先日報道された「日本郵政野村不動産HDを買収か」という記事を目にして驚かれた方も多いのではないでしょうか。一見、無関係に思われるこの2社ですが、実は日本郵政は以前から不動産事業に参入しており、多数の不動産を所有しています。しかし同社は先日、巨額の損失を計上したばかり。なぜこのタイミングで野村不動産HD買収に向けて動いたでしょうか。無料メルマガ『店舗経営者の繁盛店講座|小売業・飲食店・サービス業』の著者で店舗経営コンサルタントの佐藤昌司さんが、その裏側を探ります。

日本郵政野村不動産HD買収は成功するのか?

日本郵政が不動産大手の野村不動産ホールディングス(HD)を買収すると報じられています。日本郵政は買収した豪物流子会社トール・ホールディングスを巡り巨額の損失を計上したばかりです。そうしたなかで野村不動産HDを買収することに疑問の声が上がっています。そもそも、なぜ日本郵政野村不動産HDを買収する意向なのでしょうか。

野村不動産HDは証券最大手の野村HDが筆頭株主で、不動産会社である野村不動産を傘下に収める持株会社です。「プラウド」と呼ばれるマンションやオフィスビル、商業施設を展開しています。2017年3月期の売上高は5,696億円、最終的なもうけを示す純利益は470億円です。

日本郵政も商業施設や住宅の開発といった不動産事業を行なっています。JR東京駅前の旧東京中央郵便局の敷地を再整備し、大型商業施設「JPタワー」を開発するなどの実績があります。

一方、日本郵政は2万を超える郵便局、病院、かんぽの宿といった豊富な不動産を保有しています。同社保有の土地資産の額は1兆5,000億円を超えます。ただ、そうした不動産を有効活用できていない実情があります。加えて、従来の郵便事業やゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の収益も頭打ち状態です。新たな収益源の確保が求められていました。

日本郵政は保有する不動産を有効活用するため、不動産開発のノウハウを持つ野村不動産HDを取り込む狙いがあります。日本郵政は不動産事業を行なっているものの、2017年3月期の同事業の売上高はわずか260億円で、全体の売上高13兆円超の1%にも満たない状況です。そのため野村不動産HDの力を借りて事業に弾みをつけたい考えです。ただ、問題は山積です。

2015年5月、日本郵政は海外の物流事業を強化するためにトール社を6,200億円の巨費を投じて買収しました。しかし、業績悪化で4,003億円の減損損失の計上を強いられました。純利益は289億円の赤字です。

日本郵政はトール社の買収時に4,744億円の「のれん」(買収された企業の時価評価純資産と買収価額との差額)を当初計上し、20年かけて償却していく計画でした。2016年3月期末時点でのれんは4,111億円です。のれんや商標権などの年間償却負担額は218億円にもなり、大きな負担を抱えている状況でした。トール社の業績が好調であれば問題なかったのですが、目論見は外れ、わずか2年で巨額の損失の計上を強いられました。

こうした経緯もあり、野村不動産HDの買収では買収価格が焦点となりそうです。投資が割安か割高の判断をするための指標に「NAV(Net Asset Value)」があります。NAVは、税引き後の含み損益(投資不動産物件の簿価と鑑定評価額の差額)に純資産を加えたものです。野村不動産HDは同社の2017年3月期の1株あたりNAVを3,063円と発表しています。

一般的に、TOB(株式公開買い付け)は株価に30〜40%のプレミアムを乗せた価格で買い付け提案をします。野村不動産HDの5月17日の終値は2,470円のため、仮に30%を上乗せすると3211円、40%だと3458円です。1株あたりNAVの3063円と比較すると、30〜40%のプレミアムだと割高になります。

トール社買収の失敗は高値で買収したことが一因です。一方、野村不動産HDの株価は、日本郵政が買収する検討に入ったことが報じられてから急騰しました。報じられる前は2,000円程度で推移していましたが、報じられた後は2,400〜2,500円で推移しています。40%を超えるプレミアムになる可能性もあり、このままの水準であれば、高い買い物になることは必至です。

それでも、野村不動産HDを買収して相乗効果が発揮され、業績が好調であれば問題ありません。同社の売上高は3期連続で5,600億円台の横ばいで推移しているものの、中期的には成長傾向を示し、今期は前年同期比13.4%増の6,460億円、純利益は440億円を見込んでいます。成長企業といっていいでしょう。

不動産大手5社の業績も好調に推移しています。三井不動産、三菱地所、住友不動産、東急不動産HD、野村不動産HDの5社の売上高と純利益は増加傾向を示しています。

5社合計の売上高と純利益は、東急不動産HDが設立した2013年度(2014年3月期)から2016年度(2017年3月期)までの全ての年度で前年度を上回っています。今後は不透明感があるものの、堅調に推移しています。

そうなると焦点となるのが、筆頭株主の野村HDの対応になりそうです。今後の不動産市況がどのようになるのかは不透明ですが、業績が好調な野村不動産HDを簡単に手放すとは思えません。そのため、日本郵政は高値をつかまされてしまったり、限定的な提携にとどまってしまうといった可能性があります。

そして最大の懸念は、どれだけの相乗効果が見込めるのかという点にあります。郵便局や病院、かんぽの宿などの不動産を所有してはいますが、野村不動産HDのノウハウを生かしてどのような未来を描いているのかが伝わってきません。また、JPタワーのような規模の開発ができる余地は限定的でしょう。

「とりあえず買収」では誰も納得できないのではないでしょうか。

image by: WikimediaCommons

 

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著者/佐藤昌司 記事一覧/メルマガ

東京MXテレビ『バラいろダンディ』に出演、東洋経済オンライン『マクドナルドができていない「基本中の基本」』を寄稿、テレビ東京『たけしのニッポンのミカタ!スペシャル「並ぶ場所にはワケがある!行列からニッポンが見えるSP」』を監修した、店舗経営コンサルタント・佐藤昌司が発行するメルマガです。店舗経営や商売、ビジネスなどに役立つ情報を配信しています。

出典元:まぐまぐニュース!