動きで笑いをとる」ものだった。

「強いて言えば、言葉で笑いをとるのが漫才で、コメディアンは動きで笑いをとる。それが大きな違いかな。我々はまず、言葉で笑わしちゃいけないっていう修行をするわけです」
「でも、私が出始めた頃のテレビはまだ動きをうまく捉えられなかった。だから言葉に頼った方がテレビには良かった。漫才の人を見て、やっぱりちゃんと学校で勉強しなきゃダメだって。ですから今頃になって大学に行ってるの(笑)漫才の人に教えられたの、言葉って大事」(同上)

73歳で駒澤大学仏教学部に入学し、いまも在学中の萩本欽一。自ら言葉を勉強するその代わりに、動きを後進に教えようとしているのかもしれない。

欽ちゃん「ひとりには敵わねぇや」


さて、アドリブといえば劇団ひとりも負けていない。『ゴッドタン』(テレビ東京)の「キス我慢選手権」では珠玉のアドリブ合戦を繰り広げ、とうとう映画「キス我慢選手権 THE MOVIE」まで作られるようになった男である。いわば『欽ちゃんのアドリブで笑』は、新旧アドリブ対決でもあるのだ。

対決は番組冒頭から始まっていた。欽ちゃんに舞台上に呼び込まれる劇団ひとり。客席に自己紹介をしたあと、欽ちゃんから「簡単なやつからいってみよう」と、「シャツを洗うと縮むね。縮んだシャツに忠告、ってのやって」とさっそくお題を振られてしまう。「え?なんですか?」と聞き返しながら、考える時間を稼ぐ劇団ひとり。

劇団ひとりは洗濯機からシャツを取り出すところから始め、シャツ相手に「お前……どういうつもりだよ……!」と声を震わせる。それを止める欽ちゃん。「みんな立ってやるからさ、やっぱり深い芝居して欲しいの」というダメ出しに、すぐにひざまづく演技に変える劇団ひとり。欽ちゃんはまたそれを止め、「お前こっち(下手)しか見てないの。こっち(上手)も見るの」「お笑いやってるんだから早めに笑い入れてくれる?」とさらに応酬。落としどころを見失った劇団ひとりに、「オチ向こうで考えてこい」と舞台袖に下げてしまう。

このまま終わる劇団ひとりではなかった。矢野聖人、前野朋哉、小倉久寛と紹介が終わったあと、「洗ったらこんなんだよ!」と舞台に入ってきた劇団ひとりが着ていたのは、へそが出るほどピチピチの白シャツ! アドリブ劇だから用意していたものではないし、こんな短時間ではシャツは縮まない。舞台裏を駆け回り「他のドラマで女学生が着るやつ」を借りてきたのだった。

萩本「ひとりには敵わないよ……。お前ここまでアドリブやるとは思わなかった」「これならもう少しできるよ、やってくれよ」
ひとり「えぇぇぇ!?もうこれでお終いですって!!」

5月24日(水)放送の第2回ではゴダイゴをゲストに迎え「リズムを使ったコント」をやるという。そこでわざわざゴダイゴを!?と、やたら豪華なゲストにも目が離せないのだった。

(井上マサキ)