逆効果?上限規制で社員は「ヤミ残業・給与減」の“往復ビンタ”

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■残業時間の上限規制の影響でサービス残業が横行する?

残業時間の上限規制に関する政府案の骨格が決まった。

現行の労使で結ぶ協定(36<サブロク>協定)の限度時間である月45時間、年間360時間を法律に明記し、これを超えた場合は罰則を課す。

さらに、特例として労使で協定が結ばれることを前提に、年間の残業時間の上限を720時間とする。その範囲内で月45時間を超えるのは6カ月までとし、繁忙期は「2〜6カ月の平均で80時間を超えない」かつ「きわめて忙しい1ヶ月の上限は100時間未満」とする歯止めをかけることになった。

99時間ならOKというのは納得いかないという声も大きいが、残業時間が年間720時間を超えた場合に限らず、1カ月100時間超、2カ月や3カ月平均でも80時間を社員が1人でも超えた場合、確実に摘発・送検される絶対的な上限規制になる。この部分は評価に値するだろう。

上限規制の趣旨は、労働者の健康確保にあるが、企業にとっては摘発・送検されると、公共事業の発注中止に追い込まれるなど社会的信用を失うだけに絶対に避けたいところだ。今以上に残業規制を厳しくしてくるだろう。

そのこと自体は労働者とすれば歓迎すべきことだ。

だが、実は規制強化によって別の懸念が噂されている。建設関連企業の人事担当者は「上限規制で残業制限を厳しくすれば、社員は陰に隠れて早出して仕事をするとか、家に持ち帰ってやるなどサービス残業をやってしまう者が出てくるかもしれない」と不安を打ち明ける。

■“ヤミ残業”がまかり通り、給料も減る悪夢

東京商工リサーチが企業に対して実施した「『長時間労働』に関するアンケート調査」(2017年3月10日)では「残業時間の上限が決まり、現在より労働時間が短縮する場合に予想される影響とは何か」を聞いている(複数回答)。

大企業の回答の上位2項目は、

「仕事の積み増しが発生する(31%)」
「持ち帰り残業が行われる懸念(16.7%)」

となっている。そのほか「従業員の賃金低下(11.1%)」にも影響すると回答している。

つまり、残業時間が減れば、仕事の積み増しが発生する。その分を持ち帰り残業というサービス残業でカバーするが、残業代が出ないので社員の給与が減る――。

というふうになると解釈できる。

もし予想通りになれば“ヤミ残業”が横行し、給与が減らされた上に心身もへとへとという健康確保とは正反対の結果になりかねない。

こうした事態に巻き込まれないために、自分の身は自分で守るしかない。

一番やっかいなのは持ち帰り残業だが、おそらく自宅での仕事の時間を残業時間として申請する人は少ないだろう。

一般的に、上司が労働時間では処理できない業務量を部下に指示していた場合や、終業時間前に上司から「明日の朝までにやってくれ」と言われ、持ち帰り残業を黙認していた場合は、事実上の指揮命令があったとして労働時間と判断されるだろう。

こうした状態が頻繁に続くようであれば、思い切って「持ち帰りで仕事をした分も申告していいですか」と勇気を持って上司に確認することだ。それでも聞き入れられない場合は、上司に命じられた仕事の内容とそれにかかった自宅での労働時間を記録しておこう。もしも2カ月程度続いた場合には、労働基準監督署に相談する。

労働基準監督官はあなたの会社の残業時間の記録が80時間以内に収まっているとしても、持ち帰り残業が常態化していると判断すれば、調査に乗り出すはずだ。

■「早朝出勤の残業代は支払わない」

残業規制が厳しくなれば、会社に早出して仕事をしようとする社員も増えるだろう。今でも9時の始業時間前の8時ごろに出社し、昨日の残りの仕事をこなしている人も多いだろう。それでも、自分が勝手に早く来て仕事をしているのだから残業代を申請できないと勘違いしている人は多いのではないか。

夜の残業だろうが、早出の残業だろうが、法定労働時間の1日8時間を1分でも超えれば使用者は残業代を支払わなくてはならない。だが、実際は残業代の死角になっている。

もちろん支払っている会社もあるが「始業前のオフィシャルな会議が8時から始まる場合は残業代をつけるが、それ以外はほとんどつけていない」(アパレル会社の人事担当者)のが多くの実態だろう。

また、流通業の人事部長は早出残業をつけるかつけないかの基準についてこう語る。

「早出するケースには、(1)出勤時間前に設定された公式の会議、(2)職場のミーティング、(3)上司に示唆されて早く出て仕事をする、の主に3つがある。たとえば、(1)のように経営会議があるために早く出社して打ち合わせをする場合は他の部署の社員も参加するので上司は間違いなく残業をつける。でも、(2)の職場ミーティングはグレーゾーンだ。上司によって残業をつける人もいれば、つけない人もいる。(3)は上司から『たまには早く来いよ』と言われてくる社員だが、早くきてもほとんどの上司が残業代をつけないのが普通になっている」

あやふやな基準は問題だが、もっと問題なのは、仕事を片付けるために自主的に早出している社員の扱いだ。本来は残業なので部下自ら申告する必要があるが、ある人事部長はこう指摘する。

「社員のほとんどが残業代を申請しないし、記録もしていないだろう。実態として残業は発生していない」

これは労働基準監督署への相談でも同じだ。都内の労基署の関係者はこう告白する。

「終業後の残業代未払いの相談者は少なくないが、早出残業の相談者はその10分の1以下だ。夜の残業代未払いの相談者は朝も早出している人がほとんどだが、朝も残業代がつくことを知らない人が多い。経営者も早く出てくる社員に『立派だな』と褒めても、残業代を払おうとしない。労基署としては労働者からの訴えがなければ動きようもない」

■イザというときは労基署に「記録データ」提出

今後、残業規制が厳しくなると、持ち帰りだけではなく、早出残業という形でしわ寄せがいくことになる。

前出・労基署の関係者は次のようにアドバイスする。

「終業後の残業と同じように毎日朝何時に出社して仕事をしているのか、パソコンなどに出勤時間を記録するなどデータを記録してほしい。証拠があれば我々も動きやすくなる」

今後、残業の上限規制による法的リスクを回避するために社員にしわ寄せしてくる会社もあるだろう(やり残しの仕事は会社でやってはならない。その代わり、“無報酬”で自宅や早出でノルマを果たせ)。

社員自身が自己防衛する意識が問われてきている。

(ジャーナリスト 溝上憲文=文)